060
明朝、ランクS冒険者アビーの一日は早かった。
着替え、入念な装備チェックを済まし、宿の朝食を軽く摂る。
自分は誰より先んじ、誰より用心深い。そう言い聞かせ、これまで過ごしてきた。それが今回も変わる事はない。そう思ったアビーが宿を出る。
陽はまだなく、濃霧が漂う中、宿の前でアビーが目撃したのはこれまでに経験のないものだった。
「っ? な、何であなたたち……!」
アビーが目を見開く程驚いたのも無理はなかった。
宿の前には、既にジジ、ヴェイン、ダニエル、アッシュが揃っていたからだ。
準備を怠っている様子はない。アビーが起きてからしてきた事を、彼らは既に済ませていた。少なくともアビーの目にはそう映った。
「ん? アビーさんおはようございます。早いですね」
ジジの気遣うような言葉。
しかし、アビーはそう受け取る事は出来なかった。
ジジからの皮肉とも聞こえたその言葉に、アビーは無言の強き瞳で返した。
だが、異変とも思えるこの事態の確認はしなくてはいけなかった。
それは部隊長であるアビーの仕事でもあるからだ。
「……集合の時間より二時間も早いじゃない。これは一体どういう事?」
「時間より前に来てはまずいのか?」
昨夜の仕返しとばかりにヴェインが言う。
アビーはやはり何も返せなかった。そんなアビーをフォローするようにアッシュが言った。
「まぁ、気合いが入ってるって事でいいじゃないんすか?」
ニカリと笑ったアッシュの言葉を受け、アビーはすんと鼻息を吐いた。
どうやらその気合いを目の当たりにしたようだ。
アビーは四人全ての目に強き炎を見たのだった。
(昨日までとは全く違う? 一体何故? この気迫は一体どこから?)
そう考えてもアビーの頭の中に答えは出てこなかった。
「士気が高いのは悪い事じゃないわ。準備は?」
「既に」
ダニエルが言うと、アビーは身の丈以上の槍の石突を、大地に向かって強く振り下ろした。ドンという音と共にアビーが言い放つ。
「ならば行きましょう! 大森林へ!」
「「おうっ!!」」
◇◆◇ ◆◇◆
皆の士気向上により、作戦決行時間を早めたアビー一行は陽が差す前に大森林を肉眼で捉える。人間相手であれば作戦の決行は夜。しかし、今回の相手は獣。
夜は獣の領域である。アビーはそう判断し、他の者もそれに賛成だった。
ダニエルが単眼望遠鏡を使い大森林の様子を探る。
「敵影なし」
「油断しないように。相手は非常に狡猾な獣よ!」
その情報の出所は、当然ダニエルである。
ダニエルは昨晩のコディーとの会話を振り返るのだった。
【ですよね~♪】
【あぁそうだ。森の中に対岸へ行く獣道あったでしょ?】
【ありますね】
【あそこ塞いじゃったから】
【その情報、アッシに渡してよかったんです?】
【何で? 手間が省けていいでしょ? 見てく?】
【いや、何でもないっす。それじゃあ一応確認だけ】
【それとこれな。シェインとゲラルドの手荷物の一部。これを部隊長に渡せば円滑に進むでしょ】
【アッシらって明日やりあうんですよね?】
【そうだよ?】
【う~~~~ん…………】
【あぁそうだ、ダニエル】
【何でしょ?】
【ジジ、ヴェイン、アッシュに伝言を頼む】
そんなやり取りを思い出したダニエルが苦笑する。
「どうしたの、ダニエルさん」
ジジがダニエルの顔を覗き込みながら言う。
「いや、ただ良い方向に転ぶ事を祈るのみだなってな。はははは」
「それは……私もだよっ」
満面の笑みを浮かべたジジに、ダニエルは目を奪われる。
(ったく、何て顔するんだよ、このお嬢ちゃんは……)
やれやれと肩を竦めたダニエルは、今一度単眼望遠鏡を覗き込む。
「っ! あれは!?」
「どうしたの!?」
アビーが腰の剣に手を添えて言う。
「右前方五百、白いサーベルタイガーを確認!」
「馬鹿なっ? わざわざ自分たちの領域を出て来たっていうの!?」
アビーの驚きは当然だった。
森で戦う方が獣にとっては圧倒的有利。しかし獣たちはそれを放棄した。
アビーにはこれが理解出来なかったのだ。
「左前方距離、同じく五百、白いゴリラを確認!」
ダニエルの報告に、アッシュが呟く。
「さっすがコディーさん。こっちの予想を超えてくる」
その言葉を隣にいたヴェインだけが拾う。
「獣道が塞がれ、我々はこちら側からしか侵入出来ない。北風が多いこの地域――我々の進行は気付かれる以前に予測されてたと見るべきだな」
「さて、どう割り振られるかな」
「さぁな。あそこで慌ててる部隊長殿に聞いてみたらどうだ?」
「面倒なんで行っちゃいます?」
「ふっ、同感だが……ジジが我慢してるんだ。もう少し待て」
直後、ダニエルは声を荒げながら言った。
「中央距離五百! 巨大なコディアックヒグマを確に――んなっ!?」
「どうしたの!? 正確に報告しなさい!」
「コディアックヒグマの背中に……リ、リミ王女を発見!」
「そんな馬鹿なっ!?」
アビーはダニエルの単眼望遠鏡を奪うようにとり、覗き込む。
レンズ越しに見えるのは確かにディーナ――そう、ライオス国の王太子リミだったのだ。
レンズに映るディーナが徐々に近付く。
やがて肉眼で捉えられるようになり、単眼望遠鏡をおろしたアビーは確かに目撃した。
ディーナが手を振り上げる……その様を。
「嘘……あれじゃまるで……」
その後に続くアビーの言葉はなかった。
その代わりかのように、ジジが呟く。
「リミ王女が獣を率いている。私たちの目にそう映すつもりって事だね、コディー……!」




