お昼休み
「4限目も終わったわね」
「そうだな」
古典と物理でたっぷり絞られた後、50分間の昼休みになった。
僕は立ち上がって教室をでようとする。
「ちょっちょっと、何処行くの? おトイレ?」
「ト、トイレじゃないよ」
「待って。待ってよ」
今度は布瀬に腕を掴まれる。
さっきとは逆の立場だ。
その駆け寄りっぷりに少し笑ってしまう。
「ぷっ。なんだよ。布瀬、一人が怖いのか?」
誰もいない世界で一人だけ取り残される恐怖を僕が感じたように布瀬も同じように思ったのだろう。
「怖いよ……」
「え?」
鉄面皮かと思われた布瀬から意外な返答が帰ってきた。僕は少し笑ってしまった。
「笑うこと無いじゃない……」
「あ、そりゃそうだな。ごめん」
そもそも布瀬を笑える資格などはないし、普通の女の子がこの状況を怖がるのは当然だろう。
布瀬は少しズレた感性をしていると思ったが、誤解だったのかもしれない。
「いいわ。それで何処にいくの?」
「腹が減ったから購買部だよ」
「購買部? やっているわけないじゃない」
「そう思うけど0.0001%ぐらいはやってるんじゃないかってね。朝からなにも食べてないだ」
「鈴木くんはお昼はパンを買っているもんね」
よくそんなことを知っているなと思ったが、……確か……木曜日の昼休み前の化学の実験の授業の班が、布瀬と一緒だったことを思い出した。
片付けを会長に任せて、品数が少なくなる前に購買部に走ったこともあったかもしれない。
「授業中も二回お腹がなってたよ」
「うっ。やっぱり聞こえた?」
小さくともはっきりうなずく布瀬。
「私と鈴木くんしかいないから。気にしなくていいの」
少し恥ずかしい。
「というわけで、ちょっと行ってくるよ。すぐ戻るから心配しなくても」
しかし、布瀬は僕の腕を離さなかった。
「お、おい」
「私の……お弁当」
小さい声でよく聞き取れない。
「え? よく聞こえない」
「私のお弁当……半分食べない?」
驚いた。まさかこの状況でお弁当を持ってくるとは。
それでも結局、二人で購買部には行くことになった。
理由は二つ。
一つは0.0001%に賭けるため。もう一つは布瀬のお弁当を食べるにしても、お箸が一膳しか無かったからだ。購買部には割り箸が置いてある可能性が高い。
「カップ麺がある」
毎日届けられるお弁当やおにぎりやパンは売ってなかったが、カップ麺や文房具などおそらく今朝以前から置いてあったものは存在していた。
「割り箸、あったよ」
「おおサンキュー。ってかカップ麺あるならカップ麺食べようかな」
布瀬が僕を睨む。
「なんだよ?」
「お金あるの? お弁当食べようっていっているじゃない」
「きょ、今日は持ってくるの忘れちゃったよ」
「それは泥棒っていうのよ」
「ど、泥棒? 非常時だろう?」
「間違えた。火事場泥棒っていうの」
「だって布瀬の弁当食べたら悪いじゃないか」
「いいのよ。なにがあるか分からないと思って多めに作ってきたから」
布瀬にもこの状況に対応しようとする感覚は一応あるらしい。
僕と布瀬は席をくっつけて大きめのお弁当箱を開けた。
今、布瀬が座っている席は本来であるならば、やはり高橋美緒が座っている席だ。
アニメの趣味があうこともあって気軽に話しかけてくれる。
布瀬が冷たい美人タイプなら、高橋は暖かみのある愛嬌タイプだろう。
お弁当も半分くれるというのに布瀬の代わりに高橋がここに座っていたらと思ってしまう自分が嫌だった。
けれども、布瀬のお弁当にそんな気分をふっ飛ばされる。
「ご、豪華だね~」
「そう? 普通……だと思うよ」
出されたお弁当はちょっとした有名店でお正月に予約するお節と言っても信じてしまうかもしれないものだった。
普通よという布瀬はなぜか少し嬉しそうだ。
声が弾んでいる気がする。
「ひょっとして布瀬が作ったの?」
よく考えたら布瀬のお母さんだっていないはずだ。
「まあ……昨日の残り物を詰め込んだだけだけどね」
「それでも凄いよ」
彩りも綺麗だった。同じものを僕が詰め込んだってこうならないと思う。
「残り物だから。日持ちするようなものを中心に詰めているの。鈴木くんのお口にあうかしら」
弁当の箱も漆塗りのお重というのか……。
流石に重ねてはいないけれど高そうなものだった。
実家がお金持ちという噂は……聞いたことがあるような気がする。このお弁当箱はお嬢様の香りが漂った。
「いやいやいや、そんなことないってすごく美味しそうだよ。いただきます」
「私もいただきます」
とりあえず、遠慮してご飯の端っこを食べた。
「え? なにこれ……ご飯からして驚くほど美味しいんだけど……冷や飯なのに……」
「そう。よかった」
布瀬は少しだけ笑顔になった。
「名前は知らないけど取り寄せているお米なの」
「へ~。きっと凄いブランド米なんだろうな」
米だけでも美味しく食べられそうだけど、すぐにおかずも食べたくなる。
やはりいちばん目を引くのが、明らかにいつも家で食べているのと違う牛肉だ。脂身が綺麗に入っている。
「これ食っていい?」
「どうぞ。昨日の残り物に焼肉のたれを付けて焼き直しただけだけど」
「え? 布瀬の家はガス通じていたの?」
「……災害用のカセットコンロよ。この卵焼きもそれで作ったものだから」
牛肉を掴んでみる。ちょっとしたステーキほど厚く切ってあるのに箸でも千切れそうだった。
これが高い牛肉なのだろうか。慎重に口に運んだ。
「うま! なんだこれ! 本当に美味しいよ。これは残り物じゃなくて布瀬が朝作ったんじゃない?」
布瀬は少し照れたのか顔を赤くした。
どうやら当たりだったようだ。
焼肉だけでなく、卵焼きもふんわりしてとても美味しい。
「……わかった? でもお新香と筑前煮は余り物だから」
「そうなんだ。とても残り物には見えないよ。煮物もらうね」
煮物のタケノコを箸にとる。
うん。美味しい。
「ん?」
「どうしたの?」
僕はこの純和食風弁当のなかにちょっと似つかわしくないものを見つける。
「このタコウインナーは布瀬が作ったの?」
「食べたい?」
「え?」
タコウインナーは一つしか無かったけど、特別食べたいから聞いたわけじゃない。
布瀬がタコウインナーを作っている姿が想像すると面白かったからだ。
「私、好物なの。二つあったんだけど朝つまみ食いしちゃって」
布瀬がつまみ食いか。
「いやいいよ。好物なら食べてよ」
「いいえ。分け合いましょう」
布瀬はそういうと自分の箸でウインナーを半分にした。
「はい」
なにか手を出すことが出来ない。
「あ、私のお箸を使っちゃったのがダメだった?」
「いや。そうじゃないよ。ありがとう」
布瀬がお箸で半分にしてくれたタコさんウインナーを口に入れた。
何処にでもあるスーパーのウインナーの味。
もちろん、さっきの牛肉のほうが美味しい。
けれど、こんなに美味しいタコウインナーははじめてかもしれない。
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