不良
ベッドで二人寝たまま天井を見ていた。
僕の手は布瀬初世の手を握り、初世の手は僕の手を握っている。
「そういえば予習復習してないな」
「そうだね」
「毎日やらないといけないんだろ?」
「そうだよ」
「今からやろうか?」
「いいよ」
ベッドから起き上がってリーディングの教科書を出そうとした。
ところが布瀬の「いいよ」と肯定と思ったら、否定の「いいよ」だったらしい。
「え? 浩人、本当にするの?」
「結構、面白くなってきていてさ」
「ホント? ウソじゃない?」
「ホントだよ」
「ならよかった。それならもう大丈夫だよ」
「え?」
もう大丈夫とはどういう意味だろう? 初世の顔がふと悲しげに見えた。
僕の気のせいだろうか?
「どういう意味?」
初世は顔を横にして僕を見て微笑む。
「不良の私でも浩人のためになれたかなって意味だよ」
「不良? 初世のどこが……」
そう言いながら、僕らが先ほどしていた行為は初世からしてみたら大変な不良になるのではないかと思った。
「初世、僕のほうがやってもらってばっかりじゃないか」
初世が僕の頭を抱いて胸に押し付ける。
「そんなことない。私のほうが浩人から一杯、とても一杯貰っているよ」
初世はたまに遠回しな言い方をするような気がする。
一杯貰っているとは、愛情的なものについて言っているのだろうか。
「私、こんな状況で勉強とかずっと変なことばっかりしちゃってごめんね。変な子だって思ったでしょ?」
「なんでだよ。勉強は面白かったよ。今もしたいと思っているよ。しようぜ予習復習」
「するの?」
「あぁ」
「もうロマンチックじゃないなあ。くすくす」
初世が声を出して笑う。
「ご、ごめん」
「やるにしても今日は復習だけでいいよ」
「なんで?」
「今日は金曜日でしょ。予習は日曜日やろう?」
なるほど今日は金曜日で、明日の土曜日は学校が休みだ。忘れていた。
だから金曜の今日は学校の授業の復習をして、日曜日に明日の月曜日の授業の予習をしろということか。
そろそろ農業のように生活に直結する作業や調べ物の時間を増やしていかないといけないと僕は思っていた。
学校の勉強をペースダウンしていくのはちょうどいいかもしれない。
ただ、そうすると。
「土曜日はどうするの?」
今日の授業で学んだことは帰宅したらその日に復習をして、明日の授業の予習をする。
それは初世が僕に身に付けてくれた習慣だ。
すると金曜日の今日は復習をして、日曜日の明後日は予習をすることになるけど、土曜はマストの勉強はない。
真面目な初世だから全くやらないということはないにしても、授業も予習復習も無いので時間は多い。
「デート……は?」
「ええっ? デートぉ?」
意外な提案だった。
「ダメかな? おかしい?」
「おかしくはないけど、会……いや初世にしては意外だなって」
「今、会長って言おうとしたでしょ」
ジト目で見られる。
真面目な会長からデートという言葉が出てくるとは思わなくてつい。
もっとも、今は女の子らしい面もあることをよくわかっている。
「ご、ごめん」
「もう! 明日は何処か楽しいところに連れて行ってよね!」
「楽しいところと言われても」
電気が通っていないのだ。管理もされていない。
何処に行けば良いのだろう。
「私……家と学校しかほとんど行ったことないから浩人とならどこでも楽しいから」
「なっ」
初世はニッコリと微笑んでいるが、またまた驚くべき新事実だった。
駅前のタワーマンションの最上階、つまりあの高級マンションのペントハウスと学校以外の行き来以外をほとんどしていないということか。
それがお嬢様というものなのかもしれないが、かわいそうだ。
布瀬初世はあまり家族のことを言わない。
僕のように家族となにかの確執があるのかもしれない。
「連れていくよ。何処か楽しいところにさ」
「ホント? 約束だよ?」
「うん。約束する」
初世と寝ながら指切りをする。
彼女が急にうつ伏せになった。
「よし! じゃあ復習をしましょうか?」
枕をどかしてそこをポンポンと叩く。
「ここにさっきの教科書を出して」
「ここでやんの?」
「そうよ」
「わかったよ」
やっぱり勉強の虫だ。
「リーディングからいこうか?」
「良いけど眠くなっちゃわないか?」
「そしたらベッドの上なんだし、このまま寝ちゃってもいいじゃない」
「そっか。そうだよな」
「私が読んであげるね」
勉強の虫と思ったけどなんだかこうなってから急に不真面目な先生になった気がする。
「Three rings they hid from him. But the others he gathered into his hands, hoping to make himself master of all things. Then was an alliance made against the Dark Lord, and Sauron was, for that time, vanquished. But at length, his dark shadow stretched forth once more, and he sought again for mastery over the Rings of Power」
英文を読み上げる初世の声はあまりに心地よくて、優しくて、美しくて、儚くて、まるで子守唄のようだった。
疲れからくる眠気に逆らうことができずに、僕は眠りと初世の子守唄の境界が曖昧になっていった。
英文はフリーのアーサー王物語です。




