6.秋絵のデート
「…。」
(…ふぅ。)
だいぶ落ち着いたみたいだ。真っ赤だった顔も、いつも通りの明るい色に戻っている。
「柴原。」
「…何よ?」
ベッドの端に座る秋絵、その口調はやわらかくなっていた。
「お前は、俺が彼氏だと思われて嫌じゃないのか?」
「…嫌よ。誰が好きなものですか、アンタみたいな男。」
うつむいたまま答える秋絵。
「…でも他の男子の方がもっと嫌よ。あの連中、私をいやらしい目つきで見るんだもの。」
「ふーん…。」
沈黙が下りた。なんとも言えない空気が漂う。
「柴原。」
「なに?」
「なぜ、一人暮らしをしているんだ?親がいなくても児童ホームから通えば…」
「勝手に私を一人ぼっちにしないでよ。まだお父さんもお母さんも生きてるわ。」
「ああそうか…悪かった。」
ふぅ、とため息をつく。よくない質問だったな。
「…勘当されたのよ。」
「…勘当?」
うつむいたまま、続ける秋絵。答えを諦めていた亮太は耳を傾けた。
「私の家族は、代々案内人の家系なのよ。私もそうなるはずだったわ。」
「それで?」
「あるとき、お父さんとケンカをしたの。『私だって、もう一人前よ』って。」
「それで、怒られたのか。」
「そうよ。『自分の力を見くびるな』って言われて、『じゃあ勝手にやるから』って啖呵切っちゃって。」
「それで、学校であんなことをしたのか。」
「今回が初めてってわけじゃないわ。この学校の霊を全て解決すれば、お父さんも認めると思うの。」
「実績ってわけか。…生活費はどうしてるんだよ?中学生じゃバイトなんて無理だろ?」
「お母さんがこっそりと送ってくれているわ。ただ、あまり迷惑はかけたくないわ。」
柴原も色々背負っていたのか…。強気な秋絵の裏側を見て、考え込む亮太。
スッと秋絵が立ち上がる。
「今回の件は、少し対応策を考えさせて。私から何か手を打っておくから。」
「あ、ああ…。」
“ガラガラガラ…”
保健室のドアを開ける秋絵。
「あと、月曜日は来なくてもいいわ。自分の都合を強制したのも反省する。…ただ、」
クルリと振り向く秋絵。
「…できれば、アンタでも来て欲しかったわ。」
“ガラガラガラ…パタン”
保健室の扉が閉じられた。パタパタと足音が去っていった。
(柴原の顔…)
少し悲しそうな顔をしていた。いつも見る強気の秋絵の顔、その面影すらなかった。
“ブゥーン…”
“パパーッ”
日曜日、車どおりの激しい駅周辺を亮太は一人歩いていた。
特に用事があるわけではない。いつもなら家に引きこもってゲームにでも熱中している時間だ。
…
『自分の都合を強制したのも反省する。…ただ、』
『…できれば、アンタでも来て欲しかったわ。』
…
(…。)
秋絵が言い放った言葉がどうも気になっていた。何をしても、この言葉が頭から離れない。
「あっ…。」
ふと前を見ると、駅まで来ていた。30分以上歩いてたらしい。
「…帰るか。」
しかし、このまま帰るのももったいないと近くのCDショップに寄った。
店内を歩き回る。ここは漫画なんかも売ってるから、興味が湧けば買っていこうかと思っていたのだが…
(っ!)
とっさに陳列棚の陰へと身を隠す。見慣れた姿があったからだ。
(柴原…)
いや、柴原一人ではない。同い年くらいの男子と一緒に見えた。
(あれは…波多野か…)
クラスでも容姿がよく女子に人気、いわゆる“イケメン”て部類にはいる男子だ。
(二人仲良く…デートでもしてるのか?)
しかし柴原は彼氏なんかいないと言っていたはず。どういうことか。
(俺は騙されたのか?)
店から出て行く二人。亮太は無意識のうちにそれを追っていた。
そのまま二人は繁華街へと歩いていく。そこの小さなゲームセンターへと入った。
(…。)
波多野がUFOキャッチャーで取った景品を秋絵へと渡しているのが見えた。
(仲良さそうにしやがって…)
笑顔の秋絵を見て、亮太は気づいた。
(なんで俺はあいつが…柴原が気になるんだ?)
ゲームセンターを離れていく二人。再び、後を追い始める。
時々身振り手振りを交えながら、楽しそうに会話しながら歩く二人。亮太は後ろからつかず離れずの尾行を続けた。
(ここまで来たか…。)
亮太の家のすぐ近くの交差点、二人が歩みを止めた。
(どうしたんだ?)
電柱に隠れ、耳を澄ます。閑静な住宅街だから、会話は十分に聞こえた。
『柴原さん。』
『ん、なに?』
『あのさ…俺と付き合ってよ。』
『…。』
ドクリと心臓が脈を打った。
(こ、告白されてる!?)
まだカップルじゃなかったのか。でもこの状況からして柴原は…
『…ゴメン。』
『えっ?』
『波多野君のこと、嫌いじゃないよ。でも私、お付き合いとかはしたことなくって。』
『やさしくするよ、そんなに難しく考えなくていいからさ。』
『気持ちは、ありがとう…。でも…そういうのはしないって決めてるの。』
えっ?えええっ!?断るという、予想できなかった展開に戸惑う亮太。
『じゃ、じゃあね。今日は楽しかったから。また明日、学校で。』
『えっ、あ…ああっ…』
早足で去っていく秋絵の足音が聞こえた。
(興味本位で尾行したつもりが、まさか告白失敗現場を見ることになるとは…)
トボトボと歩いていく波多野を確認し、素早く道を渡る。まだ秋絵の背中は小さく見えていた。
(柴原は何を考えているんだ?)
普段であればまず相手にされないだろうが、今この時なら訊ける気がした。
秋絵は裏道を真っ直ぐ進んでいく。ついには製材所のある角を越えた。
(…。)
右へ曲がれば亮太の家だが、秋絵の家を確かめたい亮太は秋絵の姿を追う。
(んっ!)
スッと秋絵が右へと曲がった。建物へと入ったらしい。
(意外と近所にあったな。)
どの家だ?と確かめるべく、物陰から出る亮太。
(なっ!?)
建物を見て驚いた。ボロい二階建ての安そうなアパート。だが亮太の驚いているのは、
「ウチのすぐ後じゃねーか…。」
「ふーん、アンタの家ってすぐ後ろなんだ。」
えっ?と視線を落とすと、階段の陰から秋絵が出てきた。
「尾行するなら、もうちょっと上手く付いてきなさいよ。波多野にバレるかと思ってヒヤヒヤしたわ。」
「お、俺だって最初から尾行しようとしてしてたわけじゃないんだ。…いや、それよりもだな、」
「何で断ったの?でしょ?」
あっけなく読まれ、声を詰まらせる亮太。
「はぁ…、わかりやすいわね。」
腕組みをし、ため息をつく秋絵。