何も知らない
僕達は高橋……美緒の部屋以外の高橋家も軽く調べたが、結局なにも発見することは出来なかった。
『浩人と初世の確率理論』が間違っていたとしても消えた人の家に入れば、ほんの少しでも何かの手がかりがあるんじゃないかとも思っていた。
しかし、それは打ち砕かれた。
本当に痕跡一つなかったのだ。
「学校いこ? 手がかりもあるかもしれないし」
「そうしようか」
高橋家を出た。朝日を浴びながら、とはいかなかった。
ここに来るまでに話した雲が、僕達の頭の上にまで広がっていた。暗い空の下、二人でトボトボと学校に向かう。
「学校行ったら何処を調べようか?」
「……」
僕は思った以上のショックを受けたらしい。今まではこの状況をどこか楽しんでいたのかもしれない。
折り合いが悪くなった親が居なくなってよかったとどこかで思っていたかもしれない。
母は僕の成績が落ちた時に泣いた。そして二度と浩人には期待しないと言った。
僕はその時、ああ母は僕ではなく、勉強が出来る僕が好きなのだと思ってしまった。
それが事実だったかどうかまではわからないし、それが事実であってもそれほど珍しいことではないし、人の心はすぐに変わるものだということもわかっていながら、僕は母から逃げるようになってしまった。
今はそんな母の顔もみたかった。
「学校ついたね。授業まで少しあるから調べる?」
「うん」
「どこから? あっ……」
僕は布瀬の質問に応えるのが面倒になっていた。
彼女を無視して手がかりを探しはじめる。
もう探した、職員室、校長室。探していなかった三年の教室、二年の教室。
一昨日にもまして徹底的に調べたが、やはり誰も居ないこと以外はどのなんの変哲もなかった。
次の1年3組を調べようとしたところドアに手をかける。
その時、布瀬が言った。
「ねえ鈴木くん。もう授業時間が少し始まっちゃったし……私達の教室に戻らない?」
「本気でそんなこと言ってるのか?」
「え?」
「布瀬ちょっとおかしいぞ」
「お、おかしい?」
布瀬は不安そうな笑顔で僕の言ったことを復唱した。
確かに布瀬は少し変わっている。
けれど今、そんなことは言わなくてもいいことだ。変なことが悪いことじゃない。
それを分かっていても一度堰を切ると止めることは出来なかった。
「この状況で授業がはじまるとか勉強しようとか……人がいなくなった世界でなんの意味がある?」
「意味?」
「高橋なら間違っても勉強しようなんて言い出さないぞ」
どう考えても言わなくてもいい高橋の名前が混ざっていた。
勉強などしてないで手がかりを探そうと言えば良かったのに、口から出たのはわけのわからない比較になってしまった。
布瀬は少し沈黙してから小さな声で応えた。
「……高橋さんと違って、私が鈴木くんのためにできることって勉強を教えることしかないから」
「は、はあ?」
言っている意味がわからない。
僕のためにできること? 布瀬は僕のために勉強を教えてくれていたのか?
布瀬の勉強癖に付き合うついでのお礼として、彼女は僕のわからないところを教えていたのではないのだろうか。
あるいは布瀬にとっては勉強が趣味のような楽しみで、それを僕と共有しているのかと思っていた。
ひょっとして彼女は自分のために授業をしているわけではなく、僕のためにしてくれていたのか?
「布瀬、言っていることがよくわからないよ。もう少し教えてくれ」
「なんでもない。けど迷惑みたいだね」
布瀬が廊下を走っていく。
「あ……」
待てよ、という暇も無かった。あいつあんなに足速かったんだ。
考えてみると布瀬のことは未だによく知らなかった。
体育祭等でも布瀬は活躍をしていたのかもしれない。
物音一つしない学校の廊下で、彼女のことを見ていなかったという罪悪感と、一人にされる不安感に僕は苛まれた。
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