マタギ
作者の遠縁に当たる人が猟師をしていてマタギの話を聞いて考えた作品です。
マタギ、それは東北地方を中心に狩猟だけで生活をしてきた山の中に住む狩人達の事である。
彼らは山を住み家とし大人数で狩りをしたり一人で狩りをして獲った獲物を市場で売ったりして生活をしている。
一般の狩人と違い彼らは山の中を知り尽くして、その足は疾風のように速く力は熊を素手で倒すほどに強いと言われている。
そのため彼らは“叉鬼”などと言われて恐れられていると同時に山の神の使いとして敬われてきた。
彼らは獲物を狩るのではなく勝負を挑む。
一般の狩人達は獲物を獲ると称しているが、マタギは山を住み家としているため獲物を好敵手として認識している。
好敵手を仕留めたら心臓を抉り出し山刀で十時傷を付けて山の神に捧げるという独特の儀式を行う。
昔は弓矢などを使っていたが後に火縄銃、村田銃を使用していったが、それがマタギという文化を抹消する原因となった。
より強い銃が出て一人でも狩猟が出来るようになり一般人なども趣味として狩りをするようになるとマタギは歴史から姿を消していった。
しかし、そんな歴史という荒波に遭いながらもマタギを続ける一人の老人がいた。
鈴木源座衛門という名で、元日本陸軍で南方では狙撃兵として活躍した齢七十歳の老マタギだ。
彼の一族は代々をマタギとして生きてきた歴史ある一族だ。
新式ライフルなどが出てマタギが居なくなり礼儀も弁えない若輩ハンターたちが出て来る中で彼の一族はマタギを貫いてきた。
彼には妻も居ないし子供も居ない。
マタギ達が消えて行く中で彼の周りからも古い友人たちは次々と新式ライフルを手にして若輩ハンターたちのガイドをして巨万の富を得て行く中で彼だけは狩猟と炭を作って細々と生きてきた。
しかし、歳には勝てず彼も弱くなった。
『・・・・・わしも、歳を取ったの』
同じ七十歳の都会暮らしの老人と比べれば逞しい足腰も日毎に弱くなるのを彼は感じて嘆いた。
今、彼は一人で山の奥へ進んでいる。
冬眠から覚めた熊を仕留める為だ。
熊の毛皮は売れば高いし良い防寒着にもなるし胆などは薬になり肉は御馳走だ。
山は自分が欲しい物を全て持っている。
食糧も着る物も住み家も全て山は持っていて欲しがれば分けてくれた。
自分たちマタギは山からの恵みを少し感謝して頂いて暮らしていた。
それが当たり前だと源座衛門は思っていた。
祖父も父もそうだった。
それが今は山に感謝する所か森林を伐採し無限に居ない動物たちを殺している。
その行為を源座衛門は悲しんでいた。
自分一人だけでどうこう出来る物ではないから仕方ないと諦めているが歯痒いと思っている。
源座衛門は肩に吊るした太平洋戦争から共に戦場を歩んだ三八式歩兵銃を両手で持ち直した。
近くに獣の臭いがした。
三八式歩兵銃を持ち辺りに視線を巡らした。
何処に居るのか?
源座衛門は隙なく気配を探りながら動いた。
少しばかり歩いて行くと足を止めた。
常人には見えない距離でも山の中で暮らしていた彼には見えた。
熊だ。
一頭の熊が穴から出ようとしていたのだ。
彼は風下に行き自分の臭いを悟られないようにして移動して少しずつ熊との距離を縮めていった。
目と鼻の先まで距離を縮めると三八式歩兵銃を構えた。
固定式ストックを右肩に当て左手は銃身の中間を持って右眼は照準器を覗いていた。
「・・・・・・・」
静かに緊張した右手が少しずつ引き金へと動いていった。
『・・・・・すまねぇ』
心の中で謝りながら源座衛門は引き金を引いた。
ダッン!!
深い山の中で一発の銃声が響き渡った。
山彦が銃声を連呼して他の山にも響いた。
源座衛門は三八式歩兵銃を肩に掛け直した。
熊は額を一発で撃ち抜かれて即死していた。
彼は熊に近づくと腰に差した山刀を引き抜き熊の心臓を抉り出した。
大きな心臓は止まっていたが、まだ温かった。
彼は十時傷を付けると山の神に一礼した。
慣れた手つきで熊を解体すると彼は帰り始めた。
『・・・・山の神様。ありがとうごぜぇます』
彼は背中に背負った解体した熊を担ぎながら山の神に恵みを貰い感謝した。
それから一週間後、一人のマタギが粗末な山小屋の中で死んだそうだ。
一週間、一か月、半年、一年と年月が経つ内に山小屋も死体も山の中に消えて行き山に帰ったそうだ。