和解
告知のために、しばらくつけていた旧題を外してスッキリさせました。
――あの時、彼女に「ありがとう」と言えて本当に良かったと、僕は今でも思い返す。
◆◆◆
食後に布瀬と二人でした勉強は本当に楽しかった。
教師や社会が僕らを選別するための授業ではない。
僕と布瀬が知ることの喜びを分かち合うためだけの授業。
「一人でもちゃんとできてたみたいね」
「先生のおかげだよ」
「そうでしょ」
布瀬はどうも僕が一人で勉強していた姿を後ろから見ていたらしい。
誰もいなくなった世界で勉強をすることを求めるのも、こうなってくると僕も布瀬もおかしい。
だけどおかしいことが何だと言うんだ。
誰に文句を言われる筋合いも、文句を言う人もいない。
それどころかこの状況がもし解決したら勉強を進んでするようになって褒められるかもしれない。
いや、人から褒められるなんて意味ないよな。
「どうしたの浩人? 笑っちゃって」
どうやら自分自身を笑っていたらしい。
僕は誰もいない世界になっても、勉強における他人からの評価を気にしているらしい。
「なんでもない。でも、そろそろ勉強時間は終わりかな。お風呂にはいって寝ようか?」
僕は電気が止まってから明るい時間しか人間は外で活動できなかったんだと気がつく。
街を調査するには早寝早起きが一番なのだ。
「もう少し起きていない?」
「え? まだ勉強するの?」
やはり僕一人の自習では遅れてしまっていたのだろうか。
「そうじゃなくて、ちょっと夜更かしして浩人と話したいなって」
「あ……あぁ」
今日は色々あった。
それも良いかもしれない。
そろそろこれからのことも話さないといけない気がする。
◆◆◆
お風呂と言ってもいつものビニール袋のシャワーに入って、その後に僕の部屋で話すことになった。
布瀬は長湯だから僕に先に入れと言った。
確かに布瀬はいつもにも増してお湯を要求した。
僕は目をつぶって何度もすりガラスの向こうにいる布瀬に沸かしたお湯がはいっているヤカンを渡す。
「お、おい。結構大変なんだぞ」
「だから一緒に入れば効率いいのにって言ったのに」
「……なら入る」
「え、やだ。うそうそ! さっきのナシ!」
時折、僕は布瀬のことを良く言えば純真、悪く言えばまるで幼い子供のように幼く思える時がある。
「ははは」
「あ、嘘だったんだね。もう!」
でも大人びている布瀬が幻想というわけでもない。
授業でのノートは機械のように綺麗な字だし、教え方も理路整然としてわかりやすい。
その様子を見れば誰もが彼女の精神年齢は成熟していると思うだろう。
今日は少し感情を波立たせたが、高校生の女の子が誰もいない世界に放り出されたことを考えれば十分に落ち着いた範囲だろ思う。
家族もいないのだ。
そんなことを考えているとすりガラスの扉が開く音がした。
「おまたせ」
どうやら布瀬は僕がいる脱衣所に出てきたようだ。
「お、おまたせじゃないだろ。出るなら言ってくれよ。離れるから」
「いいじゃない。後ろを向いてるんだし」
確かに僕はすりガラス越しでも布瀬を見ないように反対側を向いている。
しかし、そうは言っても肌と肌が触れ合うほど違いのだ。
布瀬が僕の前にある着替えに手を伸ばす。
下着を取ったようだった。
それを履く小さな音が聞こえる。
耳を塞ぐことはできないので、目は瞑ることにした。
「僕が振り向いたらどうするんだよ」
「私は別にいいよ」
「い、いいのか?」
「うん。でも」
「でも?」
「もうジャージ着ちゃったけどね」
からかわれたらしい。
布瀬は僕に後ろから抱きついて、胸に回した手をポンポンと二回叩いて離れた。
背中から感じる身体の感触は確かにジャージだ。
「じゃあ浩人の部屋にいこっ」




