誕生日の魔術 ep1-11 問題編 end
問題編の最後です。これで一度完結します。雨稀の〈誕生日の魔術〉にはどんなしかけがあるのか、あててみてください。感想をお待ちしてます。
「おまたせしました。マスターが許可するということで、何人か集まってもらいました。これでよろしいでしょうか?」
ウェイトレスの後ろには四人の人間がいた。この店内で協力してくれるお客らしい。こんな意味不明なことに付き合う、暇な人もいるのだなと思う。五人それぞれ特徴がある。男二人。女性三人いる。一人目の男は、老年の男性で白髪が目立つ人だった。もう一人の男は小さな子どもだった。女性の一人と手を握っている。親子でこの店に来て、親に連れられて、この場に来たらしい。女性の一人目はその子どもの母親で、服装から随分若い印象を受けた。二人目の女性は、一人目の女性の友達らしく、その子どもと三人でこの店に来ていたらしい。茶髪が印象の若い女の子だった。俗に言うギャルママというやつらしい。最後の三人目は、ウェイトレス自身だった。おっとりした優しい印象があるほうのウェイトレスだ。名前を聞くと、カズツラトウヒというらしい。あまり少ないのもまずいと思ったらしく、わざわざ参加してくれたらしい。
今、この場に雨稀にとって誰も知らない、様々な特徴を持った五人が集まったことにある。
「それでお嬢さん。これから〈魔術〉とやらを見せてくれるらしいが、馬鹿馬鹿しい。そんなことはありえん。だが、興味だけがある。どんな茶番劇をみせてくれる?」
白髪の老人だ。体つきがいいせいか、大きい身体を前面に出して、私を脅す。〈魔術〉という言葉に興味を惹かれて、この場に来たらしい。
「あの、私じゃないです。それをするのは、隣にいる、この子です」
超幼児体型の女の子を指差す。老人もその小ささに驚きを隠せない様子だった。
「なにぃっ?」
「あははは、〈茶番〉じゃないよ。お爺さん。本当の〈魔術〉だよ。ついさっき、同じことをこの二人の目の前でやってみせたの。でも二人は信じない。インチキな手を使って、私がそれをやったという。だから皆さんにも、それがインチキではないことを証明してもらうために来てもらったの」
「ほお…」
若い二人の女性もいぶかしむ目を向けている。何やっているの、とやっていることを揶揄しているように見えた。和美と私は急に恥ずかしくなった。周りの視線が気になって、少し小さくなった。
「それで、いったい何をするというのかね? お嬢さん」
「あなたたちの誕生日をあててあげる。今から私が、一つ質問をするから、その答えを教えてねー」
そう言って、雨稀はテーブルから離れて五人と話し始めた。さっきと同じ質問について話している。
「ああ、もう本当に知らないから。ここまで巻き込んじゃったの、珪沙と雨稀のせいだからね。本当にどっちも子どもなんだから」
今頃になって他愛もない挑発に引っかかってしまったと後悔した。もちろん雨稀も頑固で引かないせいで、余計拗れて、この現状だ。
「和美、雨稀はこの五人の誕生日をまた私のときと同じように当てることが出来ると思う?」
「……たぶん。雨稀は出来ないことなら、やらないと思う。やるからには、全員のを当てる自信があるんだと思う。でも、私は出来るなんて思いたくない。もし五人、珪沙を含めれば六人だけど、それを当てることが出来るなんて異常だ」
文句を言っていた和美が震えている。必死に何かを口にすることを恐れて、目を見開いている。
「和美?」
「珪沙。ほ、本当に偶然でも奇跡でもなく、質問の答えから推測したものでないとしたら、認めたくないけど、本当に〈魔術〉ってあるのかもしれない」
質問の答えから推測したものではない、とはどういう意味なのだろう。それを聞こうとしたが、これ以上聞くことが出来なかった。それ以上に〈魔術〉を認めつつある和美に驚いた。
「用意が出来たよ。ケイちゃん、和美」
和美と一緒になって振り向く。雨稀が満面の笑みを浮かべていた。
雨稀が大きな声で周りにいる協力者に声を掛ける。
「それでは、園比雨稀の〈誕生日の魔術〉をご覧に入れましょう。私の〈魔術〉の始まり、始まり。それでは協力者のみんな、さっきの質問の答えを教えてー」
「よく分からぬが、儂は23じゃ」
「私は461になったわ。7月22日この子は、430になったわ、これでいいの?」
「私は625よ」
「私は……69になりました」
数秒、場が沈黙した。態とか分からなかったが、雨稀はあえて時間を置いて五人を観察している。その沈黙の間が緊張感を生んでいる。
質問の五人の答えはそれぞれ「23」「461」「430」「625」「69」になったという。つまり、男性の老人が「23」。子ども連れの主婦の母親が「461」、子どもが「430」。その友達のギャルママが「625」。おっとりしたウェイトレスは「69」と答えたのだ。全くばらばらな数字で統一性などもちろんなく、ただでさえ数字の羅列に頭が痛くなる。これでは分からないだろう。と思う。が、数秒もしないうちに雨稀が楽しそうに頬を緩ませた。
「あなたたちの誕生日。それでもう、分かっちゃったよ!」
ざわ、と沈黙していた場が急に騒がしくなる。馬鹿な、と声を上げている人や、質問の答えから本当に誕生日を導き出せたのか疑問に思っている人もいる。
「まずはお爺ちゃん。お爺ちゃんは私が聞いた質問の答えは23て言ってたよね?」
にこにこ、と笑う雨稀。何が可笑しいのか唇を横に引きつらせ、気持ち悪く笑った。
