032
『……ふぅ、参ったな』
『背中、大丈夫か?』
俺は痛そうなゴリさんの背中を見ながら言った。
『何、気にする事はない。頑丈なだけが取り柄だ』
『何言ってるんだよ。森の賢者って呼ばれてるんだろ?』
俺はゴリさんにそう言いながら笑いかけた。
『それはヴァローナ様が……』
『……もしかしてヴァローナが勝手に言ってるだけ?』
俺がそう聞くも、ゴリさんはヴァローナの手前、口籠ってしまった。
にゃろう、完全に中二病じゃないか。
そんな気まずそうなゴリさんに、ディーナという名の天使が舞い降りた。
「せなか、だいじょーぶ?」
人語を解さないゴリさんだが、ディーナの表情と気持ちがちゃんと伝わっているようだ。
大きな目を片方だけバチンと瞑り、ディーナにウィンクを返した。
「おー……ていっ!」
そんなディーナは、初めて見たであろうウィンクを早速真似している。当然、上手く出来る訳もなく、舌を出し、変顔を極めそうになりながら何度も練習している。
とても可愛い。まるでディーナだ。……間違えた。まるで天使だ。
『……不思議な子だ』
『可愛いだろう』
『ふふふ、確かに。最初は人間如きとも思ったが、どのような種であれ、子供に罪はない』
『何だ、やっぱり賢いじゃないか?』
『そう言うコディーは賢く、そして強い』
にやりと笑うゴリさんに、俺も笑顔で返す。
『いいだろう、コディー。あなたをリーダーと認めよう。皆もいいな!?』
ゴリさんが振り返りながらゴリラたちに言った。
すると群れの皆は大きな声をあげ、俺を称えてくれた。
そんな皆の反応に、ディーナはビクリと身体を動かした。
しかし、すぐにまたウィンクの練習に戻った。
あぁ、何て可愛いのだろう。
『ふふん、どうやら話はまとまったようだな!』
『何でお前がまとめようとしてるんだよ、ヴァローナ?』
『いいじゃないか。雨降って地固まる、さ』
その言葉はかなり強引な気もする。
まったく、一体誰なんだ? ヴァローナを神獣にしてくれたヤツは……。
『私のいる森は知ってるな?』
『はい、勿論です』
『今やあの森には魔物は生息していない』
『なんと!?』
『どっかの世間知らずが根こそぎ追っ払ってしまったからな』
と言いつつ、ヴァローナはちらりと俺を見た。
大半は排除したんだが、ゴリラの子供たちがいるという事もあって、ヴァローナも気を遣ったのか。もしかして、何だかんだでヴァローナも成長しているのではないか?
『安心して住むといい』
ヴァローナがそう言った瞬間、俺はその頭をチョイと小突いた。
『アイタッ!? な、何するんだコディー!?』
『何が「安心して~」だ! そこボカしちゃいけないだろう!』
『住んだもん勝ちだろう!』
『それじゃあ済まないんだよ! ったく……』
俺とヴァローナのやり取りを見て、ゴリさんは首を傾げた後、何かを思い出したように目を見開いた。
『そういえば、ヴァローナ様は最初「移住して欲しい」と……?』
『あぁそうだ、移住して欲しいと頼むからには、それなりの理由がある』
ここだけは誤魔化しちゃいけない部分だ。
たとえ俺がリーダーだとしても、彼らには断る権利がある。
『実はな、大多数の魔物を追い払った事で、魔王軍に目を付けられている』
『……そうか、そういう事か』
ゴリさんは、頭にあったであろう疑問を咀嚼し、理解したようだ。
流石は森の賢者。ヴァローナより頭が察しが良いかもしれない。
『つまり、「食住を提供するから戦力をよこせ」。少々乱暴ではあるがそういう事だろう?』
『そういう事になるな。出来ればそこも考えて返答をした方が――』
『――気にするな』
俺が熟考を促すも、ゴリさんは簡単に言葉を返してきた。
『おいおい……』
『考えてもみろ。ヴァローナ様の案と、コディーの武力がなければ、我々は昨日死んでいた。つまり、お二人は命の恩人であると言える』
鳥と熊だけどな。
『このままここに残るより、コディーに付いて行った方が、我々の生存率は高い。そうではないか?』
『……ん~、まぁ。そう考えられなくもない……かな?』
『それに、コディーはこれからもっともっと強くなりそうだ』
ゴリさんは何か含む言い方だったが、その言葉の真意を汲み取る事は出来なかった。
『それに、この話は既に群れの中であったものだ』
『そうなのか?』
『獣の掟だ。我々は強い者に従う。強い者に付いて行く。それ以上に強く、凶暴な者に出会った時、精一杯戦って戦って……ダメならばそこで朽ち果てる。獣とは、そういうものではないか?』
と、言われましても、俺の中の感性は中々にゴチャゴチャなんだよな。
そう思い、俺は溜め息を吐いた後、苦笑しながらゴリさんを見た。すると、ゴリさんはくすりと笑って俺を見返す。
『行こうじゃないか。我らの楽園へ……!』
ゴリさんの言葉の後、俺の頭の上にヴァローナが乗る。
すると、ディーナが出発を察知して、跳び箱よろしく、ピョンと俺の背中に乗った。
ヴァローナが羽で進行方向を指す。
『帰るぞ! 我らの楽園へ!』
その楽園って名称、どうにかなりません?




