逆らえないもの
まさか世界中の消えた人達が猫や犬になっているってことはないよな。
「僕もちょっと触っていいかな」
ニャーン
僕が触ろうとすると猫は一鳴きして布瀬の胸を飛び降りて去っていってしまった。
「もう! もっと抱いていたかったのに」
「ご、ごめん」
「動物は人間の心がわかるんだよ。エッチなこととか考えてたんでしょ」
返す言葉もない。
「でも猫を抱いたのなんて初めてだよ」
猫を抱いたのがはじめてだって?
「猫を抱いたのはじめてなの?」
「あっ……。ま、まあね」
勉強好きと同じで、別に猫を抱いたことがなくても悪いわけじゃないが、珍しいとは思う。
やはり想像以上のお嬢様なんだろうか。
「父が猫のアレルギーなの」
「そうなのか」
家族に猫アレルギーの人がいるなら当然かも知れない。
猫アレルギーの人は毛一つで不調をきたす人もいると聞いたことがある。
「ごめん。僕のせいで猫がどっかにいっちゃってさ」
「あ、いいよ。学校に遅刻しちゃうしね。いこ」
「そうだね」
初夏の青空の下、学校に向かって歩く。
道路の真ん中を歩くのも当たり前になってきた。
学校に着いても授業までに少し時間があった。
二階の窓からは暖かい陽光と風が入ってくる。
薄いグリーンのカーテンが揺れていた。
布瀬が聞いてきた。
「どうする? ちょっと時間があるから学校を調べる?」
「うーん。調査かあ」
正直、学校はかなり調べている。
もちろん手がかりは何もない。怪しいところ一つ無かった。
そもそも学校を調べていたのは世界中の人が消えて僕と布瀬が残ったのはとても確立が低いので、何か意味があるのではないかという仮説からだ。
「『浩人と初世の確率理論』なんて間違ってたのかもな」
僕は何気なく言った。ところが布瀬はそれに対して驚くべきことを言った。
「間違ってない!」
「なんだって?」
ここまでハッキリと言い切ることは、人が消えたことについて僕と布瀬に関わることでなにか見つけたり、気がついたりしたんだろうか。
「な、なにを見つけたんだ?」
「え?」
「僕と布瀬に関係することで人がいなくなった手がかりを見つけたんじゃないの?」
「ご、ごめん。違う違う」
どういうことだろうか。
「違うって?」
「そ、そうじゃなくて『浩人と初世の確率理論』って言葉凄く気に入ってるの。その名前を変えるのかなって」
体の力が抜けた。眉間を手で揉む。
やっとなにか手がかりを見つけたと思ったのに!
「名前なんかどうでもいいじゃんか」
「よくないよ~」
布瀬は机に手を置いて主張した。
「私達の名前が使われている仮説なんだよ!」
やっと布瀬の言おうとしていることが見えてきた。
「ひょっとして世界的な現象に……僕らの名前がってこと?」
「そう!」
ちょっとおもしろい考えだけど。
「でも世界中の人がいなくなっているんだからその仮説の名前も広まらないよ」
「私と浩人が知っているからいいの」
布瀬は子供のような笑顔になる。
こんなに嬉しそうに言われると反論する気も起きない。
「それに浩人に言いたいことがあるんですけど!」
「なにさ」
「どうして私のことを初世って呼んでくれないの!」
「え? え~」
むしろ僕のことを鈴木くんから浩人くん、浩人くんから浩人になった理由を聞きたいよ。
「だって恥ずかしいよ」
「私は初世って呼んでほしいの!」
「そう呼んだほうがいいの?」
「うん!」
頑張って呼ぼうとする。けれど……。
「やっぱ恥ずかしいって」
「もう! 呼んでよ」
「あ、一時間目の時間だよ」
僕はそそくさと教科書を出す。
「む~~~」
「さあ、勉強勉強」
布瀬は勉強には逆らえないようだ。




