027
リカリオンを倒した後、再び睡魔に襲われたであろうディーナは、幸せそうに俺の背中で眠ってしまった。
そして、先程話していた賢者の話を掘り下げようと、俺はヴァローナにその続きを聞いたのだ。
「やっぱりゴリラの事か」
「何だ、コディーはゴリラの事まで知っているのか? あっちにはいなかったはずだけどな?」
「ち、知識として知ってるだけだよ。ジジが教えてくれたんだ」
「ジジって前に言ってた冒険者の事かい? 今更だが、その冒険者にディーナを頼めなかったのか?」
思い出したようにヴァローナが言う。そして俺は首を振って応えた。
「無理だよ。今どこにいるかもわからないんだから」
「という事はある程度の力が付いたって事か。あの町から去る人間は、皆、北に向かう。あっちには魔王軍の精鋭が多いからなぁ」
「ん? という事は、オークジェネラルやオークキングは北から来たって事か?」
「おそらくそうだ。遠回りになるが、こちらから北上出来ない訳でもないからな」
俺はヴァローナの言葉に頷き、一度止まってから北の方を振り返った。そう、今俺は強くなるため、皆を守るためにジジから遠ざかっている。
ジジは今、何をしているのだろう。ちゃんと冒険者としてやっていけてるのだろうか。あいつ、たまに抜けてる事があるからなぁ。
そんな心配をしていると、遠目に湖が見えた。
「見えたな。あの湖が見えれば密林まで後少しだ。今日はあそこで休もう」
「わかった」
湖はとても綺麗で、魚たちも元気に泳いでいた。透明度こそ高くないが、泳いだら気持ち良さそうである。まぁ、透明度はあり過ぎても魚が住めなくなるし、丁度いいかもしれないな。
湖に着いた途端、ディーナも元気よく飛び回り、嬉しそうだ。
「コデー! およぎたいー!」
「まぁ待て。無暗に跳び込んで変な魔物でもいたら大変だ。ちょっと覗いて来るよ」
「うん!」
ショルダーバッグを下ろし、ざぶんと湖の中に入るも、そこはやはり俺の縄張りとは違った。モスフロッグも無数にいるし、気色の悪い魚もうようよと泳いでいる。とてもディーナが泳げる状態じゃない。
湖から上がり、手拭いを濡らしてディーナの身体を洗う。泳げないのは残念そうだったが、聞き分けはいいからな、この子。魔物がはびこる世界ならではかもしれないけどな。
とりあえず食べられそうな魚を何匹か獲り、ディーナと共に食べようとした……が、
「むっ、アニサキス発見!」
「えんがちょー!」
これは、俺がディーナに仕込んだやり取りである。
「仕方ない、焼き魚だな」
やたら嗅覚がいいせいか、こういった判別はすぐにつく。毒がある植物もわかるし、異物もわかる。転生前の普段こそわからなかったが、野生の動物の逞しさたるや、奥深さたるや、本当に神秘的だよなぁ。
「かきー!」
「よく柿の木なんて見つかったな?」
「色んなところを飛び回っているんだ。ある程度の植生は頭に入ってるさ」
こういう時こそ威張っていいものなのだが、こういう時程ヴァローナは当たり前のように話す。結構損な性格してるよな、ヴァローナって。
自分が食べる訳でもなく、嫌がらず持って来る。臆病だけど良い相棒だな、まったく。
「あむ……渋っ!」
「にがい~……」
ディーナの強烈な渋面を拝んだ後、ヴァローナは笑いながら甘柿を取りに行った。
にゃろう、完全にわざとだな?
「さて、ディーナ。ちょっと耳塞ぎな」
「こう?」
「すぅ~~……ガァアアアアアアアアアアアアッ!」
「…………びっくりした」
目を丸くさせたディーナ。俺はそれを見てくすりと笑い、ディーナの頭を撫でた。
「なんでなんでー?」
「俺の威嚇で、寝てる間他の魔物や獣が襲ってこないようにしたんだよ。ここにつよーい魔獣がいるぞーって知らせた」
「ふーん……わかんないっ」
だよね。
五、六歳だとは思うが、ディーナは賢い。けどやはり上手く伝えられないものも多い。まぁ、それも少しずつ、時間が解決してくれるだろう。
ヴァローナが持って来た甘柿を食べた俺たちは、少しの雑談の後、ゆっくりと眠った。
やはりあの威嚇は間違っていなかったらしく、安眠とまではいかないが、休む事は出来た。
ディーナに関してはぐっすりと眠っていた。安心しきってるな? まったく。信頼されているのは嬉しいが……いや、まだ子供だしな。仕方ないか。
翌日の早朝。
「頃合だ」とヴァローナに起こされ、俺は頭にヴァローナ、背中にディーナを乗せて歩き始めた。
ディーナが覚醒した頃、俺は駆け始めた。ある程度の速度であれば、ディーナは喜んでくれるが、やはり速度が上がると、怖がってしまう。この年で騎乗スキルを得られただけでも十分だけどね。
ヴァローナ? 知らないな。
「うぅ、酔った……」
「バローナだいじょうぶー?」
俺はヴァローナを気遣うディーナにくすりと笑ったが、そんな俺の目に影が映った時、雲一つない空を睨んだ。
「飛んでいればよかった」
「……いや、飛ばない方がよかったぞ」
俺は空を見上げ、一つある大きな黒点を見て言った。
そんな俺の視線に気付いたのか、ヴァローナもディーナも倣うように空を見上げたのだ。
「とりさん?」
「ヴァローナ、あっちには何がある?」
「密林……だな」
「コデー、あれなーに?」
「鳥さんだよ……うん」
ドラゴンにしか見えないけどな。




