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幻実世界のパラノイア  作者: 笑うヤカン
第一章:はなまる大幼稚園児
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たまにはお前の遊びにつきあってやろう

「じゃあリュートは、ゲームの中の人なんだ」


 剣を振りながら、マリーベルは口を驚きに開いた。


「ああ。マスター・オブ・ダンジョンって言ってわかるか?」

「あ、うん。やったことはないけど、多分聞いたことはある。あれだよね、なんかすごいおっきい機械に入ってやる奴」

仮想現実体験装置(キューブ)な」


 話しながらだがマリーベルの動きは淀みなく、振るわれた剣は的確に餓鬼を切り裂いていく。レベル10を超えた辺りから、リュートが餓鬼を掴んでやる必要もなくなっていた。


「じゃあ、その顔も実際とは違うの?」

「一応現実での顔をトレースしてるから、そこまで違いはない筈だ。……まあ、この世界で現実がどうこう言っても意味ないけど」


 肩を竦めて答えるが、マリーベルの関心はそこにはないようだった。


「同い年くらいかと思ってたけど、実は結構年上なの?」


 同い年ってどっちとだよ。

 リュートは一瞬そう思ったが、どちらにせよ関係ない事かと思い直す。


「歳なんて多すぎていちいち数えてないよ」

「えっ……さ、三十歳越えてるとか……?」

「いや、百は余裕で越えてるかな」

「ひゃっ……!?」


 予想だにしない答えに、マリーベルは目を見開いた。


「本当はすごいお爺ちゃん!?」

「MoDの一日は現実で言うと二時間だからな。十二倍の差がある」

「え、じゃあ、そのゲームやってると凄い勢いで老けてくの?」

「んなワケあるか。単に現実での二時間を一日って呼んでるだけだ」

「あ、なあんだ……ってそれでも十年近くやってるのね」


 近くではなく以上だ、と思ったが、リュートは言わないでおいた。


「どっちにしろ年上ぽいなあ……敬語使った方がいい? ……ですか?」

「別にいいよ。無理すんな」


 今更態度を改めるマリーベルにリュートは思わず吹き出して、その頭をぽんぽんと叩いた。


 それをきっかけにして、何となく会話が途切れる。

 リュートは油断なく周囲を警戒しながら、次の獲物を探した。


「……ねえ」


 不意に、マリーベルの方から彼に声をかける。


「なんだ?」

「聞いていいかな」

「どうぞ」


 真剣な声色のマリーベルに、リュートの声は飽くまで軽い。


「何で……私にこんなに親切にしてくれるの?」

「何で、かあ」


 その問いかけに、リュートはなんと答えるか少し悩んだ。


「記憶がおぼろげなんだけど、リュート、多分あの……弓を持ったおじさんに引き留められてたん、だよね?」

「ああ」

「それと、綺麗な女の人達にも『ね、お願い』って言われてた」

「何でそこだけ詳細に覚えてるんだよ」

「……もしかしてリュートってロリコンなの?」

「待て、どういう意味だそれは」


 流石に看過できない言いがかりに、リュートは振り向く。


「だって……」

