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体育の時間

 一時限目、ニ時限目、三時限目と終わり、四時限目になる。

 四時限目はお昼休みになる前の最後の授業だ。

 勉強も楽しくなってきたけど布瀬が作ってくれたお弁当を二人で食べるのはやっぱり格別に楽しい。

 四時限目の授業は。

「体育……」

 僕は帰宅部で文芸部の居候なのだ。運動があまり得意ではない。好きでもない。

 布瀬はどうなんだろう。

 というか体育をやるつもりなのだろうか。

「隣の教室で着替えてくるね! 着替えたらグラウンドに集合!」

「う、うん」

 どうやらやる気満々らしい。

 僕は隣の教室で体操着に着替えてグラウンドに出る。

 グラウンドの青空の下で見る布瀬の体操着姿が眩しかった。

 白いシャツにハーフパンツ。

 長い黒髪をアップして束ねているのもいい。

 ただし取っているポーズは両足を肩幅に開いて両手を腰に当てて胸をはるという小学生がしそうなポーズだった。

 色気はあまりない。いや、そうでもない。胸が強調されている。

「ん? どうしたの?」

「いやなんでもない」

 布瀬は自分のことがよくわかってないのかもしれない。

「ところで体育っていっても具体的になにをするのさ」

 楽なスポーツがいいな。

「男子は最近はなにをしていたの?」

「水泳がはじまるところかな。でもプールには入れないだろう」

 プールには水がはってあるが、電力が落ちている状況では使わないほうが良いだろう。

 わからないけど、塩素の循環とかしていたのが止まっているかもしれない。

 それに水泳は大の苦手だ。

 でも布瀬と水の掛け合いをするのは楽しいかもしれない。

「そうだよね……プール入れないかな」

「怪我とかしても困るだろ。辞めとこう」

「そうね」

 ちょっと惜しいけど仕方ない。

「じゃあ長距離走しようか」

「えええええ?」

「体力はあったほうがいいでしょ? 自分にあったペースなら長距離走は怪我はしにくいよ」

「そりゃそうかもしれないけど」

 辛いんだよ。身体が。

「じゃあバスケでもしようか?」

 バスケットボールか。布瀬は結構背も高いし、足も早い。

 1オン1をしてボロ負けし続けたら格好が悪い。

「長距離走にしよう」

「さっきまで嫌がってなかった?」

「色々とあるんだよ」

「?」

 僕は校庭のトラックを辛うじて歩いていないというスピードで走りはじめる。

 それでもすぐに苦しくなった。

 布瀬は素人の僕が見ても素晴らしいフォームで走っていた。

 もちろん僕よりペースも早い。

 そうなんじゃないかなと思っていたけど勉強もスポーツも負けていた。

 少しでも布瀬に近づきたい。せめて走りを止めないように努力する。

「はぁっはぁっ。無理をしないでいいからね」

「あ、あぁ。はぁっはぁっ」

 校舎の時計がお昼休みまで後10分を示す。

 どうやら布瀬は走りきる気満々のようだ。

「後10分走るの? はぁっはぁっ」

「ん? うん! はぁはぁっ」

「でも……なんで時計……動いてるんだろ……はぁっはぁっ」

「設備時計はソーラーも多いのよ」

 なるほど。そういうことか。

 しかし、既に呼吸も心臓も脇腹も苦しい。

 残り、8分。走りきれるだろうか。

 ……………………苦しい。

 …………でも後少し。

 ……。

「はぁはぁっ。終わり!」

 僕は返事もできずグラウンドに倒れ込んだ。

「だ、大丈夫?」

 大丈夫だよという返事もすることも辛い。

「無理しないでって言ったのに」

「布瀬に……追いつきたくてさ……はぁっはぁっ」

「え? なにを?」

「勉強もスポーツも布瀬のほうが凄いから……はぁっ」

「浩人……」

 布瀬が僕の倒れ込んだ僕の側に座る。

 僕の頭を布瀬の膝の上にのせてくれる。

 顔を真上から覗き込まれる。

「浩人のほうが全然凄いよ……」

「なにが?」

 一体何のことだろう。

 僕は特別なことなんてなにもない。

「浩人は私にないものを持っているじゃない」

「布瀬になくて僕にあるもの?」

「うーん。ハート」

 ハート? よく聞く優しいから好きになったとかそういうことだろうか。

 そんなことでと思うが、膝に乗せて本当に慈しむように僕に微笑んでくれる彼女にとってはよほど重要なものなのだろう。

 詳しく聞いてみたくなった。

「ハートって?」

「まだ秘密」

「なんだよそれ? 教えてよ」

「そのうち教えてあげるから。ね」

 少し強い口調で秘密を聞こうとすると、彼女は僕に顔を近づけてきておでことおでこを合わせてきた。

「それが浩人を最初に好きになった理由なの。近いうちに話すから」

 ハート、そして布瀬が僕を好きになった理由。まったく思い当ることがない。もちろん気になる。けど。

「わ、わかったよ。話したくなったら話してよ」

「うん。必ず話すね」

 布瀬とは話せる時間がいくらでもあるのだから。

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