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プロローグ

今までは他サイトに二次創作を投稿しておりました。

今後は一次創作にも挑戦すべく、この場を借りて投稿させていただきます。

 そこは、荘厳な宮殿だった。突如として異世界に召還された少年は、西洋風の甲冑に身を包んだ騎兵隊に護送されている馬車の中から、自分たちの向かう宮殿をみてただそう思った。


 一緒に馬車に乗っている老人、神殿の重役だという方に微笑まれながらも、田舎者丸出しで馬車の窓から顔を出して、少年は異世界の国家の威厳である王城を見ていた。


 そして、振り向いて自分が召還された神殿を見る。如何にも神聖である、という体の厳かで静けさの感じられる白一色の石造りの、飾り化のない神殿だった。だが、これから向かう先は装飾の限りを尽くし、細部に至るまで名工の彫を行い、それが眼鏡をかけても視力のよくない少年が遠くから見ても明らかだった。


 外交の場としても使われるであろうそこは、まさに異国への自国の国力を示すものだった。現に、この世界に召還された少年に衝撃と感動を与えていた。


 馬車に首を引っ込めてそこに向かう自分の服装を確認する。ただの普段着だった。外出をする分には問題がないにしても、どう考えても、ああした正式な場に向かうには不適切だった。せめて、学生服だったらマシだったかもしれない。日本でも男子用の学生服は多くの場で着ることが許されている。日本の奇怪な服装事情をなにも知らない異国にも、そう不快感は与えなかったであろう。しかし、少年の服装はジャージだった。運動するには軽く、問題がないように見えるだろうが……少なくとも、城に向かうには不適当であろう。


 加えて、自分はさっきまで部活動で走り込みをしていたこともあって、普通に汗臭かった。服も泥だらけであり、靴もボロボロ。はっきり言って、自分の家に上がるときでさえ親に文句を言われるであろうほどである。


 これで、豪華極まる馬車の内装を汚しているだけでも心苦しいというのに、このまま城に向かうなど恥ずかしくてたまらない。今すぐ家に帰って風呂に入って着替えたい気分だった。


 普段から母親に『恥ずかしい』と言われていたが、その意味をようやく痛感していた少年は、苦笑いを浮かべながら老いた神官を見る。華美な馬車の内装に似合わぬ、薄い青を基本とした神官の服装は、それでも着ている当人の落ち着きと清潔さがあって、決して馬車に乗っていることに違和感を覚えない。


 それに比べて少年はどうだ。潰れる寸前の地方の遊園地、そのくたびれ果てたメリーゴーランドの『馬車のおもちゃ』に乗っていてさえ、違和感を感じるであろう。


 にこりと、正面に座っている落ち着いた神官は笑っている。それはそれでありがたいが、余りにも自分とは不釣り合いで余計恥ずかしくなる。


 神殿の最奥で、自分を召還した彼は、全ては王から語られるのでついてきてほしいと言っていた。なので、なにも聞けずにいる。だが、なんでも聞いてほしい、と言われていても、結局なにも聞けなかったであろう。威厳、その言葉の意味がまさに分かる。このご老体は、まさしく立派な人だった。少なくとも、そう語るしか少年の語彙には老人を現す言葉はない。


 このご老体に声をかけるには、自分のような若輩者には余りにも畏れ多い。


 そうこうしていると、馬車は坂を上り始めた。やや勾配がつき、馬車はやや傾く。少年が再び外を眺めたとき、そこは既に城の内部だった。


 城の内装は、当然のように馬車よりも尚華美だった。そこに住まう者を戒め、そこに訪れたものを威圧し、国家の有りようを示す歴史の深い世界だった。


 そう、王の城の内部はまさに、それだけで別世界だった。修学旅行先で寺を見た時も感じたが、それは周囲の観光客と、同級生たちのにぎやかさもあってかき消されていた。だが、ここは、観光地でもなんでもない、現役の王の居城なのだ。そこで警備として立っているのは現役の兵士であり、観光地の歳を取った『警備員』とは一線を隔する。彼らの武装は王の城にふさわしく華美だが、しかし同時に純然たる武器でもある。兵士自身も出自がはっきりしているであろう、見た目も麗しく、しかも鍛え抜かれていると体つきでわかる。そう、服の上、武装の上からでも彼らの筋骨隆々とした肉体は明らかだった。