「頼んだのはお前だろ」


 疑いの眼差しを向けるマリーベルに、リュートは呆れ声で言った。


「私?」

「そうだ。俺は真理になんか頼まれてないぞ。ママを探せって頼んだのはお前、マリーだろ」


 マリーベルは驚きに見開いた目を、パチパチと瞬かせる。


「……一目惚れってこと?」

「何でそうなるんだよ」


 そして返ってきた答えに、リュートはがっくりと肩を落とした。


「別に俺はお前が可愛い女の子じゃなくて、メタボのおっさんでも頼みを聞いたよ」

「か、かわいい……」


 期せずして飛び出ててきた褒め言葉に、マリーベルはぽっと顔を赤らめる。


「……じゃあ、誰の頼みでも聞くってこと?」

「まあ、そうだ。クエスト実績っての開いてみろ。パーティメンバーの実績は見える」


 リュートが言うと、マリーベルはコンコン、と踵を二度鳴らした。

 初期設定(デフォルト)で用意されたアクションではない。

 自分でショートカットアクションを設定したんだろう。リュートは説明していないのに、既に彼女はMoDのシステムを粗方使いこなしていた。


「俺のは殆ど達成済みで埋まってるだろ?」

「うん。未達成なのは、『魔王ゼファークラットの撃破』と『餓鬼の討伐』……それに、『まりのママ探し』!」

「強いて言えばそれが理由だ。クエスト実積に未達成があるのは気持ちが悪い。だから埋める、それだけだ。魔王退治はもう無理だけどな」


 大した理由があるわけじゃない。

 そう言いたかったのに、何故かマリーベルは表情を輝かせた。


「じゃあ、リュートは本物の正義の味方なんだ!」

「は? 何でそうなるんだ?」


 突拍子もない発想に、リュートは唖然とする。


「だって誰の頼みでも聞くんでしょ?」

「そりゃ、まあ……」

「悪い人の頼みでも聞くの? 例えば、私を殺せーとか」

「いや、人を殺したり盗みを働く系はなしだな」


 MoDには確かに、そう言う後ろ暗いクエストも用意されている。

 いわゆる『裏クエスト』と呼ばれるものだが、リュートは一切受けた事がなかった。


 裏クエストには三つの特徴がある。

 一つ。

 通常のクエストよりも良い報酬が用意されていること。

 二つ。

 カルマと呼ばれる隠しデータが減少し、NPCとの交渉で不利になること。


 そして、三つ目。

 裏クエストはクリアしても、クエスト実績には載らないということだ。


 なぜリュートがクリアしないかは、言うまでもなかった。


「なら、やっぱり正義の味方じゃない」

「うーん……」


 リュートは眉を寄せて考える。

 間違っても正義の味方と言われるような柄ではないが、確かに言われてみればそうであるような気もする。


「まあ、どうでもいいや」


 結局、リュートはすぐにその考えを放棄した。

 マリーベルが自分をどう定義しようと、それは些細な問題だ。


「お前、時間は?」

「えっと、後五分くらいかな」

「そうか、それだけあれば余裕だな」


 そんな事よりももっと大事な事がある。


「……なにが?」

「ボス戦、いくぞ」


 ――クエスト実積だ。



 * * *


 Now Loading...


