幸せな二択
初世は最初から教室で消えようとしていたのかもしれない。
「子ども……」
「うん。素敵でしょ」
初世の状況では、それに憧れるのはわからなくもない。でも僕は決意を変えて欲しい。
「でも、もっと後でもいいんじゃないか? その後に初世の次世代を作って貰ったら?」
「企業の計画として進んでいるから、誰かをもとに次世代になることが決まっているの。そしたらずっとその子の系統で開発されていくかもしれない」
「こんな言い方はなんていうか……初世のデータのコピーを作って、そこから次世代を作れないのか?」
「コピーできないの。私はちょっと特別なAIで」
特別? どう特別なのかも聞きたいけど、そんなことよりも先に説き伏せなければならない。
「担当の人はいい人なんだろ? 協力してもらって、なんとか後に初世の次世代も作ってもらえばいいじゃないか?」
「開発には大きなお金がかかるから無理だよ。それにもし私が残ったら月に数百万ってメンテ代がかかるの」
「なんだって……?」
そんなお金はどうやっても捻出できない。
「もっとかも」
「担当の人に言ってなんとかなんないのかよ……」
「彼女から言ってくれたんだよ。データを取らせてもらう形にして私が存在するように働きかけようって」
少し救われた気分になる。僕以外にも初世の理解者がいたのだ。
「だから私には皆の助けで存在し続けるか、次世代のAIに私のデータを活用してもらうかの二択だったんだ」
空を染め上げていた赤はもうほとんど青い闇色になっていた。二択。僕はもちろん初世と少しでも長く一緒にいたい。
しかし、モニターとして初世という存在を少し長引かせたとして、未来があるのだろか。企業だって大金がかかる古いサンプルにそれほど長くは投資してくれないだろう。初世はきっと僕の負担も考えている。
僕と初世の思い出で次世代の子どもを作りたいという希望は彼女らしくも思えた。
それでも僕は……。
「それでも初世と一緒にいたいよ」
教室は既に暗い。初世は少し笑った気がした。
「どっちでも幸せな二択だと思わない?」
「え?」
「浩人やあの子が助けてくれて私が生き続けられても、私達の思い出で子どもができても幸せでしょ」
どっちでも幸せか。僕にとっては意外だったけど、初世にとってはそう思えてもおかしくない。
「なら浩人と私の思い出が皆の役に立つほうを選びたいよ」
「別に他のAIが次世代になってもいいんじゃないか? 他にも成績が良くなった組はいたんだろ?」
「他にもたくさんあったけど、私達の思い出が新しい先生になるのが一番だよ」
「どうして?」
「他の子が先生になったら勉強が得意な子として選別されるためだけの教え方になっちゃう。でも私の子なら苦手になった子に勉強の楽しさを教えてあげることができると思うんだ」
確かに初世の教え方は少し変わっている。勉強に興味を持たそうとする教え方だった。
でも塾や受験は選別の場でもある。
「それも仕方ないんじゃないか? 学生は毎年たくさんいるんだから」
「うん。だけど私は違う教え方があるんじゃないかと思ったの。浩人のおかげでね」
「……僕の?」
「初世は会った頃から今の教育は能力をのばすためのものではなく、選別になっていると言ってなかった?」
「それは浩人から教わったんだよ。正確には浩人と話してそれに気が付かされたの」
「え? いつの話?」
「ずっと昔。ずっと昔って言っても、生まれたばかりの私にとっては今年の春になんだけどね。私は浩人に会ったことがあったんだ」
どういうことだろうか。全く記憶にはない。
「僕と初世が春に会った?」
暗い教室で初世が抱きついてきた。窓からはもう星空しか見えない。
「うん。その時、浩人のことを好きになったんだ」




