037
「だ、大丈夫か……?」
気遣う俺の言葉に、ヴェインはジトっとした目を向ける。
いや、野郎のジト目なんか美味しくもねぇんだよ。とっとと閉まって欲しいものだ。
「おい、目にミスリルクロウが刺さりそうなんだが?」
「おっと、つい」
「ついで失明してたまるか! ……っと、いつつつっ」
ボロボロの身体を起こしたヴェイン。
「ははは、ランクAの冒険者でも手を焼くだろうな」
「ならもうちょっと強くならなくちゃな」
まさかあんなに力の差が現れるとは思わなかった。
まぁ、別れた時のジジ程、もしくはそれより少しだけ強い程度であれば、負けるはずがないんだよな。
あの時点で、俺はジジより強かったし、その後俺はオークを滅ぼし魔獣にまでなったんだ。ヴェインとの差は非常に大きいだろう。
「獣ってのは、強くてもランクCってのが相場なんだけどな」
ほぉ、それは面白い事を聞いた。
人間の感覚を知っておいて損はないだろう。
この先人間と戦う時、あわよくば魔王幹部と戦う時に出し抜けるかもしれないからな。
「確かに、ゴリさんのランクもそれに近いか、ランクBかってとこだろうな」
「ゴリさん? あぁ、そのゴリラの名前か」
「そうそう」
「これからこういった魔獣が増えてくのか?」
「さぁ、どうだろうな? 魔王だの勇者だので獣にとっては生き難い世の中だ。なら獣の居場所を作ってやるのが獣としての考えなんじゃないか?」
「まるで神のような物言いだな」
「普通の獣よりは知能があるって自負から出た言葉なだけだよ。あくまでも良き隣人として、さ」
俺がそう言うと、ヴェインは少しだけ考えるように黙った。
「……それは、人間にとってもか?」
その質問は想定外だったから、今度は俺が黙る事になってしまった。
「……ん~、そうしたいとは思ってる」
「まぁ、そう上手くはいかないだろうからな」
「はははは、やっぱりぃ?」
俺は、ヴェインの鋭い指摘に同意して笑って見せた。
すると、ヴェインもまたニカリと笑った。
そう、この問題がそう簡単に終わるはずもない。勇者ヴェインの報告により、ライオス国はこの楽園にいるディーナを奪還に来るだろう。
ヴェインは仕事を全うする。そこに淡い期待などしてはいけない。これは主義主張の違いだ。どうしても折り合いがつく事はない。
以降、冒険者はここを標的として動き、数多くの救出者がここにやって来るのは明白。
勇者ヴェインが言っていた。俺は冒険者ランクAでも手こずるだろう、と。しかし、それ以上の実力者がやって来たら? とんでもない大軍でやって来たら? 俺の許容範囲を超える武力が来た時、ディーナは連れて行かれるだろう。ヴェインはそれを危惧して言ったのだ。
いや、十中八九そうなるだろう。
だが、そう簡単にはいかない。
「依頼主……いや、ライオス国の国王に伝言頼めるか?」
「また無茶言うな、お前……」
頭を抱える勇者も中々斬新だ。
「……はぁ、言うだけ言ってみろ」
「国王だけなら招待しますってな」
俺の言葉に、ヴェインは少しだけ硬直した。
そして、口を結びながら陽が落ちた空を見上げる。
その後、「ん~……」と何度か唸った後、俺を見て言ったのだ。
「…………本音を言っていいか?」
「何だよ?」
「少しだけ笑いそうになった」
真顔で言ったヴェインの顔を、俺は目を丸くして見た。
少しの間、互いに見合いながら沈黙が流れた後、
「「ぷっ、アッハッハッハッハッ!」」
二人して大きく笑った。
ヴェインの胸中がどうだったのかは知らない。けど感じる事が出来た。
立場は違えど、ヴェインの気持ちは少なからずこちら側だと。
「……勇者ってのも大変だな」
「うっせ、ジジがここに来てせいぜい困りな」
「やっぱり来るかな?」
「ははは、そりゃ今や引っ張りだこの冒険者だし、今回の案件も別方面の捜索で関わってるからな。当然来るだろう。特別だ。何か伝言あれば頼まれてやるぞ?」
「じゃあ、一つだけ」
「何だ?」
「お土産は岩塩を頼む、と」
今度はヴェインが目を丸くした。
まぁ、その反応はある意味期待通りである。
直後、勇者ヴェインは大きな声で高らかに笑った。そう、涙目になる程大きく笑ったのだ。
「ハハハハハッ! わ、わかった! ちゃんと伝えといてやる! ハハハハハッ! っ! けほっ、げほ! ったく、笑わせん――けほっ!」
咳き込む程笑っていた。
ヴェインはしばらく笑った後、目元の涙を拭い、俺の後ろにある我が楽園を見つめた。
そして、くるりと踵を返して人間の町に向かい歩き始めた。
「またな」
「いつでも遊びに来い」
俺は、今後のヴェインの来訪を歓迎する旨を伝えながら、彼の背中を見送った。
その顔は背後からでは当然わからなかったが、笑っていたのではないだろうか。まぁ、これは俺の願望みたいなものだ。
――――勇者ヴェイン。
俺が二戦して二戦とも勝利した男ではあるが、彼の伸び代は計り知れない。
これからどんどん強くなり、いつしか俺より強くなるかもしれない。
だから俺も負けていられない。魔獣コディーは、いつか聖獣となり、神獣となり、魔王だろうが、勇者だろうが、対等に渡り合える存在を目指すつもりだ。
時には武力行使をするかもしれない。しかし、最終的にはわかり合えるような、そんな存在になりたいと思っている。
そう、人間と魔族と獣の――――善良なる隣人として。
まだ続きますよ?・x・




