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紡がれない日記

「鈴木くん。『浩人ひろと初世はつよの確率理論』で考えるならさ」

「考えるなら?」

「『浩人ひろと初世はつよの確率理論』で考えるなら」

 世界中の人が消えて残った二人に理由や作為が存在しているのではないかという仮説にこうネーミングしたことが布瀬はえらく気に入ったのか、やたら使おうとした。

 美緒の部屋に行くために高橋家の階段を登りながら話す。

「高橋さんもなにか関与している可能性はあるよね?」

 布瀬に冗談めかした口調をされた。無表情に隠された彼女の微笑が彼女を小悪魔に見せた。

 少しムッとしたが、二人の共通点に手がかりがあるかもしれないと言い出したのは僕だ。 それに本当に少しとはいえ、消えなかった人物の布瀬も少し疑っている。

 だから公平公正に考えるなら肯定せざるを得なかった。

 布瀬も関係しているかもしれないし、高橋も関係しているかもしれない。

「かもな」

「職員室の時に言っていたみたいに高橋さんの部屋が魔法陣とか描いてあって真っ黒だったらどうする? いかにも黒魔術って感じで」

 僕は流石に布瀬の頭に軽くゲンコツをくらわせた。

「いったーい!」

「高橋がそんなことするわけないだろう!」

「ご、ごめーん。怒らないで」

 クールビューティーの布瀬はどこに行ったのだろうか。人形っぽいとまで思ったのに、日に日に人間臭くなっている気がする。

 でもそれは僕達が仲良くなれたからかもしれない。怒ったふりをして嬉しい気持ちと不安を隠す。

 僕たちは不安の発生場所に着いた。

「ここが高橋さんの部屋?」

「うん」

 入ったのは一ヶ月前、部屋の様子はよく覚えている。温かみのあるホワイトウッドの家具。本棚にはほとんど読んでないという小説と僕が薦めた少年漫画が少しだけある。

 カーテンはピンクの柄が入っているのかと思ったらそれはハート型のプリントのはずだ。

 それが黒塗りと魔法陣に。いやいやいや。僕は固まってしまう。

「鈴木くん、入ろうよ?」

「わかってる。そのために来たのだしね」

 〝みお〟とひらがなで書かれたネームプレートがあるドアに手をかける。

 建付けが良いのか悪いか、ドアは軽い力で何の抵抗も音もなくスッと開いていった。

「高橋さんの部屋。かわいいね」

 高橋の部屋は黒塗りになっていることなどなく、もちろん魔法陣もなかった。

 一ヶ月前と変わらない女の子らしい部屋だった。

「そうだな。高橋はいないけど」

「うん」

 黒塗りになってはいなかったけど、一見してわかる手がかりもなかった。

「一応、〝なにか〟探してみるか……」

「そうね」

 僕達は〝なにか〟を探すことにした。なにかってなんだろう?

 自問自答していても仕方ないので本棚を見ることにした。別に変わったことはない。

 なにもないと布瀬に伝えようと思った時だった。

「あっ」

 本棚の取り出しやすいところに『DIARY』と書いてある革の手帳があることに気付く。

 声を聞いた布瀬も側に寄ってくる。

「日記ね」

「だな」

 最後の日になにか書いてあるかもしれない。僕は読んでみようかと手をのばす。

「ダメよっ!!!」

 驚いた。布瀬が急に大声を出す。

「なに考えているの!?」

「なに考えているのって……最終日になにか書いてあるかもしれないじゃないか」

 そう、なにか。事件のヒントだ。

「女の子のプライベートを覗いちゃダメよ」

 布瀬の言う通りかもしれない。僕のことについて書いてあるかもしれないとも頭をよぎった。

 それでも事件を解決するために、かすかな手がかりでもないかと探しに来たんだ。ここは緊急避難ということで許されると思う。

「でも高橋が消えたヒントについて書いてあるかもしれないだろ? 他の多くの人が消えたヒントも」

「それなら私が読むよ。鈴木くんが読むよりいいでしょ?」

 なるほど。親しい友人だった男の僕が読むよりも、親しくなくて女の子の布瀬が読んだほうがいいかもしれない。

 けど本当に僕のことが書き連ねてあったら、それを布瀬に読ませることになる。

「も~デリカシーがないんだから」

 布瀬は文句を言いながら日記を手にとって黙読し始めた。

 知らないぞ。別に布瀬にそれを読まれたってなんの問題もない。ないハズだ。

 布瀬は僕からは中が見えない角度で、ひとしきり読んだ後に本棚に戻す。

「残念ね。この状況については関係がありそうなことはなにも書かれていないわ」

「日付はどうなっていた?」

「皆が消えた前日まで毎日つけているわ」

「そっか……」

 この大事件に関係がありそうなことは前日まで書かれていなかった。ならば高橋は事件についてはなにも知らなかったんだろう。

 ところで僕のことはなにも書いてなかったんだろうか。布瀬の表情からはなにも読み取ることはできなかった。

「布瀬が読んでも気が付かなかっただけで、僕が読めばなにか気づくかもしれない。やっぱり読んでみようか? 事態が事態だしさ」

「ダメよ」

「なんでだよ。高橋を助ける切欠になるかもしれないんだぞ」

 そういうと布瀬は少し押し黙った後に静かに言った。

「鈴木くんのことが書いてあったから。鈴木くんへの気持ちが」

「え? そ、そうなのか」

「うん。だから本人がそれを伝えたくなるまでは鈴木くんは見ちゃダメだと思うよ」

 僕は押し黙るしかできなかった。

「特別、手がかりになりそうなものはなにもないね」

 布瀬は遠回しに、これ以上は探しても意味ないのではないかということを言った。

「もう少しなにか」

 僕はもう〝手がかり〟は探していなかった。高橋美緒の影を追っていた。

 けれども彼女の影はどこにもなかった。

 狭い部屋だから探す場所はすぐに無くなる。世界中の多くの人と同じように彼女は影も形もなくなっていた。

 布瀬は無表情ではあるが、何処か明るかった。僕は逆に沈み込みそうだった。

 高橋美緒の影は何処にもない。告白の返事も聞けなくなってしまった。

 二度と紡がれることがないかもしれない日記が僕の胸を刺した。

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