高橋
「えぇっ? 何もないってことはないだろ?」
確かに布瀬らしい答えだけど、いくらなんでもなにもないってことはないと思う。
「アニメや漫画は?」
布瀬は首を振る。
「ゲームは? 最近流行りのフルダイブ型のVRゲームとか。フルダイブ型のラストファンタジーナインティーンは?」
「やったことない」
自分が好きなものばかり聞いてしまった。
どの趣味も布瀬のイメージには合わない。
布瀬が思い出したように言った。
「あっ読書。太宰治とか中島敦とか夏目漱石とか」
自分から本を読まないけど、僕でも皆知っていた。
「どれも現代文の教科書に出てくるな」
「うん」
僕らがいうところの趣味として、布瀬がそれらの小説を読んでいるかは疑問だった。
「そうだ。料理は?」
「あれは課題みたいなものだから」
「課題? あれだけ上手いのだから好きなんじゃないのか?」
そういえば、布瀬はお嬢様だから料理の花嫁修業でもしたのかと聞いたら、漠然と肯定されたことがある。
それは好きなこととは言えないかもしれないなと思った時に、布瀬がつぶやく。
「でも今は料理が好きかな。鈴木くんが美味しいって言ってくれるし」
「え?」
布瀬は目をそらして明らかに恥ずかしそうにした。もう無表情とはいえなかった。
僕も恥ずかしくなってきて話題をそらす。
「趣味の話はやめようか」
お茶を一口飲む。急にふと思いついたことがあった。
「布瀬ってもてるよね?」
「え?」
もてるに決っている。高橋がいなければ僕も好きになっていたに違いない。
「えって、その……付き合って欲しいとか言われたことあるだろ?」
言われたどころか実際に誰かと付き合っていたとしてもおかしくない。
「そ、そんなのないよ」
「嘘だろ? 一度もないの?」
「ないよ……」
本当だろうか。布瀬は度を過ぎた真面目で一見すると冷たい感じもするけど、これだけの美人なのに少し信じられない。
「好きだとかそういうことを言われたことは?」
「ないよ。ないって」
恥ずかしそうにではあるが、ハッキリと無いと言われてしまった。
「友達すらいないんだし……」
確かに僕の記憶では布瀬は……男子どころか女子とも仲良くしていた記憶がなかった。
雰囲気と見た目の冷たさに誤解されているのかもしれない。
なぜか布瀬のために反論してあげたくなった。一体、なにに対して、なんのために反論するのかもわからないけれど。
「布瀬のことを知ったら皆も好きになるって」
「私のことを知ったら皆も好きなる?」
「ああ。だって性格もいいしさ」
「す、鈴木くん」
自分の高揚した声で恥ずかしい主張をしている気がつく。
布瀬の顔を伺う。
ところが布瀬はいつもの無表情に戻っていた。僕は彼女のちょっとした表情の変化もわかるようになっていたつもりだったけど、今の表情は単純には言い表せなかった。感情については全くわからない。
「布瀬?」
「私の性格がいいわけがないよ」
え? 妙に力強く否定されてしまう。だが僕も力強く主張したいことがあった。
「いいと思うけどな。布瀬は、優しいしさ」
布瀬の優しさについて自信があった。なぜなら僕は優秀な生徒ではない。一度も怒らず、根気強く丁寧にわからないところを教えてくれた教師は一人もいなかった。
僕に優等と選別されることを望んでいた母も、とっくに妹を見ている。
「優しくなんてないよ」
人に教えるというのは物凄く根気がいうことなのだ。僕はそれを知っている。
だが、布瀬は優しさも強い口調で否定した。優しいと言われるのが嫌いなのだろうか。でも布瀬の良さは優しさだけではない。
「布瀬は純粋だよ」
少しだけ嬉しそうな表情を見せた。
「それは性格がいいっていうか。子供っぽいって思っているんじゃない?」
内心でそうも思っていたことを言い当てられて慌ててしまう。
「ふふふ」
笑われてしまった。慌てたことが態度にも出ていたのかもしれない。
「あ、いや。でも大人っぽいところもあるよ。こんな状況でも妙に落ち着いているし、料理や家事だって僕よりもずっと」
そうだ。布瀬は矛盾しているところがあった。子供っぽいところもあるのに変に大人びてもいる。なぜか、子供っぽさと大人っぽさの両立のほうが、どんな状況でも勉強を求めること以上に、布瀬の変わっていることのように感じた。
もっと布瀬のことを理解できそうに感じた時、彼女はまた笑った。
「ふふふ。鈴木くんがそんなに褒めてくれるならちょっと性格が悪いところも見せちゃおうかな」
「え?」
布瀬に怖いことを言いわれる。
「鈴木くんは誰かと付き合ったことないの?」
どうやら攻守が逆転したようだ。でも大したことはない。布瀬と同じように答えればいいだけだった。
「ないよ」
「そう。でも高橋さんは?」
心臓が大きく跳ねた。布瀬は僕の急所を知っていたらしい。僕はなにも言えず黙り込んでしまう。
無表情な布瀬が少し寂しげにも見えたのは気のせいだろうか。
「早く起きて少し勉強しようか。今日はもう寝よ」
「ええ?」
「だって早く起きたほうがいいでしょ?」
僕は布瀬が言おうとしていることがわかった。
お茶を飲み終わり、いつものように交互にシャワーを浴びて、それぞれの部屋に入った。
いつもより早い時間なのですぐには寝ることができなかった。暗い部屋で布瀬が言ったことの意味を考えていた。
布瀬が言った「早く起きたほうがいいでしょ?」というのは人がいなくなった理由を調べたほうがいいでしょという意味だろう。
電気のない世界では夜は真っ暗になるため、朝早く起きないと調べる時間はない。今日は一切調べなかった。
「そうじゃないか。高橋のことだよな」
本当は高橋に会えないままでいいのかと聞かれたのだと気がついている。。
「高橋か……」
僕はだんだんと微睡んでいった。




