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二人だけの教室

2018年2月10日 大幅改稿しました。よろしくお願いします。


 僕は時折、深い森のような静寂に包まれる学校の教室で、あの少女と勉強をしたことを思い出す。

 彼女は高校生とは思えないほど、真面目で、不器用で、純粋だった。

 教室にいるのは僕と彼女の二人だけで、クラスメートも先生も誰もいない。

 いや教室のみならず、学校にも町内にも日本にも、世界中のどこにも誰もいない。世界中から人が消えた。

 僕と彼女、二人だけが残される世界の中、何故か彼女は学校の教室で勉強をすることを求めた。

 彼女は最後に謎と秘密と大切なことのすべてを僕に教えて、そして永遠に姿を消した。


【一日目】


 ピンクの桜が散ってから随分経って、緑の草の匂いが夏を感じさせるころ、僕は二年目の高校生活にも悪い意味ですっかりなれていた。

 何の目標もなく惰性で青春を浪費している。

 そんな僕の望みは変化だった。ただ、その変化すらも、寝て目覚めたら、ある朝、何かが変わっているというような怠惰なものだった。

 漫画の知識なので詳しいことはわからないが、確か怠惰はキリスト教の七つの大罪に数えられているはずだ。

 けれども、そんなことが大罪になるのだろうか。全員とは言わないまでも、きっと多くの高校生が似たようなことを望んでいると思う。

 無機質なアラーム音ではなく、高橋美緒からの『おはよう! 鈴木くん!』あるいは『浩人! おはよ!』といったようなモーニングコールだったらどんなに素晴らしいだろう。

 所詮、僕が望んでいた変化はその程度のものだった。


 今朝もスマホの無機質なアラームで目を覚ます。

 二階の自室から一階に下りる。我が家は洗面所もダイニングも一階にある。だから僕は一階に降りたのだ。

 ところが、先に一階にいるはずの家族の気配がまったくしなかった。まだ寝ているのだろうか。

 僕はダイニングの壁時計を確認した。電池式の時計は7時35分という時刻を表示している。時計の時間が間違っているのかとも思ったが、家に入ってくる陽光の様子も少なくとも朝を教えてくれているようだった。

 スマホのアラームで起きているのだから時間は間違いないだろう。

 それなら家族の中で一番遅く起きる僕が起きたのに、どうして一階のダイニングに誰もいないのだろうか。狭い家なのに一切の物音がない。

 生意気な妹はテニス部の朝練に行ったのかもしれない。

 気の弱い父は早く出社した可能性もある。

 けれども僕に対して冷ややかな母もいなかった。専業主婦なのでこの時間にいないのはおかしい。

 実は僕が知らないだけで家庭内に特殊な事情があったのだろうか。


 あるいは僕を除け者にして旅行に行ったかもしれない。十分に考えられることだ。

 家族は僕をわずらわしいと思っていることだろう。僕もそう思っているのだから。

 しかし、家族がいなくなったのは旅行ではなかった。

 この時、まさか家族だけではなく〝世界中から人が消えてしまっている〟とは、思いもよらなかった。

 だってそうだろう。多くの人が同時に、しかも突然消えてしまうより、家族だけが何処かに行ってしまって家にいないと考えるほうが自然だ。

 だから家族が僕を置いて出ていったのかもしれないと思っても、被害妄想とはいえないだろう。

 そんなことを考えていた僕は外も異様に静かなことに気がついた。

 住宅街に存在しているにも関わらず、家は抜け道として大小の車がよく通る裏道に面している。

 この道路のおかげで地価が安くなり、父は建売住宅を購入できたらしい。

 朝になれば交通規制が解かれて、大型車の騒音がうるさいくなる。

 それなのに今朝は雀のさえずりだけが、妙にさわやかに鳴り響いている。

 二階の窓から外を見た。

「車が一台も走ってない?」

 交通規制がまだ解かれていないのだろうか。あれ、車だけじゃないのか……。

「人もいない!?」

 街を歩いている人がいないことに気がついてから時間を確認する。一分、二分、三分。

「静かすぎると思ったら、車も一台も通らないし、人っ子一人いない」

 階段を駆け下りて、寝間着のまま、玄関のドアを開けて、外に飛び出る。

 軽く家の周り走り回っても人の気配もしなかった。

「うちの家族だけじゃないのか。誰もいないぞ……」

 災害!?

 危険が迫っていて街の人が何処かに移動したのか。

 サイレンも放送もなにも聞こえなかったが、街中の人がいなくなるなんて考えられない。

 しかし火も水も地の震えも、もちろん死体もない。

 普段は大型車が通る道路を雀が楽しそうに飛び跳ねているだけだった。

 空の色も青空が広がり、平和そのものだった。

「まさかこれからくるのか!?」

 慌てて家に戻る。少し投げやりの人生を過ごしている僕だって死にたいわけではない。

 避難指示が出ているならニュースを見れば何か分かるだろう。

「あ、あれ?」

 リモコンの電源ボタンを何度押してもテレビは無反応だった。

 ひょっとしてと思い、朝陽の採光によって必要のないリビングの照明をつけてみる。

「つかないな。トイレは?」

 トイレの照明も付かなかったし、冷蔵庫も冷えていなかった。

 電力の供給が途絶えていたのだ。

「ひょっとして電力会社や発電所からも人が消えてしまったか?」

 僕はやっと多くの人が寝ているうちに消えてしまったのではないかと疑いだした。災害の避難だけは少しだけ考えられたが、サイレンや放送が僕だけ気が付かずに、置いていかれるとは思えない。

