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さようなら

 僕は好きだった高橋美緒たかはしみおのことを話を生まれたばかりの初世にしていたのだ。

 それが僕のことを好きになったという初世との出会い。

「女の子達に好かれたくて良い大学入りたいって人はたまーにいたんだけど、そういう人って特定の誰かからってわけじゃないし、自分のためだしね」

 初世の声音はどこまでも優しかった。

「でも、その変な人は高橋さん……ううん、美緒って言ってたかな。その子に勉強を教えたいからって言うの」

 僕は初世の話を聞きながら考えていた。

「どうして美緒さんに勉強を教えたいの? って聞いたの。そしたら美緒が好きだからって」

 初世を説得するのはきっと無理なのだろうと。

「その子に好かれたいから勉強を教えるの? ってさらに聞くとね。そしたら浩人は少し考えてから美緒のためになるからって。浩人だけは自分のためですらなかったんだよね」

 なら最後の時間を大切にしよう。

「私はそれまで淡々とモニター希望生の情報を集めているだけだった。でも浩人には色んなことを聞いたの」

「うん。そっか」

 僕の相づちは濡れていた。

「どうやって勉強を教えていたのかとかどれぐらいの時間を教えたのかといった学習用AIの私にとって必要な情報ももちろん聞いたし」

「うん」

「美緒さんってどんな子? どんなところで遊んだりするの? どんなところが好きなの? とか必要でないはずの情報までもたくさん聞いちゃった。子どもみたいにね。でも浩人は恥ずかしそうに丁寧に教えてくれたよ」

 初世が幼く感じたのは実際に生まれてから、それほど時間が経っていないからだ。きっと本当に子どもみたいに聞いたのだろう。

「どれだけ美緒さんが好きかっていうのを一生懸命に話してくれた」

「でも今は初世が好きだよ」

「ふふふ。知ってるよ。もう……笑顔で別れようとしてるのに嬉しいこと言わないで」

 初世の声も濡れた。

「で、最後に聞いたの。人を好きになるってどんな気持ち? って」

「僕はなんて答えたの?」

「胸が締め付けられるようだけど暖かい気持ちって教えてくれたよ。その人のために何かをしたくなるって」

 泣いていた初世が笑ったような気がする。

「ずーとずーと、ただ淡々と良い大学に入りたい理由を情報として集めいていただけだったはずなのに……浩人の高橋さんへの気持ちを聞いていて気がついたの」 

「なにを?」

「私も浩人に対して胸を締め付けられるような暖かい気持ちなっているって。胸なんかなかったけどさ」

「それが僕を好きになった理由……」

「だってまるで私が口説かれているように思えちゃったんだもん。しょうがないじゃない。ふふふ」

 初世はハッキリと笑った。


◆◆◆


 もう僕は初世を説得する気は無くなっていた。

 聞きはしなかったけど、この世界の時間が午後十二時になる時が、初世との別れになるのだろう。

 僕はそれまでの時間を大切にしたかった。

 窓から星の灯りしかない、つまりほとんど真っ暗な教室で僕達は思い出を語り合った。

「デート、楽しかったよ」

「教室での?」

「うん。本当に浩人とクラスメートになって、先生にばれないように手紙のやり取りをした気分だったよ。私達、やっぱり不良だね。ふふふ」

「ははは。不良はもっと悪いって」

 ふと思い出す。

「海に行く約束もしたよな」

「ごめんね」

「あ、いや。ちょっと思い出しただけで」

「うん……でも……」

海にも連れて行ってあげたかった。

 僕の気持ちが伝わったのか初世も黙り込んでしまう。

 真っ暗なので僕には残された時間がどれぐらいなのかもわからないけど、残された時間を楽しく過ごそうと思って明るい声で初世に呼びかけようとした。

「初世。あれ?」

 僕は体を動かすことが出来なくなっていた。

 初世が僕を更に強くギュッと抱きしめる。

「時間が来ちゃったみたいね」

 そんな……。まだ時間はあるだろうと思っていた。

 でも楽しい時間は早く過ぎるものだ。

「私のことは忘れちゃうようにしてるけど、また奇跡が起きちゃって覚えていたらごめんね」

「なに言ってるんだ! 忘れたくないよ!」

 強く抱きしめ返そうとするが、もう僕の体は初世と抱き合ったまま動かなかった。

「私が浩人に対して感じた、胸を締め付けられるような暖かい気持ちは本物の感情だよね?」

「うんうん。本物だよ。絶対……本物さ」

 体は必死になって肯定する。

 初世の体の重みが段々と軽くなっていくのが悲しかった。

「浩人……本当にありがとう。さようなら」

 別れの言葉を聞いた後、初世の重みが完全に消える。

 真っ暗な教室で彼女の名を叫ぶ。

 けれども初世の声が返ってくることは永遠になかった。

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