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趣味

 布瀬は料理を作りながら歌っている。

 相変わらず無表情で。

 器用だなあと感心してしまう。

 彼女は笑うようになってきたが、それは一瞬なのだ。

「はい。どうぞ」

「あ、ああ」

 しばらくすると、とても電気やガスが止まっているとは思えないような料理が出てきた。

 料理は見た目からして美味そうだ。

 実際にいつ食べても凄く美味しい。

 けれど彼女は不安そうな顔をして僕に聞くことが多い。

「どう? 美味しい?」

「凄く美味いよ」

 例えばこのサラダ。

 布瀬は玉ねぎをスライスしてサラダを作ってくれた。

 彼女によれば玉ねぎは常温保存の野菜なので冷蔵庫いれなくてもしばらく持つらしい。

 それをスライスしてお手製のドレッシングをかけてくれた。

 僕は生野菜なんて好きじゃないんだけど布瀬が作ってくれたからと食べてみると凄く美味しいことに気がついた。

 かつての日常を取り戻すことができたら、僕はきっとサラダが好きになっている。

 それとも布瀬の作ってくれたサラダだけが特別美味しいのだろうか?

「ホ、ホント?」

「うん。本当に美味しいよ」

「嬉しいなあ」

 世界が普通だった頃に友人に確認し合ったわけではないが、布瀬に対して暖かい印象を持っているものは少いだろう。

 それは整った顔が与える印象かもしれない。

 学校で彼女が笑っていた記憶が無かったから、初めて気がついた。

 ツンとしたように見える美人顔がパッと笑うと冷たさが消えてとても可愛くなる。

 はにかむというものかもしれない。


 ふと無人島で好きな女の子と二人きりになるという妄想をしたことがあることを思い出す。

 もし世界がお互いその人しかいない状態になったら自然と……というご都合主義的な妄想。

 僕はそれを高橋で想像していたわけだが、布瀬と二人きりになってしまった。。


 それにしても……布瀬はどうしてここまでしてくれるのだろうか?。

 学校で見ていた彼女のそっけなさは表面で本当は誰にでも優しい人だったのだろうか。

 布瀬は実際に良い奴で誰にでも親切という可能性も十分にあるように思えるけど、なぜか僕に親切という気もするのだ。

 自惚れ過ぎだろうか。

「どうしたの? 考え事?」

 そんなことを考えていたら心配そうに覗きこまれる。

 僕を心配してくれるその表情もまた悪くない。悪くないどころか……有り体に言って魅力的だ。

 考え事の理由を話すことが恥ずかしい。

「なんでもないよ」

「そう?」

 食後は予習復習をやらされる。

「じゃあ食後は勉強ね」

「また勉強かよ」

「毎日やらないと効果出ないよ」

「はいはい」」

 嘘だ。自発的にやりたくなっているのだけど、やらされている形している。

 それがやり取りが楽しかった。


「英単語や英熟語は教えることが出来ないから鈴木くんがやらないと」

 理解が必要なものは布瀬がすぐにわかるようにしてくれたが、英単語や英熟語はどうしても自分一人で覚えなければならないところがある。

 布瀬が顔を近づけて一生懸命に教えてくれるという楽しみもない。

「少し休憩しない?」

「勉強が楽しくなってきたんじゃなかったの?」

 楽しくなってきたのは本当ではあるけれど、少し大袈裟に伝えている。それを伝えると無表情を少しだけ崩して喜んでくれるからだ。

「でも成果も出ているし休もうか」

「やった。じゃあお茶入れるよ。座っていて」

「え? 私がやるよ」

「先生は座っていてよ」

「ええ? 先生?」

「冗談だよ」

「もう!」

 カセットコンロにやかんを置いて、Tパックの緑茶を戸棚から取り出した。

「鈴木くんできるの?」

 布瀬にはいつもご飯を作って貰っていたからお茶ぐらい入れてあげようかと密かにシミュレーションをしていた。

「できるに決まっているだろ」

 台所の死角でお茶を立てたのに、テーブルに座っているはずの布瀬にはTバックの緑茶とすぐにバレた。

「これTパックで入れた緑茶でしょ」

「うっ」

「Tパックでも美味しいよ。ありがと。ところで導関数のことなんだけど」

 布瀬は相変わらずほとんど無表情だったが、僕の勉強の進捗について流暢に話す。

 僕は彼女のわずかな表情の変化から感情が読み取れるようになってきた。いや……僕が表情を読む力が増したのもあるかもしれないが、布瀬の変化も大きくなっているように思えるのは気のせいだろうか。

 楽しいんだろうなと思う。布瀬は紙を持ってきて数式まで書き始めた。

 そうはいってもこれじゃあ休憩になってない。

「布瀬、布瀬」

「ん?」

「今は休憩だよ。数学の授業みたいだ」

 布瀬が数式を書く手を止める。

「あ、ごめんね」

「い、いや、いいんだけど」

 布瀬はいつもの無表情だけどシュンとしてしまったことがわかる。

「そうだ。布瀬の趣味とか聞きたいな」

「私の趣味?」

 考えてみれば、こうして一緒に暮らしているのに布瀬の趣味すら知らない。

 世界がこんな状況になっても布瀬と一緒に楽しめる趣味もある。例えば、僕の好きな漫画やアニメの新作は見ることはできないけど、旧作なら見放題だ。

 布瀬は長く考えてから答えた。

「趣味は……何もないかな」

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