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キミのいない四日目

【四日目?】


 急がないと遅刻してしまう。

 時刻は8時20分だった。

 なんで携帯のアラームを設定しなかったのだろう。誰かが起こしてくれるとでも思ったのだろうか?

 二階から一階のリビングに降りると妹が食事を終わらせて学校に行こうとしていた。

「行ってきま~す」

「いってらっしゃーい」

 母親と妹の笑顔があった。

 父親はもう会社に行ったのだろう。

 けれど僕にはおはようの挨拶もない。

 テーブルの僕の席には朝食と五百円が置いてあった。僕の昼食代だろう。

「間に合うの? こんな時間に起きて」

 母親の冷たい声が響く。

 無視して出かける準備をする。手早く家を出た。

 妹の学校は家のすぐ近くの私立で5分で到着する。学年トップクラスの成績で入学したようだ。

 お坊ちゃんお嬢様学校でもある。本当はウチはお嬢様を出せるような経済的状況ではない。

 僕もそこも受けたけど落ちた。

 偏差値が少しだけ低い家から20分ほどかかる公立に入学した。

 入学時の成績は上のほうだったと思う。

 しかし、一年経つと平均以下に選別されるのに十分となった。

 学校に着く。

 もう一限目の数Ⅱの授業は完全にはじまっていた。

「す、すいません。遅れました」

「鈴木か。理由は?」

「寝坊です」

「寝坊ができる成績か? まあいい。早く席につけ」

 クラスの皆が笑う。皆……いるな。

 あ、あれ? 皆いるってどういうことだ? 当たり前じゃないか。

 僕はそそくさと席に着いた。

浩人ひろとくん、おはよっ」

 小さい声が聞こえた。

 隣を見ると高橋が少しだけ笑っていた。

 その姿を見て何故か僅かな安堵と懐かしさを感じる……ような気がした。

 軽く手で挨拶して席についた。

 ノートを僕の席の方に突き出してくる。

 なにか書いてある。それは数学の数式ではなかった。

『なんのアニメを見ていて寝過ごしたの?』

 アニメは高橋との共通の趣味だった。

 僕と高橋が仲良くなったのは一年の時だった。

 一年の時もクラスが一緒で、二学期にはやはり隣の席になったのだ。

 あの頃、僕はまだなんとか勉強についていけていた。

 ちなみに高橋は高校に入学早々ついていけなくなっていたようだ。

 数学の教師はしばしば生徒を指名して、黒板に問題の解を書かせる。

 一年の時、数学の教師が高橋に当てた。

 5分後、もうほとんどの生徒ができていた。

 けれど隣の高橋は全くできていなかった。

 教師もひどいなと思う。高橋じゃわからないことは知っているだろう。

 僕は自分のノートを彼女に渡してそのまま書いてきなよとこっそりと渡した。

 僕と高橋はまだ朝の挨拶もしていなかった頃だ。

 高橋はビックリして僕を見た。ノートを使いやすいように笑顔を返した。

 彼女は何度もペコペコと頭を下げてノートを黒板に持っていった。

 それから僕達は話すようになり、次第にお互いの趣味まで共有するようになった。

 高橋は文芸部で比較的硬い本が好きな子だった。

 一方、僕の読書はせいぜい漫画だ。

 ただ、高橋に僕の趣味である漫画やアニメが侵食していくのはそれほどの時間はかからなかった。

 ちなみに勉強はというと……あれから少しだけ数学を教えてあげた。

 それを感謝されたこともあった。

「浩人くんのおかげで少しだけ数学が好きになったよ」

 それほど出来るようになったとわけじゃないとは思うけど、高橋は一生懸命勉強したのだろう。

 でも勉強は誰かとの比較じゃない。

 楽しいと思えれば、一番のはずだ。

 ……こんなことが最近あったような。

 なにか大切なことを忘れている気がする。

 一限目、二限目、三限目、何事もなく進んでいる。

 何事もないことなんか当たり前じゃないか。僕はどうしたと言うのだろうか。

 しかし、何かが足りない。

 一体、何が?


