俺より弱い奴に会いに行く
「限定召喚:サラマンドラ」
早朝のグラウンド。
リュートは一人佇み、杖を構えて呪文を唱えていた。
「限定召喚:ノーム」
一つ一つ、確認するように名を呼んでいく。
「完全召喚:ゴールデン・ドラゴン」
しかしどれだけ呪文を唱えても、それは応える事がなかった。
「……ソードレイン」
ガリガリと頭をかきながら唱えれば、今度は問題なく無数の剣が降り注ぐ。
「何事ですか!?」
すると殆ど間を置かずに、後藤が窓から顔を出した。
「やぁ、おはよう後藤さん」
「何だ、君ですか……どうしたんですか、その剣は」
地面に突き刺さった剣の林を見て、後藤は怪訝そうに眉を寄せる。
「これも出したんだよ。近接武器、あった方がいいだろ?」
「それは、助かりますが……しかし、君は何でも出せるんですね」
もはや驚きよりも確実に呆れを多分に含んだ声色で、後藤は言った。
「そんな事ないさ。出せる物は決まってて、出せない物は出せない」
それに、更に出せない物が増えたみたいだし。
と、リュートは口には出さず心の中で呟く。
召喚魔法には、召喚獣を召喚するものと無機物を召喚するものの二種類がある。
召喚獣こそが召喚師の真骨頂であり、奥の手であり――
ソロでずっと冒険してきたリュートにとっては唯一の、頼れる仲間だ。
それが、全く使えなくなっていた。
「ともかく、その剣を回収しましょう。今、人をやるから待っていてください」
「はいよ」
軽く手を振り、後藤が校舎の奥に姿を消すのを見届けて、並んだ剣に目を向ける。
「参ったな……」
この世界に来て初めて、リュートは深くため息をついた。
* * *
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【召喚獣】
ある程度弱らせたモンスターと契約する事により、召喚師はモンスターを召喚獣として扱えるようになる。召喚獣は強力だが、基本的に物質召喚よりさらに詠唱時間、再使用時間が長い傾向がある。
召喚獣の得意技だけを顕現させる『限定召喚』と、召喚獣本体を呼び出して自分の代わりに戦わせる『完全召喚』の二種類があり、再使用時間は共通。
完全召喚した場合は召喚獣が倒れるか召喚師の意思で戻すまで、半永久的に使役する事が出来る。が、倒れてしまった場合は再使用時間が通常の二倍になる。
召喚獣はプレイヤーに比べ倒れやすいため、リュートは完全召喚を奥の手として温存しておく傾向がある。
* * *
「じゃあ、物資はたっぷり出しといたから」
「はい、くれぐれも気をつけて下さいね」
真剣な眼差しで後藤は告げる。
リュートほどの能力者を失うのは惜しいが、護衛につけてやれるような戦力はこのコミュニティにはなかった。
後藤とて、地形を利用して一方的に矢を撃つのならともかく、間近での戦いとなればまともに動ける自信はない。リュートを信じて祈る他なかった。
「まりをよろしく頼むよ」
「ええ、任せて下さい」
「えっ?」
深々と頷く後藤に、まりが声を上げた。
「まりちゃんも、りゅーとといっしょにいく!」
さっと後藤の手を擦り抜けて、まりはリュートに駆け寄り、ぎゅっとそのローブの裾を握りしめる。
「我が侭言うなよ」
「やぁだぁ!」
ローブを引っ張っても、まりはその小さな手を全力で握って離さない。
たった一日一緒だっただけなのにずいぶん懐かれたものだ、とリュートは思った。
「……よし、じゃあ一緒に行くか」
「うん!」
肩を竦めるリュートに、まりは笑顔を輝かせる。
「いや、遊びに行くわけじゃないんですから……」
「ま、大丈夫だろ。連れてった方が安心かもしれないし」
「……私達が信用ならないのかも知れませんが、流石に子供を利用してまで駆け引きしようとは思いませんよ」