 僕はもう一度、二階の窓から青い空と静かな町並みを見る。

 一つの結論づけをするしかなかった。

 人が消えた。

 原因はわからない。交通規制ではない。災害の避難というわけでもない。死体もないのでウィルスの大流行などもなさそうだ。

 ともかく多くの人が突然消えてしまったという事実だけがあった。


 けれども、僕は意外なことに焦りや動揺の気持ちが起きなかった。

 むしろ外の景色を眺めて清々しい気持ちを感じている。

 今日の空はどこまでも青く広がっていたからかもしれない。

 それに本当のことはわからないけれども、さしせまった危険もないように思える。

 考える時間だけは有り余るほどありそうだった。

 時間を確認する。午前8時45分。いつもならもう学校に着いている時間だ。

「大遅刻だけど……学校に行ってみようか」

 制服に着替える。僕は自分でも驚くべきことに学校に行くことにしたのだ。

 高校生は学校に行くのが仕事とはいえ、この状況下で学校に行くは不自然だろう。

 僕ぐらいの年頃の男子なら自暴自棄になって、最新のダイブ型VRゲームでもしていたほうがまだ自然かもしれない。

 でも僕には学校に行く動機があった。

 世界から誰もいなくなったかもしれないという状況で学校を目指す理由が。

 隣の席に座る高橋美織に会いたい。

 地味だけど、笑うと笑顔がかわいい彼女と話すことだけが最近の僕の生きがいだったのだ。僕は浮かれていた。

 ひょっとして煩わしい世界は終わったのかもしれない。後はこれで高橋がいればなどという自分勝手で幼稚なことを考えてしまう。

 高橋と共通の趣味である漫画やアニメの話の新作の話ができなくなってもいい。とにかく高橋に会いたくなって学校を向かう。

 人も自転車も車も通らない、信号も点灯していない道路。

 街を歩いても人っ子一人いないのに都合よく高橋だけがいる可能性は低い。

 それでも僕は何故か、そこに求める女の子がいる気がして足を早める。

 高校までの道は少し上り坂になっている。

 初夏の青々とした空が向かうように歩くと左手に校舎が見えてきた。

 僕は足を早めた。いつもなら朝練で賑わうグラウンドを横目に玄関に走る。

 玄関のドアは開いていた。

 脱いだ靴を下駄箱に投げ入れ、上履きを履く手ももどかしい。

 僕のクラス、2年3組の教室を目指して階段をかけあがる足がもつれる。

 正面の階段を駆け上がった。二階の廊下を全力の一歩手前で走る。

「はぁっはぁっ」

 教室の前に着く。

 細かい担任は教室から出るときは戸を閉めることを僕達に強いている。

 ここまで来る間の教室は開けっ放しなのに2年3組の教室の戸だけは閉まっていた。

もちろん玄関から教室の前まで、長期休暇の学校のように誰もいない。

 学校に着てから僕はまるでなにかに掻き立てられるように焦っていたが、さらに緊張感が高まる。

 自分の引き戸を開ける手が濡れて震えていることに気がつく。

 両手を使って強引にこじ開けた。

「……そりゃ誰もいないよな」

 引き戸を開いた長方形からはもっとも可能性が高いと思っていた光景が広がっている。

 静まり返った教室に一人立ち尽くし、やはり世界には誰もいなくなったのだの実感する。

「当然……高橋も……」

 そうつぶやきながら教室内に足を進めた時だった。

「高橋さんがどうかした?」

 え? 急な声に振り向く。

「おはよう。鈴木くん」

 切れ長の瞳と長い髪を持つ美しい少女が廊下側の壁を背に立っていた。

 どうやら引き戸からは死角になっていて気が付かなかったようだ。

 一体誰だっけ。えっと……そっか……。

「か、会長いたの?」

 会長……布瀬ふせ。下の名前は忘れてしまった。というか彼女とはほとんど話した記憶もないので下の名前を必要としていない。

 優等生というだけでなく美人で先生からの頼まれごとが多く、クラス委員をしている。家も金持ちと噂されていた。

 それでついたあだ名が会長。実際には生徒会には入っていなかったはずだ。

 多分、真面目過ぎる布瀬に対しての周囲からの揶揄やゆなのだろう。

 実際、女子のグループに彼女が入って楽しくしていたといった姿の記憶はなかった。

 もちろん僕ともまったく接点はない。

「ええ。あなたは遅刻ね」

 この状況で遅刻を気にするのか?

 会長と呼ばれるのもわかる気がした。

 今はそれどころじゃない。

 聞くべきことが沢山ある。

「そ、その……知っている?」

 僕の口からやっと出た言葉がこれだった。

 布瀬の冷静さは見習ったほうがいいかもしれない。今、僕と出会ったときもまったく動揺していなかった。逆にこちらは恥ずかしいほど動揺していたと思う。

「知らないけど……さあ座りましょう?」

 布瀬はなぜか僕の隣の高橋の席に座った。

「座りましょうってそんなのんびりとできないよ。あっ」

 ひょっとして人が消えたことについて話し合おうということだろうか

「そっか。状況について話し合おうってことか」

 布瀬はさも不思議そうな顔する。

 

「いいえ。授業がはじまってる時間でしょ?」

「授業はじまってる時間だって? それがどうしたのって……まさか」

 一拍置いて聞かざるを得なかった。

「まさか勉強するの?」

「なにかおかしい? 私達は高校生でしょ」

 世界の状況もおかしいが、おかしさでは布瀬も負けてはいなかった。

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