キミのいない五日目 後編
お昼は竹原、赤井と三人で食べる。
親から貰っている500円で購買部のパンを食べる。
「そういえば次の時間のライティングは英作文の宿題が出てたな」
「当てられたらどうしようか」
竹原と赤井はライティングで当てられたらどうするかという話をしていた。
ライティングの宿題は提出を求められることはないが、クラスの誰かが当てられてそれ を答えるという制度だ。
僕の余裕ある態度に竹原が聞いてきた。
「鈴木。お前ひょっとしてやってあるのか?」
「ああ」
赤井が驚く。
「マジかよ。見せてくれ」
僕らは誰かが宿題をやってきたら見せあっている。大概、誰もやってきていなかったが。 でも今日の僕は少し考えてから言った。
「見せるのは良いんだけど、やり方も教わってもらうよ」
「なんだって? いいよ、やり方なんか」
赤井がうんざりした顔をする。
「ただ写すだけじゃしょうがないだろ」
「はあ? お前、見せたくないんじゃないか?」
僕と赤井のやり取りに、竹原が割って入る。
「まあまあ。最近、鈴木は勉強してみたいだし、ついでに少し教えてもらえばいいじゃん」
赤井もしぶしぶ納得したようだ。
「じゃあ早めに飯をかっ込むか」
「いや急がなくていいよ。写す時にちょっと教えるだけだから15分あれば十分かな」
なぜ竹原や赤井にまで勉強を教える気になったのか、その時の僕にはわからなかった。
◆◆◆
「あ~なるほど。そういうことだったのか」
「理屈はわかったけど、そもそも意味の分からない単語があるからな」
竹原は感心してくれたが、赤井は英作文に使う単語をそもそも覚えてないらしい。
それは僕だって同じだ。
「別にすぐに全部分からなくたっていいんだ。辞書で引いといて単語は後から覚えたっていい」
「なるほどね」
竹原が相槌を打ってくれた。
なんだかデジャブのような懐かしい感覚がする。
そういえば僕がまだ優等生だったころ高橋に数学を教えていたことがあった。
それが頭の中で結びついているのかもしれない。
ともかく教えることも悪くない。
お昼休みが終わって授業がはじまる頃に高橋も戻ってきた。
「あ、みんなで宿題を写してるの?」
「ああ」
「私にも見せて」
そんな話をしていると教師が来てしまった。
英語の授業がはじまるので竹原と赤井は僕の席から離れていった。
「それでは~そうだな、佐々木と高橋! 宿題の英作を黒板に書きなさい」
「は、はい」
高橋は僕のほうを向いて左手だけ手のひらを顔の前に立てた。
すぐにノートを貸す。
放課後やり方を教えよう。
1年の時はまだついていけていたから、よく教えていた。
ところが、高橋はどうも用があったらしい。
「ごめんね。今度また教えて」
「いや仕方ないよ。文芸部?」
「ううん。今日は違うんだ。それじゃ」
「ああ、また」
竹原と赤井にも挨拶して家に変える。
帰路、高橋のことを考える。
好きな子の細かい仕草や反応をあれこれと考えるのは普通だと思う。
告白の返答待ちなら尚更だ。
今日もサッカー部の臨時マネージャーに行ったのだろうか。
ウチの高校はサッカー部が県大会でもかなり上位に食い込むほど強いらしく相当盛り上がっている。
高橋はその手伝いに行っているらしい。
高橋はその愛嬌によって隠れた可愛い子として人気がある。
ただ最近の僕はそれほどは気にならなくなってきた。
告白してから、いや、する前から、高橋の密かな人気については、ずっと気になっていたのだけど、最近は落ち着いてしまった。
とりあえず、告白できて安心したのか、待たされ過ぎてマヒしたのか、自分でもわからない。
「猫か」
帰路、目の前を猫が歩く。
猫が嫌いということもないけれど、普段の僕は道に猫がいたからと止まったりはしない。
ところが今日は気になって立ち止まってしまう。
猫は逃げ出すような素振りも見せたが、そっと近づくと大人しくなって撫でることが出来た。
あの時は逃してしまったツンツン顔も猫を撫でれば、きっとすぐに。
「え? ツンツン顔?」
ツンツン顔? 一体、誰のことだろう。
誰かと一緒に道を歩いいて、猫を見つけて、逃げられた気がする。
女の子だよな?
でも僕と一緒に道を歩く女の子なんて高橋しかいない。
高橋はきっと僕よりも簡単に猫を抱き上げる。
そういう器用さを持っている。
けど、彼女は不器用で、僕ですら撫でることができる猫を逃してしまって。
「女の子にそんな知り合いはいないよな……」
アニメにそんなシーンもあったかもしれない。きっと混同してしまったのだろう。実際、おぼろげな記憶だ。
家に着いた。なにも言わずに二階にあがって自室に入る。
鞄のなかから教科書を取り出して、復習が必要そうなものをチョイスした。
少し前までは帰って来たらゲームをしたり、漫画を読んだりしていたのに、授業でわからなかったところが気になって仕方ない。
ちょっと化学でわからなかったところがあったんだよな。やってみようかな。夕食後もずっと勉強をした。
復習はもう終わって明日の授業の予習をはじめていた。復習はともかく予習ともなるとわからないことが沢山ある。
わからないことを学んでいくのが楽しくなっていた。
ふと学習イスの背に持たれてつぶやく。
「僕はどうしてしまったのだろう?」
誰かが、笑いながら答えてくれるような気がした。
もちろん答えはなく、部屋はしんと静まり返っている。
そう言えば落ちこぼれかけた時にも勉強をしようと思ったことがあった。
高橋とは一年生の時にも席が隣になって、数学を教えるなかで仲良くなったが、その後、段々と教えることができなくなっていったからだ。
「また、高橋に教えられるように塾に入ろうとしたこともあったんだよな……」
集中も途切れてきた。気がつくと眠る時間だった。
僕はもう少しだけ勉強して眠ることにした。