「違う違う。別にあんた達を信用してないわけじゃないよ」
少し傷ついたように表情を曇らせる後藤に、リュートは手をパタパタと振る。
「ここにいるより俺と一緒の方が安全ってだけの話さ」
そしてさらりと口にする彼に、後藤は絶句した。
リュートの表情は後藤の誘いを断った時と全く同じもの。
気負いもなく、迷いもなく、そうであると呼吸をするのと同じくらいに信じている表情だ。
そして、今の世界では、それは真実となる。
「……わかりました。もう何も言いません」
「悪いね」
悪びれた風もなくニッと歯を見せ、リュートは軽く手を振った。
「じゃあ行ってくる」
「いってきまーす」
「お気をつけて」
「そっちもなー」
何気なく言い返された言葉に、後藤はひきつった笑みを浮かべて答えた。
* * *
「りゅーと、ちょっとまって」
学校から少し離れたところで、不意にまりが立ち止まる。
「なんだ、もう疲れたのか?」
「ううん」
まりは首を横にふって、肩から下げた猫のポーチから杖を取り出した。
「さあ、ぶとうかいのはじまりよ!」
ととん、と小さくステップひとつ。
まりが小さな杖を一振りすると、そこから光が溢れ出して彼女を包み込む。
光の塊となったまりは、その場でくるくると回り出した。
その背がどんどん高くなり、すらりと手足が伸びていく。
足の先の光がぽんと弾けたかと思えば、輝く靴に包まれた脚が現れ。
光の中から手の平が突き出したかと思えば、その指の一本一本にマニキュアが塗られて肘まである手袋に包まれる。
身体の回転にあわせてフリルの付いたミニスカートがくるりと腰を覆い、背筋をそらして胴が白を基調としたドレスに包まれていく。
そして今度は空中で胎児のように身体を丸めたかと思えば、輝く髪が後頭部から伸びて、大きなリボンで束ねられた。
そして、再びの回転。
ぱちりと目を開き、軽く脚を開いて振り向くポーズで、
「ガラスの魔法少女、マリーベル!」
そう決めて見せた。
ここまで、僅かに数秒の出来事である。
「お、おう」
「お願い引かないでこっちも恥ずかしいんだからぁっ!」
どうリアクションを取ったものか悩むリュートに、マリーベルは顔を真っ赤にして叫んだ。
「……その、ありがとね。私の事、助けてくれて」
気を取り直して、マリーベルはリュートに礼を言う。
「ああ……えーと、まりの間の記憶はあるのか?」
尋ねつつも、リュートはマリーベルの姿を改めて見つめた。
リュートの腰くらいまでだった身長は、彼より頭一つ低いくらいまでに伸びている。
金に輝く髪と青い瞳は日本人には見えないが、その顔立ち自体は何となくまりの面影があるような気がした。
「うん、一応は、お互いの記憶もあるし意識も連続してはいるの。ただ……」
「ただ?」
「私にとっては真理の記憶は十二年も前のことだから詳しくは思い出せないし、真理も私の考えていたことの大半は、難しくていまいち理解できないみたいなの」
「なるほどなぁ」
十二年前自分が何をしていたか、と問われれば答えるのは難しい。
逆に十二年後の記憶が与えられるというのは想像しにくいが、まりのあの様子を見るに、あまり複雑な事は理解できそうもないのはわかった。
「後、一番大事な事なんだけど……私がこの姿でいられるのは、一日に三十分だけなの」
「なんでだ?」
「……アニメが三十分しかやらないから」
素朴なリュートの問いに、マリーベルは恥ずかしそうに答える。
「そりゃ難儀だなあ」
リュートは思わず、天を仰いだ。
子供とはいえ、実際に変身できる程アニメの話を信じ込むとはなかなか思い込みが激しい。流石に偏執症扱いするのは可哀想だが。
「で、お前は何であんなところにいたんだ?」
その辺りの事は気にしない事にして、リュートはまりに聞いても要領を得なかった事情を尋ねる事にした。
