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勇者を切実なほど必要としている王様

勇者を呼んでしまうとは不甲斐ない。

「歴史の文献を紐解くというよりは、いっそ物語の世界を語るというのが適切であろう。時を遡ること二千年前、時の王は魔王を討つため、二千年前よりも更に古代の儀式にのっとって勇者を召還したとある」


 王は語り始めた。それこそ、この世界でも単なるおとぎ話としか考えられていなかった、魔王と勇者の物語。古典の一種とされ、世界に広く浸透している物語の中でも、現存している中では最も起源を古くしているとされている。


 当然、王本人も寝物語で聞かされた、本が読めるようになってからは幾度も読んだ、舞台でも見たことのある永遠不朽の物語。


「魔王が復活すると、魔王は下僕である四将軍を生み出した。将軍たちは各々が『兵』『獣』『霊』『機』を軍として生み出し、世界を支配せんと人類に挑んだ。それに抗するため、月の女神はこの地に四人の乙女へ力を授け、更に勇者召還の儀によって異界から勇者を招く術を王に与えたという」


 魔王を討つ力を得るために、世界を旅する勇者と乙女。それを妨害せんと魔物を送り込む魔王と四将軍。不毛の砂漠に駱駝とともに足跡を残し、屈強な海賊の船で大海原へ漕ぎ出し、陽の光の届かぬ迷宮に宝を求めて突入する。


 この世のすべての英雄譚の、その原点がそこにあるとされているほどに、長く壮大な物語であったとされている。なにせ、勇者として旅をした少年が魔王に挑むころには髭を蓄えた古強者となり、四人の乙女は勇者との間に子をなして、その子供さえも戦力として剣をとったほどなのだから。


「最初に勇者に与えられたものは、こん棒といくばくかの金貨。それらを渡されただけの異界の少年は、勇者の武具を求めて世界を渡り歩き、異民族の支配する聖地から四大精霊から加護を賜り、不遜にも天空に座する魔王の城へ攻め込むために天かける船を造り、その果てに四大将軍に守られた魔王と雌雄を決した、とされていた。もちろん、ニ千年前であるし史実というよりはおとぎ話として語られ、しかも脚色も多く、多くの者に語られすぎて原典にはない話まである。とはいえ、大筋ではこの通り」


 王は、豪華な想定のされた分厚い、悠久の時を超えたであろう本を手で触れながら語る。彼自身も目を輝かせた、勇者の旅の苦難を。


「なによりもまず、勇者を守護する四人の乙女の捜索。一人一人が女神から力を与えられ、四大精霊と対応しており、彼女らが居なければ精霊の加護を得られぬとされている」


 勇者の旅。当初は何も知らずに歩み始めた勇者は、まずその四人と出会うところから始まった。


「かの勇者が最初に出会ったのは火の乙女リン、最も勇者と心を通わせた純朴な村娘であった。次いで出会ったのは水の乙女ケイ、高潔な姫騎士であり女神の加護を賜る以前から武名をはせたという。三番目に出会ったのは土の乙女キド、土の精霊の眠る聖地の巫女であったそうな。最後に出会ったのは風の乙女ザマ、自由を愛した彼女は勇者と出会った後も別れと合流を繰り返したという」


 まるで個性の異なる四人の乙女は、勇者を守るという意思さえも統一されておらず、衝突を繰り返していた。


幼少のころはその衝突が理解できず、青年期は大恋愛に憧れ、成人してからは現実的であったのだと理解したものだ。


「この時代での四人の乙女は、既に全員の所在が明らかになっておる。故に、貴殿に探させる手間を取らせたりはしない。各々が既に女神からの加護を使いこなし、国一番の戦闘能力をもっておる。故に、貴殿の旅の助けとなるであろう」


「そ、そうですか」


 勇者は、ようやく知っている要素がそのまま出てきてくれたので安堵している。


 実際のところ、どれだけ魅力的であったとしても、四人の少女を求めて世界中を探して歩くのは、ゲームならばともかく実際にやりたいとは思えない。


 戦力として数えられるとしても、それまでにレベル上げをしなければならないのだとしたら手間であるし、自分への負担が大きい。なによりも、レベル上げとは実際にやるとなると困難以上に危険が付きまとう。