「そうじゃが、何が可笑しい?」
「だって可笑しいでしょ。よく正月とお盆が一緒に来るっていうけど、おじいさんの場合は正月と誕生日が一緒に来るんだもん」
「なっ?」
「正確に言うと、元旦と誕生日が一緒。お爺さんの誕生日は1月1日。違う?」
びしり、と探偵の如く人差し指をつきつけて勝ち誇る。
「………そ、そんな」
よろよろと老人の身体が左右に揺れる。老人には似つかわしくない肉体なのに、明らかに動揺して、近くにあるテーブルに身体を預けている。元気だった様子が急に萎んだように口をパクパクさせていた。
「合ってるでしょ、お爺ちゃん?」
周りの人も老人の様子から当たっていることを察したようで、子供連れの主婦は驚いたように眼を見開いて雨稀を見ていた。
冷静に見ている自分がいると思う。本当は雨稀をしっかり見つめなければいけないのに、身体が拒否して、視線を向けられない。自分自身が動揺しているのだ。
「それと、子供連れの二人さんだけど」
びくりと、主婦の肩が跳ね上がった。驚いて目を見開いていたが、指名されてさらに目が大きく開いた。子どもはまだ何が起こっているのかわかっておらず、母親の袖を握っている。
「一気にいくよー。お母さんの誕生日は7月22日。坊やのほうは10月20日でしょ?」
「?!」
お母さんが魂が抜けたように、ただ言葉無く雨稀を見て驚いていた。その反応を見る限り、両方とも当たっているのだということが容易に理解できた。子どもも不安そうな母親を心配するように、母親の手をぎゅっと握っていた。
「461」「430」という数字から、誕生日をまた当てたのだ。これで雨稀は五人中三人もの誕生日を当てたことになる。すでに五割を超え、六割当てていることになるのだ。
「それとそこの可愛いウェイトレスさん」
雨稀が指差す。その先には五人の後ろのほうで控えていたウェイトレスがいた。確かおっとりしたほうで双子の妹だということを聞いたような気がする。口元を手で隠しながら、ずっとこの状況を見守っていたらしい。
「お姉ちゃんの誕生日は3月3日ね。でも…」
雨稀の視線がすっと、ウェイトレスから外れる。何かを思索するように、目を瞑る。
「お姉ちゃんは本当にひな祭りが誕生日なの? 本当かどうか、ちょっとおかしな感じがするけど、本当にあってる?」
「あ、合ってますっ!」
「本当に本当?」
嫌にしつこく聞いている。自信の裏返しなのか合っていることを強調させているようにも見える。
「言っている意味が分かりませんけど、本当です。すごいです!」
ウェイトレスの目が大きく見開いた。本当に驚いているのか、両手を合わせて感心していた。その様子を見ていた雨稀が深いため息をつく。どうやら雨稀には何か引っかかることがあったらしいが、この場にいる全員が何に納得できないのかが分からなかった。
「なら、いいよ。私の勘違いみたい」
これで五人中四人当てたことになる。そして雨稀の視線が最後の一人に向いた。
「そして最後の一人、ギャルママさん? あなたは「625」と言ったよね?」
「え、そうだけど?」
「あなたの誕生日は…………」
ごくりと、雨稀が語るのを全員で見守る。雨稀の口がゆっくりと開かれるが、雨稀は二の句を継がなかった。また態と沈黙を作って、臨場感を出そうとしているのか。それとも考えている雰囲気を出すために時間をかけているのだろうか。何にせよ、全員が雨稀の言葉を神のお告げを待つように待っている。
「ご、5月31日でしょ?」
漸く雨稀が声を絞り出すように、そう答えた。次の瞬間、全員の視線がその若いギャルママに注がれた。当たっているのか、当たっていないのか、ギャルママの動向に視線が集まった。
「……そ、そうだけど、」
どおっと、騒がしくなる。ギャルママの声をかき消すように、周りがざわざわとざわめく。これで五人全員分、最初当てた分も合わせれば、六回当てたことになる。六人分を正確に当てた異常さに、集まった人がうめいた。
「ここにいる全員の誕生日を当てたじゃと? 偶然ではなく? ありえん。まさか本当に? 信じられん」
老人が狼狽えている。確かに偶然で六人分も当てられるわけが無い。普通に考えて一年は365日あるのだ。その中から一日を偶然的中させることなど不可能なのだ。まして六人分を全て的中させるなど、奇跡でもありえない。だとしたら、何らかの方法で雨稀は誕生日を当てていることになる。雨稀が言う、不可思議な〈魔術〉といったような方法で。
鳥肌が立った。あまりにも異質な出来事と、それを当然のように当てる雨稀が不気味を通り越して何だか気持ち悪い。現実にも、日常だけでなく、不思議な現象があるのだ。空想や幻想に存在するものが、現実に。
雨稀は勝ち誇っているのだろう。これで証明されたのだから。たとえ誰が否定しようとも現実にそれをやり遂げてしまった。誕生日を当てるという異質な〈魔術〉を証明してしまったのだ。口頭の問答ではなく、現実に見せ付けられたのだ。
雨稀は安堵しているのだろう。今まさに証明できたことに満足しているのだろう。不可思議な現象〈魔術〉で六人分の誕生日を当てたのだから。
と思ってふと雨稀を見る。雨稀の様子が変だった。喜んでいると思ったのに、笑顔を見せていない。雨稀はテーブルにおいてあったお絞りをおでこに当てている。空調が聞いているはずなのに額に小さな汗があった。ごくり、と雨稀が嚥下したのを見逃さなかった。あれほど自信に満ちた態度と比べて、明らかに態度がおかしい。
(ど…どういうこと? 動揺、してるの?)
