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21世紀のイソップ物語1「金の斧、銀の斧」

作者: 今井えりか

オリジナルの物語では正直者が神から褒美を貰うことになっているが、現実はそうではない。

人は自分の幸福を他人と比較して測っている事が多く、同じ状態でも幸せだったり不幸に感じたりする。

村から歩いて一日もかかる山奥で貧しい木こりが木を切っていた。

「こんな遠くまで来ないと勝手に木を切れないなんて、世知辛い世の中になっちまったもんだ」

聞く者が誰もいないのに愚痴をこぼしながら、木こりは怒りの混じった力を込めて斧を振った。

「夢も希望もありゃしない」

そう言っては斧を振る。

「チャンスも運もありゃしない」

愚痴でリズムを取りながら斧を振る。

「神も仏も居やしない」

力任せに振った斧が手を滑り、深い湖に落ちてしまった。

「あっ、しまった」

そんなことを言っても、深い湖に沈んだ斧を取り戻す術は無かった。


湖のほとりで木こりがおいおいと泣いていると、湖面の一部が盛り上がり、そこから神が現れた。

「お前は何をそんなに泣いているのだ」

「私は自分の大事な斧を湖に落としてしまい、嘆いておりました」

「嘆いていても斧は戻らないのではないのか」

「私は貧しい木こりです。代わりの斧を買う金も無く、今はただただ泣くしかございません」

嘆き続ける木こりをしばらく無言で見た後「待っていなさい」といい残して神は湖に消えた。


ほどなくして神が再び現れた。手には銀でできた斧を持っている。

「お前が落とした斧というのは、これか」

「いいえ、滅相もございません。私の落とした斧は鉄の斧でございます」

神は湖に消え、三度現れた。手には金でできた斧を持っている。

「お前が落とした斧は、これか」

「いいえ、私は貧しい木こりです。金の斧など持てるはずがございません」

神は湖に消え、今度は鉄の斧を持って現れた。

「お前の斧というのは、これか」

「はい、さようでございます。その鉄の斧が私の落とした斧でございます」

「なるほど、お前は正直者である。これからは大事に使うが良い」

そう言って神は鉄の斧を木こりに渡した。


無くした斧が戻ってきて、貧しい木こりは大喜びで村に戻り、そのことを仲間に話した。

「世の中はまんざらでもない。神や仏というものは、本当に居るもんだな」

そう言って喜ぶ木こりを仲間は嘲笑った。


その話を聞いた別の木こりが鉄の斧を持って湖に向かった。一昼夜を歩き続け、へとへとになりながらも一番乗りで湖に着いた。最後の力を振り絞り、木こりは

「えいっ」と自分の斧を湖に投げ込み、ほとりに佇み大きな声で泣き喚いた。


ほどなくして神が現れた。

「お前は何を泣いているのだ」

「私は自分の斧を無くしました」

神はいったん湖に消え、銀の斧を携えて再び現れた。

「お前の探している斧は、これか」

「いいえ、私の探している斧はもっと立派なものです」

神はまた消え、三度現れた。

「お前の探しているものは、これか」

神の手にはキラキラ光る金の斧だったが、これを見た木こりは

「そうです、それが私の探していた金の斧です」と答えた。

「ならばこれを持っていくが良い。私は忙しいので何度も手間をかけさせるな」

そう言って神は金の斧を木こりに渡して、さっさと湖に消えて行った。


この話を聞いた元の木こりは怒り、湖にに向かって駆けていった。

神から返して貰った鉄の斧を力任せに湖に投げ込み、大声で神を呼んだ。

神は湖から現れると、木こりを見つけ、

「なんだ、お前か。俺は忙しいのだ。万人の相手をしなければならない。お前だけのために何度もあっている暇など無いのだ」


神の話を聞いても木こりは退こうともせず、やたら神に非難を浴びせる。

「そんな悪態をつくためにやってきたのか。そんな暇があればさっさと自分の仕事をしろ」

「いいえ、今日は前回の木こりの話をしに来ました。話を聞いてくれるまで私はここを離れません。もしここでこのまま死ぬようなことになったら、怨霊となって永遠に貴方に取り憑いてやる」


「では、その木こりのことを話せ」

「その木こりは大層欲深い男で、普段の仕事は怠けているくせに、儲かる話があると知るや、たちまち悪知恵を働かせて財を築くので、汚い金をたんまりと稼いでいる悪党でございます」

「そんな話は私には関係ない。もう行くぞ」

「ちょっと待って下さい。その木こりは私の話を聞き、ワザと自分の鉄の斧を湖に投げ込み、神の持って来た金の斧を、自分が探していたものだと言ってちゃっかり持って帰ってしまいました」


「そいうことか。わかった。お前の望み通り、話は聞いたぞ」

そう言って神は湖の底に消えて行った。木こりが何度呼んでも神は現れることは無かった。


神から拾って貰った鉄の斧を湖に投げ込み、木こりはもう仕事ができなくなってしまった。

落胆した木こりはいよいよ貧しくなり、飢えて死んでしまった。

幸せは自らの才覚と努力で勝ち取っていくものだ。金の斧を勝ち取った木こりはたった一つのチャンスを確実にモノにしたが、貧しい木こりは二度も訪れたチャンスをことごとく無駄にしてしまっている。このような貧しい人間は、どんなときでも他人を非難し愚痴ってばかりで進歩がない。

行動を起こさない人間や決断しない、才能も勇気も持たない愚民はいつも無責任で不毛な愚痴を言っている。

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