085
同盟調印式、当日。
ノレイス国の首都ノレイスの北門には多くの騎士たちが集まっていた。
どの騎士の顔にも緊張が見える。しかし、その中に一人、凜々しく佇む男がいた。
その人こそ、ノレイス国の王。その人こそ、【カイゼル・ラハート・ノレイス】。
中央で騎乗し、ただその時を待つカイゼル王は、正面にそびえ立つ【魔界大門】を見る。
「不気味な程、静かだな」
そう零したカイゼル王の言葉を隣の大臣が拾う。
「嵐の前の静けさと申しましょうか……陛下、本当によろしかったのですか? 確かに魔界からの援助で我が国の経済は持ち直しましたが、同盟など……――」
「――それ以上口にするでない。どこに耳があるかもしれぬ」
「は、では私も腹を括りましょう。お供しますぞ、地獄の底まで……!」
大臣が心を決めた時、魔界大門が大きな音をたてながら開いていく。
「時間のようだな……出発」
王が囁くように言うと、大臣がそれを復唱する。
「出発!」
騎士団の行進が始まる。
目指す先は人類未踏とも言える魔界。
どの人間の心にも恐怖と不安が過ぎった。しかし、それらの負を一切合切払拭する光景を、彼らは目撃したのだ。
魔界大門をくぐるなり現れた無数の魔族。
舗装された道を隔て、二列に整列したゴブリン軍が、槍を正面上方に掲げアーチを作る。
一糸乱れぬ統率に、騎士団の心には恐怖や不安よりも先に感服の意が訪れた。
これを受け、カイゼル王は感嘆の息を漏らした。
(何という錬度。殺意や敵意など微塵もない。これだけの魔族が我らに……敬意を現している。魔界は我々を、既に仲間だと認めているのだ。それに比べ我が騎士団はどうだ。波紋のように広がる動揺。開口許可を出してもいないのに聞こえる話し声。これは、愛国心以上の国民の忠義の差。確かに我が国にも忠義厚き者もいる。しかし、当然それだけではないのだ。薄く軽い者もいるのだ。だが、魔界はそうではない。全ての者が等しく重き厚い忠義を心に持っている。一体どれだけの想いだというのか……!)
自国と自分を嘆きながらアーチを潜るカイゼル王。
道中、魔界の民と思しき者も数多く見受けられた。皆一様にノレイス国一団の行進を喜び称え、歓迎の意を示している。
緑豊かな大森林に入ると、そこはまさに桃源郷のようだった。
ゴブリン軍の歓待からハルピュイア軍の歓待へ。魔王城までの道には空から降る華弁と、花のアーチ。ここが平和の国と言っても差し支えない程である。
華弁から香る匂い、それらを降らす天女と見紛うような容姿のハルピュイアたち。
カイゼル王たちにとって、そこは完全に異世界だったのだ。
騎士団の中には顔を綻ばせる者もいた。
カイゼル王はわかっていた。性急なる同盟故、調印式自体は簡素なものになるだろうという理解があった。少なからず歓待の工夫はあれど、それにも限界があるという理解があった。工夫以上の統率。統率に匹敵するだけの工夫。そして相手を敬う心。
とても短い期間で作り上げられるものではない。しかしこれをやりとげたのが魔界という存在だった。
根底からして人界とは比べものにならない程高い位置にある。そう確信したカイゼル王は…………安堵した。するしかなかった。
(これ程の強国が、ノレイス国と対等な同盟を望んでいる事に、安堵する他ない……!)
大森林を抜けると、ついに魔王城が見えた。
そこで待ち受けていたのは悪魔種たちの華麗なるデモンストレーションだった。
火魔法により上空に描かれる美しい火の鳥、龍、羊、猪、虎、獅子、そして熊。
水魔法により描かれたアーチからは、人魚のような水の精が顔を覗かせる。
コディーの指示によりミザリーが集めた巧みな魔法使いの悪魔種たちは、騎士団が通り過ぎた地点から、徐々に消えていく。
魔王城の門へ付いた時、全ての悪魔種が消えた。そして門が開くと同時に、カイゼル王は顔を綻ばせた。
そこに立っていたのは、巨大なコディアックヒグマだったからだ。
「ようこそおいでくださいました。カイゼル王……」
「久しいなコディー殿、息災か」
「お気遣い痛み入ります。さぁ、奥で魔王陛下がお待ちです」
「うむ、近衛以外はここで待て」
「はっ」
王がそう指示を出すと、大臣は控えて頭を垂れた。
先の派手な歓待はなりを潜め、コディーは丁重に王を案内した。
「コディー殿、今日は裸ではないのだな」
「ふふふふ、獣に鎧など不要。がしかし、今回は別です」
「よく似合っておる」
「では後日、カイゼル王に合わせた物を一式お送り致します」
「おぉ、それは素晴らしい」
「おっと、そうなると装飾には拘らねばなりませぬな」
「ふふふ、期待しておる」
「あぁそうでした」
「何かな?」
「これより訪れる魔王の間、そこでは魔王陛下がお待ちしております」
「寧ろ、それ以外に何があるというのかね?」
「陛下の外見について触れておこうかと思った次第にあります」
「余が見目で判断するとでも?」
「いえ、しかし耳に入れておくべき事かと」
「ほぉ、申してみよ」
「女性にございます」
「何と、魔王が女王だったとは……知らなんだ」
「多くの国があろうとも、女系の王は少なきもの。近衛騎士の方々含め、驚きを顔に出されては互いに損しか得られぬと考えました」
「ふむ……確かに。いや、ご助言感謝しよう」
「まぁ、それだけではないのですが……」
「む、今何と?」
「あぁいえ、こちらの話でございます」
コディーがはぐらかすも、カイゼル王はそれを言及する事は出来なかった。
何故なら、一団の前に巨大な扉が姿を見せたのだから。
「この奥にございます」
カイゼル王は、皆は固唾を呑みそれを見上げる。
コディーが扉を開き、覗かせる光の中から現れる魔王軍幹部たち。
幹部はハの字状に並び、数段の階段を隔てた奥に設けられた、二つの玉座。
その右側に座る者を一団が見る。
それは……誰の目にもこう映った。
【幼女】だと。