 【クエスト実積】

 クリアしたクエストは、一覧としていつでも確認する事が出来る。

 また、こなしたクエストの数で称号なども得られる。

 が、これらは全てトロフィー的なものであり、幾ら集めてもゲーム上で数値的な効果などは全くない。

 その為大半のプレイヤーは気にも留めていないが、一部のプレイヤーは偏執的にコンプリートを目指す事もある。


 * * *



「無理無理無理無理! あんなおっきいの絶対無理!」

「大きい? どこがだ?」


 怯えた表情で叫ぶマリーベルに、リュートは首を傾げた。

 餓鬼達のボスと思しきモンスターは身長3メートルほど。

 精々マリーベルの倍程度しかない。


 散々十数メートル級の怪物達を相手にしてきたリュートにしてみれば、ボスモンスターとしては極めて小さい部類の敵だった。


「雑魚は俺がやるから、頑張れ」

「頑張れったって……きゃあ!」


 唸りをあげて振り下ろされる棍棒を、マリーベルは素早くかわす。


「空気を毒ガスに変えたり出来ないのか?」

「そんな、夢も、希望もないこと、出来るわけないでしょっ」


 その光景を見て、着実にAGIを上げた成果が出ているな、とリュートは頷いた。

 実際には彼女にはリュートのファンタズム・アーマーがかかっているので、直撃を受けてもあの程度の攻撃はノーダメージなのだが。


「私がっ、構造とか、よくわかんないのはっ、作れ、ないのっ」

「そりゃあ難儀だなあ」


 大鬼の周りに無数に現れる小鬼達を適当に潰しながら、リュートはのんびりと相槌を打つ。その傍らで、マリーベルは大鬼の棍棒をかわすのに必死だ。


「ところで、ネズミを馬に出来るんだろ。じゃあ、その逆も出来るんじゃないか?」

「あっ、そうか。えいっ、ウサギさんになあれ!」


 マリーベルが剣を振れば、きらりと虹色の光が飛んで大鬼が包まれる。

 ぽんと音を立てて、大鬼はウサギになった。



 むくつけき身体はそのまま、顔だけが。


「惜しいな」

「なにこれ気持ちわるーいっ!」


 マリーベルの悲鳴に腹を立てたのか、兎頭の巨人は唸りをあげ、渾身の力を込めて棍棒を振り上げる。


「あ、それだっ。ええっと、重くなあれ!」


 マリーベルが再度剣を振ると、木で出来た棍棒が突然鉄に変わった。格段に重みを増した棍棒を片手で支えきれず、振り上げた勢いそのままに棍棒は兎頭にしたたかにぶつかる。そしてそのまま、大鬼はばったりと倒れた。


「し……死んじゃった?」

「……いや、気絶してるだけだな」


 僅かにだがピクピクと動く大鬼の様子に、リュートは首を振る。


「ほら、とどめを刺すんだ」

「えっ……殺さないと、駄目……?」


 マリーベルはリュートと大鬼の顔を交互に見比べた。


「そうしないと経験値が入らないだろ?」

「そう、だけど……」


 マリーベルは倒れた大鬼に向き直り、ぎゅっと剣を握りしめる。

 彼女の魔法で変化させたせいか、顔だけを見ればやたらと可愛らしい。

 だからというわけではないが、剣を握る手がプルプルと震えた。


「……わかったわかった。無理すんな」


 ぎゅっと目を閉じ、剣を突き立てようとするマリーベルの頭を、リュートはぽんぽんと撫でた。


契約(コントラクト)


 手の平を兎頭に向けて、呪文を唱える。

 すると光の粒子に包まれて、兎頭の巨人はリュートの身体に吸い込まれるようにして消えた。


「……殺しちゃったの?」

「いや。召喚獣契約をした」


 あいつらの代わりがこれか、とリュートは溜め息を付く。


「マリー、さっきの奴に名前を付けてやってくれ」

「え……えーと。じゃあ、ラビちゃん」


 兎部分はお前が変えたものだろ、と思いつつも、リュートは虚空に現れたウィンドウに名前を入力して、魔法アイコンをショートカットに登録する。


「完全召喚:ラビ」


 魔導書『ソロモンの鍵』を掲げながら唱えれば、十秒ほどして光が書に吸い込まれた。魔法がソロモンの鍵の中にチャージされたのだ。

 やはり、魔獣の召喚魔法を使えなくなったわけではない。

 召喚獣そのものが失われているのだ。


「どおしたの、りゅーと?」


 舌足らずな口調に目を向けると、いつの間にか真理は元の姿に戻っていた。


「ああ、いや、ちょっとな」

「しゃがんで、しゃがんで」


 彼女を安心させようと笑みを浮かべると、真理はそう言ってぐいぐいと彼のローブを引っ張った。言われるままに腰を下ろして視線を合わすと、小さな手がリュートの頭をわしゃわしゃと撫でる。


「いいこいいこ。いたくない、いたくなーい」


 そんなに落ち込んだ顔をしてたのか。

 子供を心配させてしまった自分が情けなくもあり、こんなに小さいのに気遣う真理がおかしくもあり。


 どう反応していいか悩んだまま、リュートはしばらく彼女に撫でられていた。






【クエスト:『餓鬼の討伐』をクリアしました】

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