 そんな彼らが、堂々と廊下を歩く神官とその後ろをこそこそと付いていくだけの自分に、等しく礼をしている。もう、さっさと帰りたかった。


 少年は運動部だったが、日本の少年らしくコンピューターゲームでも遊んでいた。そして、その手のゲームでは王の城を捜索し、宝箱の類を物色するのが常であったが……。仮に、それが王から直々に許可されていたとしても、実行に移すだけの度胸は少年にはなかった。犯罪の抑止力どころの騒ぎではない。彼らは王の城の秩序そのものだ。彼らを前に犯行を冒すなど、それこそこの国にケンカを売るに等しい。


 もしも、彼らの前でそれらしい行為に及ぼうとしようものならば、その武器を用いるまでもなく、片手でひねられるであろう。それは事実であったし、同時に実際には行われない行為でもあった。


 静謐な雰囲気の城を歩む二人は、遂に謁見の間の前に立っていた。


 豪華にして重厚、門と見間違う巨大な扉は、それにふさわしい音を立てることなく静かに開いた。そして、同時に中から音楽が流れ始めた。



「ようこそ、おいでくださった。異世界の勇者よ」



 そこには、カリスマが立っていた。国家の威厳である王の城、その中でも最も華美であるべき内政の要にして外交の窓口である謁見の間。それに負けぬ、それらの中心となるべき王の礼服。


 しかし、それらは装飾でしかない。宮廷楽団の音楽が耳に入らぬほどに、『王』はそこにいた。


 少年はひるんでいたが、もしもひるまずにいれば跪いていたか、平伏していたかもしれない。それほどに、目の前の王は王すぎた。茶色の髭に金色の王冠。やや肥えた体に微笑み。トランプのキングに酷似しながら、それでも実物は余りにも凄まじかった。


 笑っているにもかかわらず、威圧されていないにもかかわらず、少年は石になっていたかのように動けなかった。


「この度は、おそらくそちらにご迷惑をおかけしたであろう。それを思うと、余は自らの力不足を嘆かずにはいられない。王として座しながら、しかし国家の一大事に外国から一般人を事情も説明せぬまま呼び出し、すがらねばならぬなど。さぞやこの国を恨んでいるであろう、さぞやこの世界を恐れているであろう。しかし、余は王として、為政者として正式に公文書と共に詫びよう。この度の非は余にある。故に、呪うならばどうか、余だけにしてほしいのだ」


 こちらに歩み寄りながら、王はなにやら謝っている。しかし、少年はそれどころではない。最初は誰に誤っているのか理解できなかったし、自分というものを忘却してさえいた。だが、自分に謝っているのだと理解すると、ようやく申し訳なさが襲い掛かってきた。


 これだけ素晴らしい方に、これだけ偉い方に、自分へ謝罪をさせてしまっている。それが、恐ろしくて申し訳なかった。


「そのうえで、無礼を承知で申し上げる。どうか、この世界の平和を乱す魔王を討ってほしい」


 王は頭を垂れていた。それにならない、神官の老人も頭を下げていた。


 これは、殺害依頼である。日本の健全な男子中学生への、敵国の王への殺害依頼である。殺人教唆である。


 しかし、ここまでされて、ここまでの人物にここまでさせて、断るなどあり得なかった。


「……はい、わたしで、あれば、よろこんで」


 はたして、できるのかどうかわからないが、それでも少年は勇者となっていた。

創作世界じゃないなら、異世界だって現実だ。

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