思い出
布瀬は妹の部屋で寝てもらうことにした。
彼女がドアを閉めるまで部屋の前に立つ。
「気をつけろよ」
「気をつけろって?」
布瀬がなんのことかわからないという顔をする。
「だって人が消えているんだから」
「あ~」
理解してくれたようだ。この一日、僕らに危険なことはなにも起きてはいないけど、実際に人が消えているのだ。
「なら、一緒に寝たほうがよくない?」
「いや、そ、それはさあ」
じょ、冗談だよな。携帯用の照明では暗くて正確にはわからなかったけれど、布瀬が小さく笑った気がした。
「何かあったら大声で助けを呼ぶね」
「うん。僕はとなりの部屋で寝てるから」
「わかった。すぐに助けに来てね。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
布瀬は静かにドアを閉めた。
僕と妹の部屋は隣接している。
大きな声で叫んでくれれば、すぐに気がつくことができるだろう。
少し安心して自分の部屋に入る。
布瀬の存在が僕に安心感を与えているのだろう。
もし、僕が一人だけ世界の残されていたらきっと震えて眠っていたことだろう。彼女にとっても僕が存在が安心感を少し嬉しかった。
ベッドに転がって携帯のアラームを5時にセットする。
現時刻は11時か。
携帯は電池を使う充電器で充電はできるけれども電波は入っていない。
5時に起きるならもう少し早く寝ても良かったかもな。
布瀬も早く寝ようと言っていた。
けれどもつい色々と考えてしまってすぐには寝れそうにない。
普段は意識することのない自分の部屋の天井を見た。
本来ならば、誰もいなくなった状況の調査や解決について真っ先に考えなくてはいけないはず なのに、誰もいないことを前提にした上での生活も考えてしまう。
それは家族のことを見捨てることにならないだろうか。
母は有名国立大を出ていてほとんど異常なまでに教育熱心だった。
塾にも行かせず、自分で勉強を教えた。
小学校、中学校では、僕はまだ母の期待に応えられていた。
学年でもトップクラスの成績だった。
ところが高校になるとすぐに授業がついていけなくなった。
すぐに母の叱責が飛び、そのうち放って置かれるようになって、優秀な妹に掛かりきりになった。
母は何かにつけて妹と僕を比較する。
それについて気が弱い父はなにも言わなかった。
有り体にいって僕は家族とギクシャクすることになった。
家族のことがあるから、僕は積極的にこの状況を調べたり、解決しようと動いていないのかもしれない。
「もし学校の勉強が選別でないならば、成績の良い妹と比較されることもないんだよな。布瀬の言う通りかもしれない」
布瀬以外の誰もいない世界は、僕にとって煩わしさから解放だった。
きっとこの状況を少し楽しんでいる。
もちろん常識で考えるならば、世界を元に戻せるなら元に戻すべきだ。
けれども元の生活に戻ろうとする僕の個人的な動機は、本当は高橋美緒に会いたいということしかなった。
ベッドに転がりながらそんなことを考えていると、やはり疲れていたのかすぐに眠くなってしまった。




