3.夜の学校へ
午後の授業内容がなんら頭に入らないまま、放課後を迎えた。
『イーチ、ニー、イチッニ!』
『ソーレ!』
“カァン!”
部活動の活動音が聞こえる中、校舎を後にする亮太。
(結局、承諾しちまったが…)
秋絵の手伝いのことをずっと考えていた。
(やっぱり、もう一度断って…)
“ドンッ!”
「秋月!呼んでるんだから気づきなさいよ!」
不意に思いっきり背中を叩かれる亮太。
「痛てて…。考え事してたんだよ。」
「へぇ~、アンタも年中ボケてるわけじゃないんだ。」
失礼な。むしろ毎日考え込んでるわ。
「ところで、何の用だよ?」
「明日のこと話にきたのよ。さっそく手伝ってもらうわ。」
うっ…と背中に重石がのしかかったような感じ。
「いや、悪いけどその件は…」
「本番は明日の午前1時。とりあえず、スーパーの駐車場に集合でいいわ。」
「それだけどさ、やっぱり俺…」
「持ち物は、そうね…怖ければ懐中電灯でも持ってくるといいんじゃない?」
亮太のことなどお構いなしに喋り続ける秋絵。
「そうだ、お守りなんかははずしといてね。霊が怖がって逃げちゃうから。」
「ああ、そうしとくよ。」
なるほど、いいことを聞いた。お守りは必ず持っていくとしよう。
「ん?ちょっと待てよ?」
「何?今更やめるとかはナシだからね。」
「違うよ。明日の午前1時ってのは、“明日の夜の午前1時”だよな?」
「ええそうよ。明日の午前1時、今から約9時間後よ。」
「…うそ!?」
ちょっと待て、いくらなんでも急すぎないか!?
「霊に会える、タイミングってのがあるんだから。変えることなんてできないわ。」
「いやあのな、まだ心の準備が…」
「そんなの元々しないでしょ。もう諦めなさい。」
帰宅したら、お守りの捜索確定だな。
「ところで、一つ訊いていいかしら?」
「な、なんだよ…?」
何を訊かれるのかと、一瞬身構える亮太。
「アンタ、いつまで私と歩いてるの?」
「…はい?」
「私は家こっちだけど、アンタは家どこなのよ?」
家どこなのよって訊かれても、
「どこって…ここ真っ直ぐ行ったら…自宅なんだけど…」
と、答えるしかないのだが。
「はぁ!?アンタの家こっちなの!?」
ビックリした、というより怒ったような顔で亮太を睨みつける秋絵。
「信じられない!真っ直ぐ行ったどの辺よ!?」
「え、にっ二丁目辺り…」
「私と住んでる場所、一緒じゃない!」
驚いているのは亮太も同じだ。今まで登下校時に会ったことなんて、一度たりともなかったぞ!?
「いつ別れるのか考えていた私がバッカみたい!先行くから、ついて来ないでよねっ!」
と言い残し、走り去っていく秋絵。
「何で帰る方向が一緒じゃマズいんだよ…」
“ジー…”
不意に他の生徒からの視線を感じ、早足になる亮太。
夜になった。田舎だから人通りなんてあるはずもなく、行く道の街灯が妙に明るかった。
「懐中電灯と…、お守りと…」
ブツブツと鞄の中身を思い出しつつ、夜道を一人学校へと向かっていく亮太。
“ザワザワザワ…”
“ビクッ!!”
道中の木のざわめきに怯える亮太。夜道がこんな怖いと思ったのは、生まれて初めてだ。
「ま、まあ今日霊が出るとは限らないしな。」
でももし出たら…?と自分で言っておいて逆に不安感が大きくなってしまった。
(午前0時55分…)
スーパーの前まで来て、秋絵の姿を探す。
(うっ!)
