告白
彼女は軽い足取りで階段を登っていく。
僕は部屋に入って照明を置くと、布瀬には学習イスを渡して、ベッドに座った。
明日の早朝の調査は中止して学校に間に合えばいいだろう。
布瀬とゆっくり話そうと思う。普段から使っている移動用の照明だけでなく、部屋に使っている電池式の照明を灯す。
ところが布瀬は消してしまう。窓からの僅かな月明かりだけになる。
「照明の電池がもったいない」
「暗いよ。スーパーにいけばいくらでもあるだろ?」
「お金は誰がだしているの?」
「布瀬が家計がどうたらって」
「いいから!」
布瀬はそういうと手際よく照明を消して、僕をベッドに押し、自分も倒れ込んだ。
「な、なにするんだよ」
「そんな大声出さなくても聞こえるよ。二人でベッドのなかで話そうよ」
布瀬が子供がかくれんぼの時に使うような小さな声で話す。
「ふ、布瀬な」
「嫌なの?」
今度は悲しそうな声だ。
「い、嫌ってわけじゃないけど」
「ならいいでしょ。それに」
「それに?」
「こうやって女の子とベッドの中で英単語の暗記をする勉強法もあるんだけど、やる?」
「遠慮します」
二人で少し笑い合う。
勉強も嫌いじゃなくなったけど、今はこれからのことを話そうと思う。
誰もいなくなったこの世界の元に戻す手がかりは今のところまったくない。
手がかりを掴んでも元に戻せない可能性だってある。
世界規模のことだ。むしろ普通に考えれば、その確率のほうが高いだろう。
もしそうなら……僕は……布瀬と一緒にこの世界を生きていきたいという気持ちが強くなっている。
その前にまず聞きたいことがある。
どう聞けば良いのだろうか。
「私、浩人くんが好きなんだ」
聞こうと思ったことをアッサリと布瀬のほうから伝えられる。
ひょっとしてそうなのではないかと思っていたが、息遣いがわかるほどの距離で告げられると、僕の心臓は音が聞こえるのではないかと思うほど高鳴なっている。
布瀬はどうして僕を好きになったのだろうか?
彼女は変わっているけど美少女だ。
その気になれば、引く手あまただと思う。
でも好いてくれているなら、僕は安心して彼女に言える。
もし世界が戻らなくても、
――「ずっと一緒に暮らしていこう」と。
けれども気恥ずかしくて、中々それを口に出せない。
代わりに出た言葉がこれだった。
「いつから僕を……?」
「春かな」
春。曖昧な表現だ。
そして驚く。今は初夏だ。
布瀬とは二年から同じクラスだから、僕と同じクラスになってすぐ好きになってくれて、 それからずっと好きだったということだろうか。まったく知らなかった。
ほとんど話したこともなかったはずだ。
ハッキリ覚えている記憶はない。
「春っていうか生まれてからずっと好きなのかも」
「え? 生まれてから? 冗談だろ?」
からかわれていたのか笑われてしまう。
「あはは。でも一緒にいて、もっと好きになったよ」
自分の顔が赤いのがわかる。
先程の疑問について聞くことにした。
彼女の悪戯に対しての反撃にもなる。
「どうして僕なの? 僕達は話したこともなかっただろ?」
ベッドの中で布瀬の息遣いを感じる。
暗闇の中で彼女が首をふった気がした
「浩人くんは忘れているかもしれないけど、私は……知っているの……」
「なにを?」
「私に向かってあんなに情熱的に口説いてくれたじゃない?」
「えええ?」
そんな記憶はまったくない。
「ふふふ」
「あっ嘘かよ」
「なにか心当たりがあるの? プレイボーイくん」
「まったくないよ」
流れで無いと言い切ってしまったが、すぐに思い出したことがあった。
僕は二週間前に高橋……美緒の部屋で彼女にキスをして付き合って欲しいと交際を申し込んだ。
残念ながら布瀬が言うように情熱的ではなかったと思う。ギクシャクしていた。
事実、高橋からの応えは保留だった。
誰もいない世界になったとわかって、僕が高橋美緒にこだわった理由でもある。
そういえば布瀬は高橋の日記を読んだ。まさか。
いやいや高橋に付き合って欲しいと言ったのは二週間前のことだ。
春といえる時期じゃないし、布瀬を口説いたわけではない。
「いや、その実は……高橋に……」
一緒にいようというのは、それを高橋のことを言ってから伝えるべきだろう。
布瀬は高橋の日記も見ている。
「いいよ。それは言わなくても」
「え?」
「それよりも私聞きたいことがあるんだけど……」
「なにを?」
布瀬はしばらく沈黙した後に震えるような小さな声を出した。
「……浩人くんも私のこと好き?」
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