誕生日の魔術 ep1-9
「………は?」
なんていいやがった、この小娘は。私をつかまえて、言うに馬鹿、頭が悪いと、はっきりと言いやがった。確かに、聞き間違いじゃない。こいつは私を罵った。紅茶をぶっかけてやりたい。
「だって考えてみて? 和美と出会ったのは今日偶々だよ。もし事前に知っていたとするなら、こうやって私たちが出会ったのは初めから仕組まれていたの? ありえないでしょ。私たちは、今日この日、偶々出会って、初めてケイちゃんと挨拶したの」
「……そ、それは確かにそうかもしれないけど、でも待って。出会ったのは今日がはじめてでも、和美と前に合っていてそのとき私のことを話したかもしれないじゃない? それだったら、今日偶々出会わなくても、いつか出会ったら、雨稀の〈インチキ魔術〉で驚かすことは出来るよ」
咄嗟に出たにしては、中々の反論だと自分は思った。
はあ、と重いため息を吐いたのがここからでも分かった。雨稀は、今初めて馬鹿にするように辟易して呆れたのだ。
「ふざけないで、この胸ペタ! 何が可笑しいのよ」
この幼児体型だけは許せない。あの社会科教師よりも嫌いかもしれない。
「け、珪沙? 口調が、怖いよ? それに雨稀が言ってるのは本当…」
「うるさい。黙って、このオトコ女!」
和美が頭を突っ伏して泣いているみたいだが、関係ない。珪沙っていつも怒ると口調が悪くなったり暴れたりするんだから、と和美がしくしく嘆いている。それも言い終わらないうちにおなかにもう一度手刀を入れたら、静かになった。
「ケイちゃん、思い出して? 私が和美と再会したのは、中学校卒業以来今日が初めてなの。それなのに、どうやって高校生になって知り合ったあなたのことを知ることが出来るの? 普通に考えても無理でしょ、どう考えても無理」
「……ううー」
「あ、それとねケイちゃん。言わせてもらうけど、私は胸ペタじゃないよ? ほらほら!これでもちゃんとあるんだから。きっとケイちゃんよりね!」
「なっ?」
胸を張ってそう言った。いや、言い換えよう。胸を張って勝ち誇って言いやがった、このインチキ魔術師。どうみても、胸がないのは一目瞭然だ。制服のラインがそれを証明している。これは絶対に間違えようもない真実だ。
言い返せない。園比雨稀の言っていることは正しいと思う。言い返せない自分がむしゃくしゃするけど、どうしても納得できない。それはもう苺のショートケーキの上に苺が乗っていないぐらい納得できない。
「ケイちゃんの誕生日を当てたのに、まだ信用してくれないの?」
「……」
無言の反抗を試みるしかなかった。今のところどうやって誕生日を知ったのかも、雨稀がやった〈魔術〉に対しても何も反論できない。正直悔しい。
「どうしても信じてくれないなら、いいよ」
すっと、雨稀の横目が寂しそうに細くなったのが分かった。信じてくれないのは誰もみな同じらしい。でも、雨稀の態度に何か不思議な感覚がする。
突然、雨稀はテーブルの脇においてあった、黄金色のベルを持つ。召喚用のベルだ。それをゆっくりと二回振った。風鈴のようなやさしい音が鳴る。数秒もしないうちにウェイトレスが来た。
「何か御用でしょうか?」
最初にあったおっとりとした雰囲気が印象的なウェイトレスだ。その手にはワインレッドのトレイを持っている。どうやら、フロアは時間毎に交代しているらしい。
「すいません、お願いがあります。今ここに来ているお客さんに協力してもらいたいことがあるので、ここに集めてもらえませんか?」
「え? あの、どういうことでしょうか?」
意味が分からないのか、ウェイトレスが首をかしげている。私も、雨稀の考えていることが分からない。
「私が皆の前で〈魔術〉を披露すると、言ってください。もちろん、強制はしないです。集まれる人だけで良いので、お願いしてもいいですか?」
「な、何をするつもり、雨稀?」
「信じないなら、信じさせてあげる。誰も会ったことがない人たちなら、誕生日を知ってることはないよね? これなら事前に知ることも出来ない。だって、みんな偶々ここにきたのだから。そうだよね、ケイちゃん?」
「……そ、そうだけど」
言葉に詰まってしまった。それと同時に気づいたのだ。彼女が何をするつもりなのかを。
彼女、園比雨稀は、これから本気でここにいる人全員の誕生日を当てるつもりなのだと、いまさらながらに気づいた。
もう一話か二話分は問題篇の続きになります。難波崇司と木頼珪沙の推敲篇はその後です。その後に解決篇に入ります。