駐車場の片隅に人影を見つける。真っ暗で誰だかわからない。
「し、柴原だよな…?ちゃんと来たぞ…。」
恐怖で声が震える。
と、人影はゆっくりと近づいてきた。
「柴原だよな?…柴原なら返事をしてくれよ!」
ま、まさか幽霊…?前回の記憶が背筋を凍らせ始める。
「う、ううっ…やめ…」
「はいはい、私ですよー。」
棒読みの秋絵の言葉が聞こえた瞬間、ヘナヘナと座り込んでしまった。
「お、脅かすなよ…。」
「声が小さくて何言ってんのか聞こえないのよ。夜だから大声出しても迷惑だし、わざわざ近づいてあげたのよ。」
校門前の電灯の前に立ち、ようやく頭一つぶん下に秋絵の姿を認めた。黒い上着に白いスカート、背中には細い筒?を背負っている。
「ほら、さっさと入りましょ。」
慣れた手つきで校門脇の壁をよじ登る秋絵。スカートを履いているとは思えない動きだ。
「ほら、アンタも早く来る。」
「お、おう…。」
亮太も壁をよじ登り、学校敷地内へと侵入した。
「歩きながら詳しい説明をするわ。よく聞いて。」
校舎に入るため開けておいた女子トイレの窓へと早足で歩く二人。
「今日のターゲットは音楽室のピアノ奏者よ。」
「音楽室のピアノ奏者?」
「そっ。ここが病院だった頃、ピアノ奏者の女性が事故で運ばれてきたの。女性は手術を受け、命こそ取り留めたものの両腕を切断されてしまったのよ。」
昔ここには陸軍病院があったが、終戦により閉鎖。その後に市経営の総合病院として再度機能していたのだが、施設移転により更地になってしまった。そこに立てられたのがこの市立三国中学校なのだ。
(これだけ激しい動きの土地で建っている学校だものな…。)
「ピアノ奏者の女性は絶望のあまり自殺。その霊が残ってるらしいのよ。」
女子トイレの窓から新校舎内へ。いったん二階に上がった後、接続通路を通って旧校舎一階の音楽室へと向かう。
「どんな霊なんだ?」
「…音楽室からピアノの演奏が聞こえるの。中を覗くと、」
真剣な目つきで亮太を見ながら言った。
「血濡れた両手首だけが鍵盤の上を動いているらしいわ。」
「マ、マジかよ…」
血濡れた両手首が動いている…、話を聞いているだけでもゾッとするというのに…。
「さて、ここから本番よ。気を抜かないでね。」
気なんて抜こうとも思わない。恐怖で心臓がドクドク脈打っているのが聞こえてくるんだ。
「はい。」
「はい?」
渡されたのは、一本の糸。裁縫なんかに使う糸だ。
「これでどうするんだ?」
「ここは旧校舎二階の東側よ。そこの階段を降りて、すぐにある音楽室の目の前を歩いてきて。」
「ひ、一人でか!?」
「当たり前でしょ。もし音楽室からピアノの演奏が聞こえたら、この糸を引っ張って知らせるの。聞こえなかったら帰ってきて。」
「ちょ、ちょっと待てよ…」
「何?何か問題でもあるの?」
俺の運命が今ここで切れそうな糸一本で決まるなんて怖すぎる。
「お前、たしかケータイ持ってたろ。これで連絡取るようにしようぜ。」
そう言って、ポケットからケータイを取り出した。
「あら、アンタもケータイなんて持ってたんだ。」
「半年前から持ってるよ。今、番号教えるから。」
「…ケータイの電源は、切っておいたほうが身のためよ?知らなくて済むから。」
秋絵の意味深げなことばに、手が止まる亮太。
「…どういうことだ。」
「ケータイ自身には、霊との関連性は何もないわ。ただし、」
「…ただし?」
「…霊が近くにいるとね、電波って入らないんだ。」
ウソだろ!?とケータイを開いて見た。
「うん…いるね、間違いないよ。」
“圏外”。ケータイの明るい画面には、そう表示されていた。