僕達の代わりに
初世は手紙に怒られちゃうと書いたにも関わらず、それからも手紙のやり取りをしばらく続けた。
楽しい時間ではあったけれども、まるで初めて〝授業中の遊び〟をしているように、僕は感じてしまう。
その生真面目さから会長と揶揄される彼女は授業中にこういった遊びをしたことが一度も無かったのだろうか。
確かにそんな絵は想像出来なかったし、実際に……僕には記憶もない。
だから授業ごっこでこんな遊びを楽しんでいるのだろう。僕はそう思うことにした。
「キーンコーンカーンコーン。授業は終わりです」
僕は初世の言葉のチャイムに吹き出しそうになるのを我慢しながら言った。
「あ~終わった終わった。ご飯ご飯」
ちょうどお昼時だった。
初世の作ってくれたお弁当を取り出そうとする。
「ちょっと、なにするの!」
「え?」
「これは私のお弁当でしょ」
「いや、その、そうだけど……くれないの?」
「浩人はお弁当を忘れたの」
あーそういう設定ってことか。
僕は机の中を探すふりした。
「鈴木くん。ひょっとしてお弁当忘れたの?」
「ああ、そうみたいだな」
「購買部でパンを買えるお金ある?」
わかりやすい誘導尋問。
「それが今日はお金も持ってこなかったんだよね」
ここで私のお弁当食べると言ってくれるのだろう。
ところが初世は僕のほうをチラチラ見るだけで中々言ってくれない。
ひょっとして恥ずかしがっているのか。
「わ、私お弁当作ってきたんだけど多めに作っちゃったから鈴木くんも食べてくれない」
この言葉が聞けるまでに5分ほど待たされたけど、待った甲斐はあった。
美味しいお弁当と可愛い初世を見れた。
お弁当を食べたら午後の授業は無く、すぐに放課後になったらしい。
「鈴木くん、帰るの?」
「うん」
「じ、時間があったら……少し私とお話してから帰らない?」
「もちろん。いいよ」
時間ならいくらでもある。
◆◆◆
初世は意外と聞き上手だった。
僕は自然と初世に家族のことを話していた。
家族との確執は友人にも高橋にもほとんど話したことがないものだった。
「ご両親と妹さんに会いたい?」
「わからない」
「どうしてっ?」
「いや……もちろん、本当は会いたいけど、世界がこうなって安心しているところもある。上手くできる自信がないから」
「もう、できるよ。きっと」
「そうかな?」
「そうだよ」
「でもあれだけ探したのに手がかりの欠片も無いからな。このままだったら、ずっと初世と生きていくよ」
初世がなぜか寂しそうに笑う。
僕は慌てた。誤解させたと思ったのだ。
「あ、いや、もし世界が戻ったとしても一緒にいたいと思ってるよ」
初世だって世界が戻っても僕と一緒にいてくれるだろう。
お嬢様だから僕と一緒になるのは障害もあるかもしれない。
でも、中世ではない。最終的には本人の意志が尊重されるに決まっている。
「う、うん。ありがとう……そうだよね……ずっと一緒にいようね」
初世は目尻に涙をためている。
それを綺麗な指で拭った。
「どうしたのさ。なにかマズイこと言った?」
「ううん。嬉し泣きだよ」
本当に嬉し泣きなのだろうか。ちょっと違う気もしたけど、僕になにか不満があるということでもなさそうだった。
――僕は後に知る。彼女の涙にも、授業ごっこにも意味はあったのだ。
教室の窓から入る日がわずかに朱を帯びる。
懐中電灯も持ってきているが、僕たちは夜になることに、もう敏感だ。
「初世。そろそろ本当に帰ろうか?」
「うん」
元の位置に戻そうと机を持ち上げようとする。
「待って!」
「うん?」
初世に止められた。
「浩人と私の机……このまま教室に並べて置いていこうよ。くっつけたままで」
彼女の声が淋しげだった気がして僕は明るく言った。
「そうだな。月曜になったら、また隣で勉強できるしな」
「うん!」
彼女も明るく返事をしてくれた。
僕は教室から出て廊下を歩く。
隣に人がいないことに気がついて振り返る。
初世は教室の入り口に立っていた。
「早く行こうよ」
「うん。もう少し……」
「?」
あの時の初世は、僕達の机を見ていたのだろう。