 まさか、死んでも痛くもかゆくもないゲームではあるまいに、危険な地帯へ経験値を求めてさまようわけにもいかないだろう。蘇生魔法の類があるのかわからないが、正直回復魔法があるにしても怪我だってしたくないのだ。蘇生魔法があるとしても、死んでもいいとは思えない。


 なので、既に現地の方が四人の乙女を収集し、レベル上げを済ませてくれているのであればありがたかった。


 どうやら、言い伝えと違ってこん棒とはした金を渡されて、一人で旅をする必要はないらしい。


「さあ、入ってきなさい」


 ぱんぱん、と神官が手を鳴らした。すると、謁見の間の扉が再び開き、そこから四人の乙女が入ってきた。


 勇者は、期待に胸を膨らませて振り返る。自分と一緒に旅をする、四人の乙女。期待して何が悪いというのだ、野卑な妄想を浮かべつつも振り返るとそこには、確かに強そうな女性が並んでいた。


「ひゅるるるるるる……」


「ここここ」


「ぬぅううううう」


「あああああああああ!」


 そこに並んでいた四人の乙女。彼女たちは皆、明らかに火属性やら水属性やらの気配を漂わせているが、そんなことは些細なことだった。全員が身長2m以上、体重が100Kg以上ありそうな筋骨隆々の肉体。女神の加護云々を抜きにしても、熊ぐらいなら首をもぎそうである。


 いや、そりゃあ確かに強いだろうけれども。見るからに強そうだけれども。どう考えても鍛え抜かれていますけれども。


 いくらなんでも限度というものがあるのではないでしょうか。


「いかがですかな? この勇壮な猛者が、貴方の旅の護衛として貴殿の身をお守りいたします。心強いでしょう!」


 自慢げに語る王様。いや、確かに心強いですけれども。


 そりゃあ、ここまで屈強な戦士ならば、王としても自慢したくなるであろう。だが、二足歩行をしているというだけで、ただの肉食獣ではないだろうか。牙とか爪とか知的生命体のそれとは思えないほどにとがっている。


 まあ、確かに理屈は分かる。まさか、グラフィックが固定されているRPGではあるまいに、強いということは体が大きいということであり、強くなるということは体を大きくするということである。


 古いRPGならばグラフィックが変わるのは特殊な装備を着込んだ時ぐらいで、それ以外の場合はドット絵で固定されている。それより少し新しくなると装備の変更がゲーム中に動かすキャラクターに反映されることもある。


 だが、キャラクターの姿そのものが変わるのは特別なイベントが発生した場合ぐらいであり、レベルが上がったからと言って身長や体格が著しく変わるということはまれである。


 そして、おそらくだが彼女たちはその特別なイベントを乗り越えた後なのだ。そう、世界を救うという大任を帯びた異世界の勇者、彼を守るために己を鍛え上げるという長く苦しいイベントを。


 そう、彼女たちはレベルを上げてきたのだ。勇者を守れるほどに。


「つ、つよそうですね」


「ええ、もちろんです。今の彼女等は、まさに天下無敵。危険地帯にすむ獰猛な肉食獣も、恐れをなして逃げ出すというほどに、武名が広がっております」


 それは四人の乙女を称賛するにふさわしい名声ではないだろう。おそらく、どちらかというと魔王配下の四将軍にこそふさわしいはずだ。


 誇らしげに語る神官だが、勇者はドン引きである。心強いし頼もしいけれども、もう乙女ではなく女性ですらないのではないだろうか。人間でもなくなっていそうである。


「まずは、風の乙女であるシンシアから」


 シンシア、と呼ばれたのであろう風の乙女。勇者は彼女が周囲にまとっている風から、風の乙女を見分けた。少なくとも、シンシアという名前から判別をしたわけではない。


「彼女は乙女に選ばれた折は、亡国の王族の末裔であるという出自を隠して酒場で踊り子をしておりました。女神の加護によって風の魔法を操る力を得ておりましたが、踊り子に戦闘などできるわけもなく」


 何やらいきなり亡国の王族という物騒な出自が明かされたが、そんなことよりも踊り子だったという事実に驚きを隠せない勇者。無理もあるまい、風の乙女シンシアは踊り子というかボディビルダー並みに屈強だったのだから。


 眼光は鋭く、こちらを獲物のようににらみ、血走っている。


 指の一本一本が筋肉で膨れ上がり、小指の一本でさえも勇者の利き腕よりも筋力がありそうだった。


 服装は寸鉄を帯びておらず、靴もサンダル。薄い絹を身にまとっており、確かに踊り子のように見えなくもない。だが、どちらかというと仁王像にしか見えない。戦う系の仏像が生きているかのようにしか見えない。


