星空の願い
「着いたよ」
「やっとか」
初世は体力もある。
階段で高層ビルの最上階まで来ても息も切らさなかった。
いかにも非常といったドアを開ける。
マンションの内廊下に出た。
「凄い……ホテルみたいだ」
「そんなことないよ。行きましょう」
内廊下にも関わらず、外側はガラス張りで景色が見下ろせるようになっていた。
もうすぐ日が暮れるようだ。
僕が見惚れていると初世に早くと促された。
「早く行きましょ」
「初世は毎日見て飽きてるかもしれないけど、もうちょっと見たいよ」
「いいから早く行こうよ」
静かな街を一緒に見たかったのにと後ろ髪をひかれる思いはしたが、腕を掴まれると抵抗もできない。
ついに布瀬家に入った。
「玄関も部屋みたいだ。お邪魔します」
「どうぞ~」
玄関を真っ直ぐ行くと大きなリビングだった。
何十帖あるんだろうか。
そして内廊下より大きな全面ガラス張りの窓というか壁があった。
「早く行こうって意味がわかったよ」
「うん。ここからでも見えるでしょ」
「格差社会がよく見えるよ」
「もうっ。変なこと言わないで」
「ごめんごめん」
初世が革のソファーに座る。
隣のスペースをポンポンと叩いた。
僕に隣に座れという意味だろう。
「なんでそんなに近くに座るの?」
初世は少しだけ意地悪な笑顔を作ってから、座った僕に頭を預けてきた。
意地悪なことを言ったのは照れ隠しだろう。
「お嬢様のクッションになるためかな」
「もうっ!」
「ごめんごめん」
肩に腕を回す。
初世は回した腕の僕の手の平に自分の手を重ねる。
僕達は段々と赤から暗くなる街を一緒に見ていた。
こんなに家やビルがあるのに本当に僕達しかいのだろうかと思ってしまう。
「不思議だね」
「誰もいないこと?」
「うん。こんなに大きな街なのに僕らしかいないだよね」
もちろん多くの人が急に消えてしまうのなんて変だ。
でも初世とこうしているなんて、個人的にはもっと不思議な感覚だった。
二週間前は意識すらしなかった女の子だ。
「ねえ」
「なに? 浩人」
「前にも聞いたけど初世はどうして僕のことが好きになったの?」
「まだ……もうちょっと内緒……」
今なら聞けるかと思ったけど、まだ内緒らしい。
「顔がカッコイイとか?」
「うん。好きだからね。カッコよく見えるよ」
どうも違うみたいだ。
切り口を変えてみる。
「初世は春に僕のことを好きになったって言ってたよね?」
「うん。生まれてからずっと、とも言ったけど」
相変わらず、初世はミステリアスだ。
生まれてからという言葉にはなにか意味があるんだろうか。
それともちょっと遊んでいるだけなのだろうか。
遊んでいるだけかもしれないので、今は春の部分に焦点をあてた。
「春に僕がなにかしたかな」
「うん。それで私は浩人が好きになった」
「え?」
初世に好かれるほどのことをしただろうか。
記憶にはない。
あったとしても挨拶をしたとか、プリントを回してあげたとかその程度だ。
正直それすらも記憶にない。そもそも席が離れているからプリントを回したこともないだろう。
ふと突拍子のないことを思いつく。『浩人と初世の確率理論』だ。 世界中の人が消えて残った二人にはなにか理由や作為があるのではないかという仮説。
初世は僕のことが以前から好きだったという。それが世界から人が消えた理由に関わっているのではないか。
……考え過ぎか。世界中の人が消えたことと彼女の恋心はどうやっても結びつかない。
時間が経って夜の帳がおりても電気をつける人もいない。街は暗くなっていった。
やはり、この街や世界中のことが僕達に関わっているとは思えなかった。
街の灯がない代わりに、夜空の星が瞬きはじめた。
それでも僕達はお互いの体温を感じながらもたれあっていた。
「浩人。星、綺麗だね」
確かに人がいたことよりも星がきらめいる。
「灯がないからよく見えるのかな。もしかすると人がいなくなって、もう空気が綺麗になっているからかも」
初世が僕の手を握り直して、小さな声を出した。
「このまま、ずっと、こうしていたいな……」




