キミのいない六日目 その四
僕は再び玄関のドア影に静かに戻るしか無かった。
距離があってなにを話しているかまではわからないが、高橋はアイツになんらかの抗議をしている。
僕はそれを他人事のように眺めた。別に話を聞きたいわけでもない。
むしろ、僕という存在がここにいると高橋が知れば、気まずい思いをさせてしまうのではないかということを考えていた。
「さよならっ!」
高橋はアイツに大きな声で別れを告げて去っていってしまった。
少し時間を開けてから僕は玄関を出た。
「あ、鈴木。……いたのか」
どうやらアイツは僕がいたことを知ったらしい。
「ごめん。ちょっと学校にいて帰るところだったんだ。内容は聞こえなかったよ」
「ホ、ホントか?」
「うん。高橋さんには話さないでくれるかな?」
「ああ。わかった」
僕は気が強いわけではないが、なぜか堂々と対応できてしまった。
このような状況なのに自分が自分に以外だった。
そのまま帰ろうとする。
「待てよ」
アイツから呼び止められた。
「そ、そのさ」
「なに?」
「俺、美緒、いや、高橋と付き合っていてさ」
さすがに胸がドクンと動いた。噂は本当だったのか。
「そうなんだ……知らなかったよ」
そう応えるのがやっとだった。
「でも俺、高橋と別れようと伝えたんだ。高橋からちょっと強引に来られたから付き合っちゃったんだけど、本当は他に好きな子がいてさ」
高橋のほうからという話は、コイツが高橋と付き合っていることよりも、さらにショックだった。
「付き合ったのはいつから?」
「……二ヶ月ぐらい前だよ」
二ヶ月ぐらい前と言い淀んだことで直感した。
コイツは僕が一ヶ月ぐらい前に高橋に告白したことも彼女から聞いて知っているのだ。きっと高橋がその返事を保留していることも。
「鈴木は高橋のことが好きなのか? あ、いや。そのさ」
何を言い出すんだろうかと思いながら聞いていたら以外なことを言われた。
「俺は他に好きな子がいたけど、多分……高橋も鈴木のことが好きだと思う。とにかく頑張れっていうかさ」
コイツさえいなければと思っていた彼、サッカー部のストライカーである藤原は有り体にいっていいヤツだった。
「悪い。なにを言っているんだろうな」
「いや、ありがとう。じゃあ」
「え、あぁ」
彼に挨拶して校門を出る。
僕は高橋から不誠実と言われることをされていたのだろうか。
事実を聞いてすぐは、確かにショックを受けた。
しかし、今は敵愾心を抱いていた藤原と少しだけ分かり合えたことのほうに、不思議な嬉しさを感じていた。
人を一人憎む必要性が無くなったから気分がスッキリしたのかもしれない。
夜の帳が下りはじめた街を歩いていると、お腹が減っていたことに気づく。
もう夕飯の時間なのに昼食も食べていなかったことを思い出す。
母親と妹は帰宅しているかわからない。
お金も貰っているんだし、チェーンのハンバーガー屋に向かう。
歩いているとポケットの中に入れたスマホが震えた。
SNSのメッセージで高橋美緒から連絡が来ていた。
『鈴木くん、何してる? ヒマ?』
高橋の本当の気持ちはもちろん僕にはわからない。
けれどもこのメッセージは校庭で見た光景が関わっているのではないかと思った。
以前なら主人が帰ってきた子犬のように飛びついていたであろうメッセージを少しだけ億劫に感じる。
僕は高橋が嫌いになってしまったのだろうか。
そんなことはないと思う。
『ご飯を食べに行くところだよ』
『え~誰と?』
『一人だよ』
「そうなんだ。寂しいね」
少しだけ億劫に感じたが、彼女も僕に話したいことがあるのだからこそ、こうやってメッセージをしてくれたのだろう。
『ハンバーガー屋に行くところだよ。シェイクとポテトぐらいなら奢るから高橋も来ない?』
千円あればセットを頼んでも少しお釣りがある。
奢りという理由を作れば高橋も来やすくなるんじゃないかと思う。
ただ、それは彼女に会いたいという気持ちなのだろうか。
『行く行く!』
元気の良いメッセージに僕は少しだけ笑うことができた。
『じゃあいつもの席にいくね。10分後ぐらいかな』
『うん! チョコ、いや、やっぱりバニラシェイクとポテトね』
『注文しちゃってていいの?』
『すぐ行くから大丈夫』