「そこで、彼女を確保した我らは国家の威信をかけて彼女を鍛え上げたのでございます」


 おそらく、そこに彼女自身の意思は介在する余地はなかったのであろう。実際に国家の存亡がかかっているのだ、藁にもすがる思いで勇者を召還した国が、そこまでしていないわけがない。


 もちろん国家としても、彼女に死なれても困るのであろうから、怪我の治療をはじめとして鍛錬は苛烈且つ手厚く行われたであろうと想像もできる。


 だが、何故彼女はにらみ殺さんばかりににらんでいるのであろうか。


 おそらく、目つき悪いよな、アイツ。に分類されるような勘違い系ではないことも明らかだ。


「今の彼女は、怒号によって大嵐をかき消し、咆哮によって山を砕くほどの雷撃を招きます。踊り子としてのスキルも残っております故、足手まといになることはありえないかと」


 しつこいが、女神の加護云々ではない領域である。大嵐を怒号によってかき消し咆哮で山を砕くなど、四人の乙女でもなんでもない、そういう種類のモンスターではないだろうか。


 神官の称賛も、彼女自身と勇者には届かない。危険な生命体が、いかに危険であるのか説明を受けている気分である。


「次に、土の巫女ファーラですが……」


「うむ、彼女は女神の加護を得る以前は病弱で、入退院を繰り返していたそうだな」


「女神さまの加護によって健康な肉体を得た彼女ですが、やはり戦闘ができるレベルではなく……」


 病弱、という言葉に存在する儚さが目の前の戦士からは残り香さえ感じ取ることができない。


 どちらかというと、災害という言葉がふさわしい。自分が暴れるとやばい、という意味で。


 身長こそ四人の中で最も低いが、それでも2mは軽く超えており、同時に筋肉の量は全員の中でも最も多そうである。胸部に胸当てのようなビキニアーマーがあることだけが、彼女を女性として意識させるに足りていた。いや、足りていないが。


 全身に重厚そうな鎖が、まるで彼女が暴れだすことを抑えるためのように絡みついている。


 多分、装甲ではなく拘束具なのだろう。ピンチになったら鎖が引きちぎられ、封じられていた筋力がさらに解き放たれて真の力が解き放たれるのであろう。ピンチになるのか甚だ疑問だが。


「異世界から招く勇者殿の護衛にはふさわしくないと判断し、極限まで鍛えておきました」


 まあ、確かに極限まで鍛えている感はある。まだ未熟で、護衛を任せられるレベルではない、と言われたほうが問題だ。もうこれ以上鍛える余地がないというか、もう鍛えなくていいというか。鍛えすぎというか。


 おそらく、彼女の人権もかるく無視されていたのであろう。国家の存亡の前には、少女の尊厳など羽毛ほどの価値もないに違いない。


「三番目は、水の乙女リーリ。彼女はおてんばで有名な貴族の娘でしてな。選ばれた当時はまだ九つでした」


「魔法の資質も随一であったな。女神の加護を賜る前から、ご当主を困らせていたと聞いておった」


「女神の加護を得て以降は、国家平安の為の力を我欲を通すための癇癪にしか使っておりませなんだ」


 どこかで聞くような話である。確かに九歳の子供であれば、そうやって使うこともあるだろう。


 そして、それはギャグでもなんでもない、この現実でやられたとなるとさぞや迷惑だっただろう。具体的には人間がけがをしたり建物を壊したり。金銭的にも被害は大きかったはずだ。


 漫画やアニメではよく見る設定だが、実際にされると可愛い我儘では済まないだろう。


 だからと言って、体中に呪符らしきものを巻き付けるのはいかがなものか。鍛え抜かれた肉体をして、尚重いであろう金属製の手かせ足かせは、全てがある程度余裕があるとはいえ鎖でつながっている。


