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彼女の喜怒哀楽

「いただきます」

 二人で自然にいただきますのハーモニーを奏でてしまう。

 すき焼きはテーブルに座ってもすぐに食べられるわけではないので、人によっていただきますを言うタイミングが違うと思う。

 なのにタイミングがあってしまったことを僕がクスリと笑うと、布瀬は不思議そうな顔した。

「おかしかった? 食材の盛り付けとか」

 布瀬が不安そうな顔をしている。

「い、いや。美味しそうな盛り付けだよ。いただきますのタイミングがあったのがさ」

「え? それっておかしい?」

 布瀬はまだわからないというように首をかしげていた。確かにそれほどおかしくはないかもしれない。

 何だか気恥ずかしくなってきたので誤魔化した。

「まあ、それほどおかしくもないか。とにかく食べようよ」

「う、うん。じゃあ脂をひくね」

 布瀬は鉄鍋の中に牛脂を入れて、さえばしで伸ばしながら溶かす。肉もスーパーで一番良いものを持ってきている。間違いなく本格的なすき焼きを食べられそうだ。

 布瀬が鉄鍋に肉を入れている間に、僕は小皿に溶き卵を作る。

「はい。布瀬のね」

「あ、ありがとう」

 ご飯を作ってくれているのに、布瀬の分の卵を溶いただけで感謝される。

 先程のように一緒に笑ってくれなかったことは人によっては冷たい女の子と思うかもしれない。実際、クラスメイトからもそう思われているだろう。

 でも彼女は本当は優しい女の子だと思う。僕は段々とそれがわかりはじめていた。

「鈴木くん。お肉もできたみたいよ」

 今度は布瀬ができたお肉をとってくれた。

 もちろんすき焼きは凄く美味しい。

「美味しいな~」

「ホント?」

「本当に美味しいよ。味付けもちょうどいいし」

「良かった。お魚のお刺身も食べてね」

 なんの魚かはわからないけど、白身の魚でこれもとても美味しい。風味が良いというのだろうか。味わっていると感想を聞かれた。

「ちょっとの時間だけどヒラメを昆布締めにしてみたの。どう?」

「昆布締め?」

「うん。お刺身に薄塩を振って、昆布で挟んでおくの」

 この風味の正体は昆布だったのか。

「サラダも食べてね」

 レタスとミニトマトのサラダを食べる。野菜ではすき焼きとさきほどのお刺身に勝てないと思ったけど、ドレッシングが素晴く負けていない。きっと自家製のドレッシングなんだろう。

「凄いな布瀬は。いつでもお嫁さんになれそうだね」

「えええっ? お嫁さん?」

 布瀬が慌てふためいた。布瀬の料理が上手いのは良家の子女として教育されているからというのは妄想だったんだろうか。

「い、いや、布瀬の料理が凄く美味しいからさ。誰かに教わったのかと思って」

「あ、あ~……。えーと花嫁修業的なって意味?」

「そう、それだよ!」

「花嫁……修業……か。まあそんなものかな」

 どうやら必ずしも僕の妄想ではなかったらしい。ひょっとして子供の時から嫁ぎ先まで決まっていたりするのだろうか。

 僕には関係ない話なのだが、そんな相手がいないことを少し願ってしまう。まあ、今はこの美味しいご飯を独占できるのだ。

「鈴木くん。ご飯のおかわり、どう?」

「うん。お願い」

 米はスーパーから持ってきてないから、このご飯は普段我が家で使っている米を使ったものだろう。

 布瀬のお弁当に入っていたお取り寄せ米も美味しかったけど、我が家に備蓄してあった米でもこうやって布瀬が炊き上げて、よそってくれると格別に感じる。

 いつものように冷静な布瀬の顔も何処と無く楽しそうに見えた。

 ご飯を食べながら布瀬を様子を眺めて気がついた。

「布瀬、ご飯を食べ終えたら着替えたほうがよくない?」

 布瀬はさっきまでエプロンも着ていたし、色々あったから忘れていたが、僕達はまだ制服を着ていたのだ。

「き、着替える?」

「ああ。制服は着替えたほうがいいだろ?」

「そっかそうよね……でも」

「でも?」

「き、着替える?」

「ああ。制服は着替えたほうがいいだろ?」

「そっか。そうよね……でも」

「でも?」

「私、着替えがないし」 

ここは僕の家で布瀬の着替えはない。布瀬の家が何処かも知らないけど、服を取りに行くのは勧められない。ひょっとしたら人が消えた原因を未だに残しているかもしれない真っ暗な世界を懐中電灯を片手に行軍することになる。

「私、制服好きだし、このままでいいよ」

 確かに布瀬の制服姿はモデルのように制服が似合っている。

でも制服で過ごすのはやっぱり苦しいだろうと思う。少なくとも僕は一秒だって長く着ていたくない。

「制服じゃ休まらないだろ? 妹の服を使うといいよ。僕も着替えるし」

「え? 鈴木くんの妹さんの?」

妹の背は布瀬よりもかなり小さいけど全ての服が着られないということもないだろう。

「いいの? ホントにいいの?」

「い、いいよ。そう言っているじゃん」

布瀬は挙動不審に見えるほど興奮していた。

やっぱり制服は嫌だったのだろうか。

「きっと似合う服もあるよ。妹は服を一杯持っているからさ」

「うんうん」

 布瀬はすき焼きのしらたきを素早くすすって首を大きく縦に上下させた。

 勘違いしていたのかもしれない。布瀬は喜んでいるのだろうか。

「私に似合う服あるかな?」

 間違いない。いつもの無表情の布瀬だったけど、声は弾んでいた。

そんなに怒はないかもしれない。

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