たまにはお前の遊びにつきあってやろう
「じゃあリュートは、ゲームの中の人なんだ」
剣を振りながら、マリーベルは口を驚きに開いた。
「ああ。マスター・オブ・ダンジョンって言ってわかるか?」
「あ、うん。やったことはないけど、多分聞いたことはある。あれだよね、なんかすごいおっきい機械に入ってやる奴」
「仮想現実体験装置な」
話しながらだがマリーベルの動きは淀みなく、振るわれた剣は的確に餓鬼を切り裂いていく。レベル10を超えた辺りから、リュートが餓鬼を掴んでやる必要もなくなっていた。
「じゃあ、その顔も実際とは違うの?」
「一応現実での顔をトレースしてるから、そこまで違いはない筈だ。……まあ、この世界で現実がどうこう言っても意味ないけど」
肩を竦めて答えるが、マリーベルの関心はそこにはないようだった。
「同い年くらいかと思ってたけど、実は結構年上なの?」
同い年ってどっちとだよ。
リュートは一瞬そう思ったが、どちらにせよ関係ない事かと思い直す。
「歳なんて多すぎていちいち数えてないよ」
「えっ……さ、三十歳越えてるとか……?」
「いや、百は余裕で越えてるかな」
「ひゃっ……!?」
予想だにしない答えに、マリーベルは目を見開いた。
「本当はすごいお爺ちゃん!?」
「MoDの一日は現実で言うと二時間だからな。十二倍の差がある」
「え、じゃあ、そのゲームやってると凄い勢いで老けてくの?」
「んなワケあるか。単に現実での二時間を一日って呼んでるだけだ」
「あ、なあんだ……ってそれでも十年近くやってるのね」
近くではなく以上だ、と思ったが、リュートは言わないでおいた。
「どっちにしろ年上ぽいなあ……敬語使った方がいい? ……ですか?」
「別にいいよ。無理すんな」
今更態度を改めるマリーベルにリュートは思わず吹き出して、その頭をぽんぽんと叩いた。
それをきっかけにして、何となく会話が途切れる。
リュートは油断なく周囲を警戒しながら、次の獲物を探した。
「……ねえ」
不意に、マリーベルの方から彼に声をかける。
「なんだ?」
「聞いていいかな」
「どうぞ」
真剣な声色のマリーベルに、リュートの声は飽くまで軽い。
「何で……私にこんなに親切にしてくれるの?」
「何で、かあ」
その問いかけに、リュートはなんと答えるか少し悩んだ。
「記憶がおぼろげなんだけど、リュート、多分あの……弓を持ったおじさんに引き留められてたん、だよね?」
「ああ」
「それと、綺麗な女の人達にも『ね、お願い』って言われてた」
「何でそこだけ詳細に覚えてるんだよ」
「……もしかしてリュートってロリコンなの?」
「待て、どういう意味だそれは」
流石に看過できない言いがかりに、リュートは振り向く。
「だって……」
「頼んだのはお前だろ」
疑いの眼差しを向けるマリーベルに、リュートは呆れ声で言った。
「私?」
「そうだ。俺は真理になんか頼まれてないぞ。ママを探せって頼んだのはお前、マリーだろ」
マリーベルは驚きに見開いた目を、パチパチと瞬かせる。
「……一目惚れってこと?」
「何でそうなるんだよ」
そして返ってきた答えに、リュートはがっくりと肩を落とした。
「別に俺はお前が可愛い女の子じゃなくて、メタボのおっさんでも頼みを聞いたよ」
「か、かわいい……」
期せずして飛び出ててきた褒め言葉に、マリーベルはぽっと顔を赤らめる。
「……じゃあ、誰の頼みでも聞くってこと?」
「まあ、そうだ。クエスト実績っての開いてみろ。パーティメンバーの実績は見える」
リュートが言うと、マリーベルはコンコン、と踵を二度鳴らした。
初期設定で用意されたアクションではない。
自分でショートカットアクションを設定したんだろう。リュートは説明していないのに、既に彼女はMoDのシステムを粗方使いこなしていた。
「俺のは殆ど達成済みで埋まってるだろ?」
「うん。未達成なのは、『魔王ゼファークラットの撃破』と『餓鬼の討伐』……それに、『まりのママ探し』!」
「強いて言えばそれが理由だ。クエスト実積に未達成があるのは気持ちが悪い。だから埋める、それだけだ。魔王退治はもう無理だけどな」
大した理由があるわけじゃない。
そう言いたかったのに、何故かマリーベルは表情を輝かせた。
「じゃあ、リュートは本物の正義の味方なんだ!」
「は? 何でそうなるんだ?」
突拍子もない発想に、リュートは唖然とする。
「だって誰の頼みでも聞くんでしょ?」
「そりゃ、まあ……」
「悪い人の頼みでも聞くの? 例えば、私を殺せーとか」
「いや、人を殺したり盗みを働く系はなしだな」
MoDには確かに、そう言う後ろ暗いクエストも用意されている。
いわゆる『裏クエスト』と呼ばれるものだが、リュートは一切受けた事がなかった。
裏クエストには三つの特徴がある。
一つ。
通常のクエストよりも良い報酬が用意されていること。
二つ。
カルマと呼ばれる隠しデータが減少し、NPCとの交渉で不利になること。
そして、三つ目。
裏クエストはクリアしても、クエスト実績には載らないということだ。
なぜリュートがクリアしないかは、言うまでもなかった。
「なら、やっぱり正義の味方じゃない」
「うーん……」
リュートは眉を寄せて考える。
間違っても正義の味方と言われるような柄ではないが、確かに言われてみればそうであるような気もする。