 おそらく、相当反抗的だったに違いない。まあ、分からなくもないというか、当然だというべきか。


 そんな子供に過酷な鍛錬など耐えられるわけもない。きっと相当暴れて、その結果拘束されたに違いない。


 世界を救うためには、ここまでしなければならないのか、と呆れさえ覚える。


「ご安心召されよ。彼女は脳に埋め込まれた思考拘束具によって反抗的な思想を封じております。勇者様への反乱など考えるはずもございません」


 その言葉の何を聞いて、何を安心しろというのか。その言葉には、やばくなったらお前も洗脳するよ、という意味しか込められていないと思う。


「まったく、貴族に生まれ魔法の資質を持ち、女神の祝福を得たというのに……嘆かわしいな、昨今の貴族の腐敗は。おてんば盛りの娘の教育もろくにできんとは。勇者殿には恥部をお見せして心苦しい」


 まあ確かに、王様の言うことにも一理あるのであろう。異世界から召還された勇者は、それまでなんの関係もなかった世界を救うために戦うというのに、この世界で生まれた上に特権を得ている階級の子女が、義務を放棄してはいろいろ示しがつかないのであろう。


 しかし、物事には限度というものがあるのではないのだろうか。脳改造とか、国家が公認していいのだろうか。倫理観とか大丈夫なのだろうか、この世界。


「最後になりましたが、余の娘が光栄にも選ばれましてな。火の乙女にして第三王女、アーギです」


 どうやら、王様は自分の娘にも容赦がない、もとい平等に扱ったらしい。火の乙女に、勇者は見上げていた視線を動かす。


 燃え上がるように赤い髪は、実際に燃えていた。というか、髪の代わりに炎が頭部から燃え盛っていた。同時に、四人の中でも最も身長の高い彼女は、全身から炎を燃え上がらせていた。


 太陽のプロミネンスさながらに炎をほとばしらせる高熱元体であろう彼女は、水の乙女リーリと冷気と熱気を相殺しあっている。それが証拠に彼女たちの間では蜃気楼が揺らめいていた。おそらく、彼女らはセットでなければまともに家の中を移動させることもできないはずだ。


「はっはっは! 以前は食器よりも重いものを持ったことがないほどに溺愛しておりましたが、これも王家に生まれたものの宿命。鍛えに鍛えた結果、今では四人の乙女の中でも最強の戦闘能力を持っておる。自慢の娘ですよ」


 どうやら、お父さん的には自慢の娘らしい。まあ、これだけ強そうなら自慢するに値するだろうけれども。選ばれし乙女の中でも自分の娘が一番強ければ自慢してもいいと思うけれども。


 でも、こんな見た目になった彼女は、それでいいと思っているのであろうか? 思春期とかそういう多感な時期を、彼女がどう過ごしたのか思うと、哀しみで前が見えなくなる。


 おそらく、間違いなく、どう考えても、彼女ら全員があそこまで大きくなったのは鍛錬によるものだけではあるまい。思考拘束具など施術しているほどだ、絶対にドーピングとかしている。体格や筋量が上がる類の、RPGではよく見る、しかし実際にやったらやばすぎる代物だ。強さの代償は、見た目からして明らかである。魔法が存在する世界でも、数値によって明らかにされる現実は余りにも残酷だ。


 というか、今更だが勇者はある事実に気づく。そう、四人の乙女はどうやら最低でも十年は鍛えていたらしい。女神の加護は全員が同じ時期に、魔王復活に合わせて彼女らに与えられたのであろう。であれば、自分を召還するのが遅すぎやしないだろうか。


 その間、世界は大丈夫だったのであろうか。


 その、当然すぎる疑問を察したのか、王はできるだけ軽い調子で語り始めた。


「貴殿の生まれた世界は、どうやら技術が発達しているらしい。それは、服や靴を見れば明らかだ。どうやら、運動や作業に適した服装の様だが、素人である私の眼にもその服装に使われている異世界の技術を垣間見ることができる。そんな貴殿から見れば、我らの国の文化文明はさぞや遅れているように見えるだろう」


 それは、確かにそうだった。王の城は中世ヨーロッパのそれにしか見えないし、神殿にしても古代ギリシャの建築物に似ていた。もちろん、細かい様式は違うのであろうし、そもそも勇者は建築様式に詳しいわけでもない。


 現役の世界遺産を見るような気分だったが、それは裏を返すとまるで昔の世界に来たかの様であり、異国情緒も現代日本に比べれば技術的に劣っている、そう思っても無理はない。


「しかし、だ。考えても見てほしい。貴殿の世界の進歩具合を、貴殿の服装から全て察することはできないように、我らの世界の進歩もまた、貴殿が見たものから察するのも早計ではないかね?」


