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布瀬の楽しみ

「ちょっちょっと待て。まだ勉強するの? この状況で?」

「なんで? 他にすることある?」

 流石に常軌を逸していないだろうか。自分でも顔をしかめていることがわかる。

 誰もいない世界で、電気の通ってない真っ暗な家の中で、電池式の電灯を使って本当に勉強をする気なのか。

 布瀬は不思議そうに顔をかしげる。

 けれど急に何か思いついたというような顔をした。

「あ、大丈夫だよ。ご飯は多めに炊いてあるから。明日、学校へ持っていくお弁当の分はあるよ」

 今、他に考えることは明日のお弁当の心配なのだろうか。

 というか、やはり明日も学校に行く気なのか。

 僕は誰もいなくなった世界でもほとんど普通に生活できている。毎食、美味しくご飯が食べられていた。

 あるいは世界がこうなる以前よりも充実しているかもしれない。布瀬のおかげだ。

 そのことには感謝しているけど、どうしてここまで勉強をすることにこだわるのだろうか。

 彼女が一対一で勉強を教えてくれたことは楽しかった。たった一日でもわからないことがわかるようになる成長の喜びがあった。教師がそんな感覚を与えてくれたことはない。

 もし世界が元に戻って布瀬が教えてくれるなら毎日したっていい。

 しかし、だからといって、世界がこんな状況で勉強することに意味があることなのだろうか。

「さて、どこでしようか? リビングのソファーの上でいいかな」

「布瀬、あのさ」

 教科書の入った鞄は僕のものも布瀬のものもリビングのソファーの上に置いてあった。

 布瀬は鞄から教科書を取り出しながら僕に顔を向けた。

「ん? どうしたの?」

「どうしてこの状況で勉強するんだ?」

「どうしてって、高校生だから。他にすることある?」

「この状況の調査とかあんだろ?」

「でも外は調査をするには暗いよ。明るい時のほうがいいでしょ」

「え?」

 意外だった。布瀬はこの状況の調査をする気があったのだろうか。

「夜は家で大人しくしていたほうがいいよ。朝早く起きて学校に行く前に調べようよ」

 確かに学校が終わった後に少しの時間だが、人を探すのに付き合ってくれた。

 気持ちの大小はあるのかもしれないけれど布瀬もこの状況を調べたい気持ちはあるのか。

 ひょっとして世界を元に戻したい気がないのかとすら思ってしまった。調査をする気があるというのなら布瀬も元の生活に戻る気持ちはあるのだろう。

 なら残る疑問はどうしてそこまで勉強をしたかったのかということだ。

「わかったよ。調査は朝にしよう。けどこの状況で勉強する意味あるのか?」

 布瀬は黙って聞いていた。少し考えているようだ。

「口にするのも怖いんだけどさ。ひょっとしたら、ずっと僕と布瀬だけの世界かもしれない」

「そうだね」

 布瀬を不安にさせるようなことは言いたくなかったし、ひょっとすると二人で生きることに強い拒否反応をされることも怖かった。

 けれど彼女は大きな動揺も見せていなかった。激しく拒絶反応をされなくて少しだけほっとする。

 勉強することの意味があるのかという話を続ける。

「高校のレベルの勉強は人間社会が形成されていて意味をはじめて持つものだろう? それこそ布瀬がいうように有名大学にいけるとかいけないとか選別も含めてさ。勉強するなら図書館で本でも借りて野菜の育て方でも医療知識でも学んだほうがいいんじゃないか?」

「野菜の育て方も一緒に勉強しようよ。でも学校の勉強も一緒にしよう?」

「なんでさ。どうせ勉強するなら役に立つことを……」

 僕がそういうと布瀬は少し悲しそうな顔をした。

「私と勉強することは楽しくない?」

「い、いや、楽しいよ。本当に楽しかった。けど」

「私はただ楽しいから鈴木くんと勉強したいんだけど、それじゃあダメかな……」

「え?」

「ずっと一人で学習していたから。人に教えることもはじめてだったし。もっと……したいな」

「布瀬……」

 僕がアニメや漫画を見るように、ひょっとして布瀬にとっては勉強することが趣味のようなものなのだろう。

 それは悪いことではなく良いことだろうけど、ちょっと珍しい。

 布瀬にとってはやっと得た共通の趣味について話し合える相手が僕なのかもしれない。

「でもこんな状況の時に勉強なんて嫌だよね」

 僕は鞄のなかから教科書を取り出した。

「鈴木くん?」

「苦手な英語から復習しようかな。教えてくれよ」

 布瀬は少し驚いた後に満面の笑みを作った。

「うん! 厳しくいくからね!」

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