「まあ、どうでもいいや」
結局、リュートはすぐにその考えを放棄した。
マリーベルが自分をどう定義しようと、それは些細な問題だ。
「お前、時間は?」
「えっと、後五分くらいかな」
「そうか、それだけあれば余裕だな」
そんな事よりももっと大事な事がある。
「……なにが?」
「ボス戦、いくぞ」
――クエスト実積だ。
* * *
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【クエスト実積】
クリアしたクエストは、一覧としていつでも確認する事が出来る。
また、こなしたクエストの数で称号なども得られる。
が、これらは全てトロフィー的なものであり、幾ら集めてもゲーム上で数値的な効果などは全くない。
その為大半のプレイヤーは気にも留めていないが、一部のプレイヤーは偏執的にコンプリートを目指す事もある。
* * *
「無理無理無理無理! あんなおっきいの絶対無理!」
「大きい? どこがだ?」
怯えた表情で叫ぶマリーベルに、リュートは首を傾げた。
餓鬼達のボスと思しきモンスターは身長3メートルほど。
精々マリーベルの倍程度しかない。
散々十数メートル級の怪物達を相手にしてきたリュートにしてみれば、ボスモンスターとしては極めて小さい部類の敵だった。
「雑魚は俺がやるから、頑張れ」
「頑張れったって……きゃあ!」
唸りをあげて振り下ろされる棍棒を、マリーベルは素早くかわす。
「空気を毒ガスに変えたり出来ないのか?」
「そんな、夢も、希望もないこと、出来るわけないでしょっ」
その光景を見て、着実にAGIを上げた成果が出ているな、とリュートは頷いた。
実際には彼女にはリュートのファンタズム・アーマーがかかっているので、直撃を受けてもあの程度の攻撃はノーダメージなのだが。
「私がっ、構造とか、よくわかんないのはっ、作れ、ないのっ」
「そりゃあ難儀だなあ」
大鬼の周りに無数に現れる小鬼達を適当に潰しながら、リュートはのんびりと相槌を打つ。その傍らで、マリーベルは大鬼の棍棒をかわすのに必死だ。
「ところで、ネズミを馬に出来るんだろ。じゃあ、その逆も出来るんじゃないか?」
「あっ、そうか。えいっ、ウサギさんになあれ!」
マリーベルが剣を振れば、きらりと虹色の光が飛んで大鬼が包まれる。
ぽんと音を立てて、大鬼はウサギになった。
むくつけき身体はそのまま、顔だけが。
「惜しいな」
「なにこれ気持ちわるーいっ!」
マリーベルの悲鳴に腹を立てたのか、兎頭の巨人は唸りをあげ、渾身の力を込めて棍棒を振り上げる。
「あ、それだっ。ええっと、重くなあれ!」
マリーベルが再度剣を振ると、木で出来た棍棒が突然鉄に変わった。格段に重みを増した棍棒を片手で支えきれず、振り上げた勢いそのままに棍棒は兎頭にしたたかにぶつかる。そしてそのまま、大鬼はばったりと倒れた。
「し……死んじゃった?」
「……いや、気絶してるだけだな」
僅かにだがピクピクと動く大鬼の様子に、リュートは首を振る。
「ほら、とどめを刺すんだ」
「えっ……殺さないと、駄目……?」
マリーベルはリュートと大鬼の顔を交互に見比べた。
「そうしないと経験値が入らないだろ?」
「そう、だけど……」
マリーベルは倒れた大鬼に向き直り、ぎゅっと剣を握りしめる。
彼女の魔法で変化させたせいか、顔だけを見ればやたらと可愛らしい。
だからというわけではないが、剣を握る手がプルプルと震えた。
「……わかったわかった。無理すんな」
ぎゅっと目を閉じ、剣を突き立てようとするマリーベルの頭を、リュートはぽんぽんと撫でた。
「契約」
手の平を兎頭に向けて、呪文を唱える。
すると光の粒子に包まれて、兎頭の巨人はリュートの身体に吸い込まれるようにして消えた。
「……殺しちゃったの?」
「いや。召喚獣契約をした」
あいつらの代わりがこれか、とリュートは溜め息を付く。
「マリー、さっきの奴に名前を付けてやってくれ」
「え……えーと。じゃあ、ラビちゃん」
兎部分はお前が変えたものだろ、と思いつつも、リュートは虚空に現れたウィンドウに名前を入力して、魔法アイコンをショートカットに登録する。
「完全召喚:ラビ」
魔導書『ソロモンの鍵』を掲げながら唱えれば、十秒ほどして光が書に吸い込まれた。魔法がソロモンの鍵の中にチャージされたのだ。
やはり、魔獣の召喚魔法を使えなくなったわけではない。
召喚獣そのものが失われているのだ。
「どおしたの、りゅーと?」
舌足らずな口調に目を向けると、いつの間にか真理は元の姿に戻っていた。
「ああ、いや、ちょっとな」
「しゃがんで、しゃがんで」
彼女を安心させようと笑みを浮かべると、真理はそう言ってぐいぐいと彼のローブを引っ張った。言われるままに腰を下ろして視線を合わすと、小さな手がリュートの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「いいこいいこ。いたくない、いたくなーい」
そんなに落ち込んだ顔をしてたのか。
子供を心配させてしまった自分が情けなくもあり、こんなに小さいのに気遣う真理がおかしくもあり。
どう反応していいか悩んだまま、リュートはしばらく彼女に撫でられていた。
【クエスト:『餓鬼の討伐』をクリアしました】