 昼食は趣味の合うクラスメートの竹原、赤井と食べる。

 話題はお決まりの漫画やアニメやゲームだ。

 クラスカーストは低いグループだけど、そんなことでイジメが発生するほどは馬鹿な学校でもない。

 他のクラスメートから放置されるだけだから、むしろ居心地は良い。

 ただ高橋はよく話しかけてくる。高橋は得意なことや目立つことはないけれど、愛される性格なのか誰にでも話しかける社交性からか人気者が集まる女子グループにいた。

 購買部でパンを買いに行こうとすると隣でやはり女子達と一緒に弁当を食べようとする 高橋が、今日も僕に話しかけてきた。

「ねえ。浩人ひろとくん」

「あ、高橋」

「今日の放課後は文芸部に来てくれる?」

「僕は帰宅部だよ? 行って良いのかな」

「そんなの別にいいよ。しばらく来ていなかったんだから来てよね」

 高橋との話は短く終わったが、竹原と赤井の話は長くなりそうだった。一緒にパンを買いに行く購買部までの道のりは、針のむしろになる。

「いいね、鈴木は。高橋さん可愛いなあ」

 竹原は高橋を可愛い羨ましいと責めてくる。逆に赤井はなにかと高橋を否定する。

「あんなのどこがいいんだよ。マミさんのほうがいいね」

 赤井は高橋をアニメのキャラと比較することで否定した。

 でも僕はそれに怒りはしない。赤井は高橋と日直をしていた時は、二人で楽しそうに話していた。すっぱいブドウ理論だと思う。だからこそ僕はこの針のむしろを受け入れなくてはならなかった。

 午後の授業も終わり放課後が訪れたので、文芸部の部室に行く。

 文芸部はユーレイだらけでいつもいるのは四、五人ぐらいだった。

 今日はさらに少なく高橋と他の二人しか居なかった。

 その二人に軽い挨拶をするだけで部外者が存在することが許される素敵空間だ。

 竹原、赤井のように邪魔してくることもない。

 けれども、ここに来たのは久しぶりだった。

「で、詩集どうする? 鈴木くん」

「詩集か」

 高橋が言う詩集とは文芸部で伝統的に二年生が作っている詩集のことだ。

 ただ二年のユーレイでない文芸部員は高橋しかいない。

「でも部費も払ってない僕の詩を載せて貰っていいのか?」

「そんなの全然気にしなくていいよ。ね? 部長?」

 僕達二人の会話に我関せずという態度で本を読んでいた三年の部長さんの意見はいつも通りだった。

「二年は高橋くんしかいないんだし好きにしていいよ」

 高橋は僕の方を見てニッコリと笑う。

「ほら。部長もそう言ってるよ」

「なら考えておくよ」

 文芸部の部室に来るたびにする会話だった。

 ところで、今は何時だろう?

「4時か。そろそろ帰らないと」

「なんで? まだ早いじゃん」

 少し後ろめたい。放課後は●●と調べる約束があるからだ。

「え? ●●? 調べる?」

「ど、どうしたの? 鈴木くん」

 近くに驚いている高橋の顔があった。

「あ、いや……」

「●●さんって誰?」

 高橋は責めるような口調だった。でも言葉にした僕も誰のことかわからないのだ。

「あはははは」

「もう! 帰りにマックのシェイクかミスドのドーナッツでも奢ってもらおうかな」

 久しぶりに高橋と下校する。

 途中に寄った店で目の前の女の子が数種類のドーナッツを並べていた。久しぶりに二人で笑いあった。

「鈴木くん……」

「ん?」

「あの話なんだけど」

「あ、あぁ」

「もう少し待ってもらっていいかな?」

「うん」

 高橋とは、とある理由があって少しギクシャクしていたからこういった時間が持てたことは嬉しかった。

 先ほどの思い出せない誰かに感謝した。

 

◆◆◆

 

 ベッドに横になりながら高橋のことを思い出す。

 高橋はサッカー部に浮名が立っている男がいた。問いただした際には否定された。もちろん僕はそいつよりも高橋のことを知っている自信があった。

 だからこそ付き合って欲しいと告白したのだ。

 僕は高橋が大人しいように見えて意外と社交的であることも知っていた。早く返事を聞きたいが、同時に恐れてもいる。

「それでもやっぱり聞きたいよな。どっちであってもさ」

 僕はそんなことを考えながら眠りについた。

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