その仕草に猛烈な違和感が身体を襲った。背筋に氷を直接つけられたような、寒気を同時に感じて、鳥肌が全身に立つ。だがその違和感が分からない。自分では認識していないのに、無意識のうちに何かがおかしいと身体が叫んでいる。
「ちょっと珪沙、大丈夫? 身体が震えている。全部本当にあてられちゃったね。悔しい?」
「う、ううん」
「じゃあ…やっぱり信じられないよね。どんなに雨稀が当てて見せても、理解できないし」
違う。
「ん? 何ていったの?」
「………え?」
「ちょっと珪沙。きょとんとした顔しないでよ。今、なんていったのって聞いたの」
今の雨稀を見ていたら、そう思った。違うと思った。動揺する雨稀に、何か解く鍵があるのかもしれない。違和感があったのは、何時だった。どんな状況だった。
雨稀が緊張していたのは何時だった。
「ちょっと、珪沙! 聞いてる?」
「え? あ、ごめ…ああっ??」
がたり、とティーカップを派手にこぼす。あわてておしぼりをとろうとして、目の前からお絞りが突き出される。雨稀だった。雨稀がおでこに当ててたものだろう。
「ほらケイちゃん。使って?」
その申し出に数秒、考え込む。テーブルの端から紅茶がぽたぽた、たれて床をぬらしている。視線が合わせられない。私は負けたのだ。私はどう接したらいいのだろう。
「あ、ありがと」
「ううん」淡白な受け答えだった。
和美があわてて自分のおしぼりを差し出して手伝おうとしてくれている。雨稀の戯言に付き合ってくれた参加者に対して丁寧な対応をしていた籐灯が、こちらに気づいて早足に代わりのおしぼりをとりに奥に引っ込んでいく。ぴゅーとまるでねずみが走るようなスピードで。
「みんな、ありがとー ありがとねー」
雨稀は手を振るが、拍手はない。異質なものを見せられて、どの人も不審顔で雨稀から近寄らないように距離をとっている。それは観客がまるでいない舞台のような感じだ。いや、舞台から観客が逃げてしまっている。それでも、雨稀はただ笑顔を振りまいている。疑われてもなお、証明してもなお、信じてもらえていない。
それに応えず、一人、また一人と無言のまま店内から出て行く。まるで逃げていくように。何かから逃れるように。そそくさと。
そして、本当に舞台から観客が逃げてしまった。もう、この場所には私たち三人しかいない。急に静かになって聞こえなくなっていたBGMがやけに頭に響く。これはそう雨稀の好きな〈make someone happy〉だ。気持ち悪い。
ゆっくりと雨稀が振っていた手をおろして、寂しそうに下を向いた。
「分かった? 私はね。 〈魔術師〉 なんだよ?」
本当のね、と。そういって、もう二度と私のほうを振り返らない。決め台詞を勝者のようにヒーローのように言い捨てて、テーブルにつく。その手にはすでにお店のメニューが握られている。
「さって、何にしようかな? ケイちゃん、和美。ちゃんとおごってもらうからね?」
覚悟してね、と確かにそういったのを聞いた。
――――――――誕生日の魔術、問題篇END
解決編は少し後で、続きとして掲載します。難波崇司と珪ちゃんの推理、そして〈誕生日の魔術師〉である雨稀との対峙を書く予定です。
果たして社会科教師難波崇司と女子高生木頼珪沙は解き明かせるのか。
それとも先に読者がとくのか、挑戦してみてください。レベルはそんなにむずかしくないように設定しています。ご感想をお待ちしています。