044
大地を穿つほどの高威力の攻撃。
超高度からの急降下攻撃。武器の類は持っていない。普通に考えれば蹴り足という事か。
丈夫なんだな、ハルピュイアって。
「で、何の用だい?」
「あら、今の攻撃を見なかったの~?」
着地したハルピュイアは、腕を振りながら、いつでも攻撃に出られる様子。
顔立ちは人間の女に近い。かなりの美女であるとわかる。毛ではなく羽毛。ここがファンタジーな世界でなければ、オールバックにしている美女かな? と思える程には人間だ。
しかし、やはり魔物なのだ。腕ではなく羽。足かと思えば鳥足。爪も鋭そうだ。
「敵意がある事はわかった。わかった上で聞くが、攻撃を止める事は出来ないか?」
一応交渉は必要だ。
肩に抱えるニッサが呆れた様子で俺を見る。
しかし、俺はハルピュイアから視線を外す事はない。
攻撃をかわす事は出来たが、あの攻撃の全てを肉眼で捉えられた訳ではないからだ。
つまり、このハルピュイアの最高速は俺でもかわすのがやっとなのだ。
オークキングのブレイクの力も強そうだったが、おそらくこいつは速度を武器にしている。
ブレイクのように話し合いで引いてくれると有り難いのだが、はて。
「面白い熊さんね」
コディアックヒグマ改めコメディアンヒグマで売ってく事も考えるべきか?
「出来ればお互い平和的に解決したい」
「そうはいかないわ。これは魔王様のご命令」
おっと、魔王軍ではなく、ついに魔王が動いてしまったのか。
となると話は変わってくる。
……なるほど、肩からニッサの緊張が伝わってくる。
もしかして魔王の情報は人間界にあまり伝わってないのか?
情報の最先端ってもしかして俺なのか? それはそれで誰かに譲ってあげたい。ヴェインとかヴェインとかヴェインとかに。
「どんな命令か聞いていいか?」
「う~ん、そうね。私が魔王様から任されたのは魔熊コディーの魔王軍勧誘」
初手攻撃でしたよね?
まぁ、これを直接突っ込む程子供ではない。
「へぇ」
「失敗した場合、その場で魔熊コディーを殺害」
……ん? つまり失敗と見たから攻撃したって事か?
「俺の記憶が正しければ、まだ勧誘されてないけど?」
「その子がいい証拠でしょう」
言いながら、ハルピュイアはニッサを指差した。
ニッサ? いや、人間か。
……なるほど、人間と共に行動している以上、俺が人間側に付いたと思われてしまうのも無理はない。
すると、ニッサが肩口でバタバタと動き始めた。
俺はニッサに意に従い、ニッサを大地に下ろす。
「コディーは、私の友達。でも、人間と協力している訳じゃない……!」
これは、ニッサなりの気遣い。
俺を襲わせないために、ハルピュイアが俺を勧誘させる理由を提示したのだ。
ニッサなりに、自分と共に行動する事によるデメリットを理解したって事か。
「あら、そうなの? なら聞いちゃおうかしら? 魔熊コディー、魔王軍に入りなさい。今ならばブレイクの口利きもあって幹部待遇よ?」
やべえ、今度ブレイクにあったら何かあげよう。
たとえ魔王軍であろうと、評価してくれるのは非常に嬉しい。
豚肉は駄目だろうから岩塩でもあげるか? いや、でも岩塩は非常に貴重な品。いやいや、ミスリル鉱山を手に入れればいくらでも調達出来る。うーん、豚の塩バラ食べたい……!
「ちょっと~?」
あ、やべ。
「……今、考えてる」
「早くしてちょうだ~い」
そう言うと、ハルピュイアは羽を大きく広げた。
なるほど、答えを違えると同時に攻撃するという事か。
なんとも恐ろしいところだな、魔王軍。
……さて、一体どうする? 勧誘を受けたとして、俺は魔王軍の幹部になってしまう訳だ。
そうなってしまうと、必然的に人間との間に絶対的な壁が出来てしまう。
つまりそれは、ジジと――――うん、却下だ。
だが、そうなるとここで魔王軍と戦うはめになってしまう。ハルピュイアを撃退、乃至殺害したとすると、必然的に楽園の平穏は脅かされてしまう。
何か手はないか? 時間稼ぎでも構わない。ここでハルピュイアが何もせずに帰るような、そんな一手はないものか?
「さぁ、魔熊コディー。いい加減答えを出してちょ~だい」
ん? ……もしかしてもしかするかもしれない。
他に答えもない事だし、言うだけ言ってみるか。
「すまん。その前に、もう一度だけお前が受けた命令を聞かせてくれ」
するとハルピュイアだけではなく、隣のニッサまで首を傾げた。
「やはり獣……という事かしら? オツムの方はてんで駄目らしいわね」
煽りよるな、この鳥女め。
「いい? 筋肉で出来てそうな脳みそに叩き込みなさ~い。私が魔王様から言いつかったのは『魔熊コディーの勧誘。失敗した場合は魔熊コディーを殺す』事……!」
ふむ、やはりそうか。一か八か、やってみるだけの価値はある。
まぁ、失敗した時はぼんじりでも食べる事にしよう。
「だったら他を当たってくれ」
「…………はぁ?」
「人違い……いや、熊違いだ」
「ちょ、何を言って――」
「――魔熊コディーはもうこの世にいない」
「い、いるじゃないの、ここに!」
「残念、俺は既に聖熊コディーだ」
鶏皮も美味しいかもしれない。




