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善良なる隣人 ~魔王よ、勇者よ、これが獣だ~  作者: 壱弐参


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 明朝、ランクS冒険者アビーの一日は早かった。

 着替え、入念な装備チェックを済まし、宿の朝食を軽く()る。

 自分は誰より先んじ、誰より用心深い。そう言い聞かせ、これまで過ごしてきた。それが今回も変わる事はない。そう思ったアビーが宿を出る。

 陽はまだなく、濃霧が漂う中、宿の前でアビーが目撃したのはこれまでに経験のないものだった。


「っ? な、何であなたたち……!」


 アビーが目を見開く程驚いたのも無理はなかった。

 宿の前には、既にジジ、ヴェイン、ダニエル、アッシュが揃っていたからだ。

 準備を怠っている様子はない。アビーが起きてからしてきた事を、彼らは既に済ませていた。少なくともアビーの目にはそう映った。


「ん? アビーさんおはようございます。早いですね」


 ジジの気遣うような言葉。

 しかし、アビーはそう受け取る事は出来なかった。

 ジジからの皮肉とも聞こえたその言葉に、アビーは無言の強き瞳で返した。

 だが、異変とも思えるこの事態の確認はしなくてはいけなかった。

 それは部隊長であるアビーの仕事でもあるからだ。


「……集合の時間より二時間も早いじゃない。これは一体どういう事?」

「時間より前に来てはまずいのか?」


 昨夜の仕返しとばかりにヴェインが言う。

 アビーはやはり何も返せなかった。そんなアビーをフォローするようにアッシュが言った。


「まぁ、気合いが入ってるって事でいいじゃないんすか?」


 ニカリと笑ったアッシュの言葉を受け、アビーはすんと鼻息を吐いた。

 どうやらその気合いを目の当たりにしたようだ。

 アビーは四人全ての目に強き炎を見たのだった。


(昨日までとは全く違う? 一体何故? この気迫は一体どこから?)


 そう考えてもアビーの頭の中に答えは出てこなかった。


「士気が高いのは悪い事じゃないわ。準備は?」

「既に」


 ダニエルが言うと、アビーは身の丈以上の槍の石突(いしづき)を、大地に向かって強く振り下ろした。ドンという音と共にアビーが言い放つ。


「ならば行きましょう! 大森林へ!」

「「おうっ!!」」


 ◇◆◇ ◆◇◆


 皆の士気向上により、作戦決行時間を早めたアビー一行は陽が差す前に大森林を肉眼で捉える。人間相手であれば作戦の決行は夜。しかし、今回の相手は獣。

 夜は獣の領域である。アビーはそう判断し、他の者もそれに賛成だった。

 ダニエルが単眼望遠鏡を使い大森林の様子を探る。


「敵影なし」

「油断しないように。相手は非常に狡猾な獣よ!」


 その情報の出所は、当然ダニエルである。

 ダニエルは昨晩のコディーとの会話を振り返るのだった。


【ですよね~♪】

【あぁそうだ。森の中に対岸へ行く獣道あったでしょ?】

【ありますね】

【あそこ塞いじゃったから】

【その情報、アッシに渡してよかったんです?】

【何で? 手間が省けていいでしょ? 見てく?】

【いや、何でもないっす。それじゃあ一応確認だけ】

【それとこれな。シェインとゲラルドの手荷物の一部。これを部隊長に渡せば円滑に進むでしょ】

【アッシらって明日やりあうんですよね?】

【そうだよ?】

【う~~~~ん…………】

【あぁそうだ、ダニエル】

【何でしょ?】

【ジジ、ヴェイン、アッシュに伝言を頼む】


 そんなやり取りを思い出したダニエルが苦笑する。


「どうしたの、ダニエルさん」


 ジジがダニエルの顔を覗き込みながら言う。


「いや、ただ良い方向(、、、、)に転ぶ事を祈るのみだなってな。はははは」

「それは……私もだよっ」


 満面の笑みを浮かべたジジに、ダニエルは目を奪われる。


(ったく、何て顔するんだよ、このお嬢ちゃんは……)


 やれやれと肩を竦めたダニエルは、今一度単眼望遠鏡を覗き込む。


「っ! あれは!?」

「どうしたの!?」


 アビーが腰の剣に手を添えて言う。


「右前方五百、白いサーベルタイガーを確認!」

「馬鹿なっ? わざわざ自分たちの領域(テリトリー)を出て来たっていうの!?」


 アビーの驚きは当然だった。

 森で戦う方が獣にとっては圧倒的有利。しかし獣たちはそれを放棄した。

 アビーにはこれが理解出来なかったのだ。


「左前方距離、同じく五百、白いゴリラを確認!」


 ダニエルの報告に、アッシュが呟く。


「さっすがコディーさん。こっちの予想を超えてくる」


 その言葉を隣にいたヴェインだけが拾う。


「獣道が塞がれ、我々はこちら側からしか侵入出来ない。北風が多いこの地域――我々の進行は気付かれる以前に予測されてたと見るべきだな」

「さて、どう割り振られるかな」

「さぁな。あそこで慌ててる部隊長殿に聞いてみたらどうだ?」

「面倒なんで行っちゃいます?」

「ふっ、同感だが……ジジが我慢してるんだ。もう少し待て」


 直後、ダニエルは声を荒げながら言った。


「中央距離五百! 巨大なコディアックヒグマを確に――んなっ!?」

「どうしたの!? 正確に報告しなさい!」

「コディアックヒグマの背中に……リ、リミ王女を発見!」

「そんな馬鹿なっ!?」


 アビーはダニエルの単眼望遠鏡を奪うようにとり、覗き込む。

 レンズ越しに見えるのは確かにディーナ――そう、ライオス国の王太子リミだったのだ。

 レンズに映るディーナが徐々に近付く。

 やがて肉眼で捉えられるようになり、単眼望遠鏡をおろしたアビーは確かに目撃した。

 ディーナが手を振り上げる……その(さま)を。


「嘘……あれじゃまるで……」


 その後に続くアビーの言葉はなかった。

 その代わりかのように、ジジが呟く。


「リミ王女が獣を率いている(、、、、、、、)。私たちの目にそう映すつもりって事だね、コディー……!」

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