 その言葉には、確かに頷けるものがある。例えばヨーロッパでも歴史深い町並みは、法律でその雰囲気を守るようにしてると聞くし、日本でも京都では今でも昔ながらの建物が数多く残っている。


 もっと言えば、今までこの世界で見たものは城と神殿だ。どちらも、昔のものがそのまま使用されていてもおかしくはない。


 つまり、この城の技術は即ち、この世界の最先端技術ではないということだろうか。文化を守るために、あえて古い様式のままだということだろうか。


「先代勇者が魔王を封じて二千年、二千年だ。それだけの期間、我等には進歩の自由が与えられた。それはつまり、軍事的な進歩をも意味している。わが国には、二千年前に封じられた程度の、野蛮な輩に対抗するだけの力があった」


 王は、力強く拳を握りしめて力説する。それには、国家の象徴としての、失われてはいけない誇りが感じ取れる。


 彼は信じていたのであろう。先祖が彼に残した国家の、その軍事力をもってすれば異世界から召還された勇者になど頼らずとも、世界を救えるのだと。


 そして、おそらく魔王を倒すこと以外に関しては問題なく行えていたようだ。でなければ、ここまで勇者召還を渋る理由がない。


「我が国は、ここ数百年の歴史しか持たぬ若い国だ。しかし、諸国の列強との戦争に打ち勝ち、世界の盟主となった人類史上最強の国家。その精強なる将兵と、彼らを支える魔法精製技術は、二千年前の原始的な魔法しか扱えなかった人類でさえ対抗できていた魔物なぞに遅れは取らぬ。四将軍が生み出した木っ端な魔物など、砲兵や歩兵の魔法弾の前には無力であった。しかし……こうして勇者殿をお招きしていることからもわかるであろうが……魔王を討つことだけ、それだけは叶わなかった」


 それは、国家としての敗北を意味していた。この世界の文明が神話に勝利できぬことを意味していた。王は苦悩しながら、無念が絶えぬとばかりに苦渋の顔を浮かべていた。


「我ら人類は、既に女神の加護など不要。異界の勇者になど頼らずとも、魔王を撃退してみせる。それが我が信念であり、同時に国家の指針であった」


 王様は、ひるんでいる勇者を見る。見たところ、栄養状態もよく服装も汚れてはいるが古びてはいない。裕福な家庭で育ったのであろうと想像することはたやすかった。


「また、貴殿の前でいうべきことではないが、勇者といっても人間。先代のように人格者が召還されるとも限らぬ。危険な思想をもつ者を、勇者という強大な力をもって召還するなど、リスクが高かった」


 なるほど、と苦笑いしながら勇者は納得する。つまりは、四人の乙女は勇者が危険人物であった場合いに抑え込む役を兼ねているのだ。ここまで懸命且つ賢明な王である、いざというときのために、独力で解決を図る一方で予備策として彼女らを鍛えておいたのであろう。


 国家の指針を預かる王としては正しいのかもしれないが、でも、やはり『独力で解決するために頑張るけど、念のためお前たちも強くしておく』というのは、彼女らとしてはたまったものではなかっただろう。


 むしろ、独力で何とか出来た場合彼女らは更に不憫だったと想像できる。


 はたして、この世界の人類が魔王に独力で勝利した時、彼女たちに待つのは如何なる運命なのだろうか。想像するだに目頭が熱くなる。


「察してくれたようでありがたい。では、貴殿には早速見ていただきたいものがある。どうか、付いてきていただきたい」


 王は、神官と共に謁見の間から、四人の乙女と勇者が入ってきた扉とは別の扉へ、威厳をもって歩き始めた。


 慌ててそれについていく勇者だが、背後を見ると音もなく巨漢が……否、四人の乙女が追従していた。おそらく、自分と王の護衛のつもりなのだろう。


 いや、確かに頼もしいけれども、見上げなければ顔を拝めない屈強なモンスターを周囲に置くのは恐ろしかった。


「あ、あの……どこへ向かうんですか?」


 つい、比較的話しやすかった神官に尋ねていた。少なくとも四人の乙女よりは人間であるし、王様よりは温厚そうに見えたのだ。


 その、温厚そうな雰囲気のままに、神官は好々爺然として笑って答えた。



「研究所内で調査中の、拘束した魔王のところですよ」


勇者よ、どうか魔王を討ってほしい。

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