「世界が崩壊してから、私はママと二人で暮らしてたの。幸い私も食べるのにはあんまり困らない能力だったから、しばらくは平気だったんだけど……でも、とうとう食べる物が何も無くなっちゃって。ママが何か探してくるっていって出ていってから、一週間くらいかな。我慢できなくなってママを探しに出たら鳥の群に襲われちゃって……そこを、リュートが助けてくれたの」
「食べるのに困らないのに、食べ物がなくなるってどういうことだ?」
「こういうこと」
マリーベルが杖を一振りすると、杖が光を纏って剣に変わる。
「魔法少女マリーベルは、姿形を別のものに変える魔法を使えるの。モチーフがシンデレラの魔女だから……ネズミを馬に、カボチャを馬車に、ボロ着をドレスに……そして、子供を大人に変える魔法」
更に剣を振ると、地面に広がる雑草が瞬く間に花畑へと姿を変えた。
「この魔法を使えば、少しでもご飯があれば沢山に増やせるから。でも、何もない所から何かを出すのは無理なの」
「そりゃあ便利だ。俺の魔法より便利なんじゃないか?」
「役には立てると思う」
手放しで褒めるリュートに、マリーベルははにかんだ笑みを見せる。
「ところでマリー。あしや まりってなんて字を書くんだ?」
「え? えっと。芦屋は草冠に戸の芦で、八百屋さんの屋。真理はシンリ……真実の真に、理科の理だけど」
唐突な質問に戸惑いながらも、マリーベルは律義に答える。
「なるほど、芦屋 真理……と」
【リュートさんからパーティ加入申請を受理しました。加入を許可しますか?】
リュートが何やら虚空で手を動かすと、マリーベルの耳に聞き覚えのない声が響いた。
「え、なに? 誰? パーティ?」
「良いから、はいって言え」
「はい……?」
【パーティ申請が承認されました】
訳も分からず頷くと、再び聞き覚えのない声が響き渡る。
「だから誰なの!?」
「よし、やっぱ本名じゃないと駄目だったか」
周りをきょろきょろと見回すマリーベルをよそに、リュートは満足げに頷く。
「なに? リュートの頭の上に、なんかある」
マリーベルは彼の頭の上に、赤と青色に塗られた棒のようなものがあるのに気が付いた。
「HPとMPバーだ。パーティメンバーのは見えるようになってる」
説明になっていない説明をしながら、リュートは森の中をどんどん歩いていく。
「いたいた。ほら、コイツ倒してみろ」
そして茂みの中から餓鬼を一匹見つけ出すと、彼は無造作にそれを掴みあげた。
運動性能の低い後衛職とはいえ、レベルカンストともなればこの程度は容易い。まるで猫の子でも持つかのように、暴れる餓鬼を掲げ持つ。
「わ、私が?」
「どうせ空想から生まれた産物だ。ゲームの敵キャラだとでも思って、その剣でグサッと行け」
「う、うん……」
ぎこちなく剣を持ち上げ、目をぎゅっと閉じて突き出す。
リュートはそれにあわせて餓鬼を掲げ、その先端が喉を突くように調整してやった。
餓鬼の首がマリーベルの剣に貫かれ、絶命する。
「な、なんか鳴ったよ!?」
すると、マリーベルは大きく目を見開いてリュートの方を見た。
「おめでとう。ステータス画面オープンって言ってみろ」
「ス、ステータス画面、オープン……わ、なんかでたよ!?」
「ああ。動くなよ」
リュートはそう言って、マリーベルの背後にまわる。ステータス画面は自分のものしか見る事が出来ないが、こうすれば彼女が見ている画面とほぼ重なるはずだった。
「これはお前の強さを示した画面だ。ほら、ここの所、2になってないか?」
「う、うん……」
後ろから抱きしめる様に腕を伸ばすリュートに身を小さくしながら、マリーベルは頷く。
「それがお前のレベルだ。さっきの音は、レベルアップの鐘の音だな。敵を倒せば倒すほど、ここの数値が増えてお前は強くなっていく」
「なんか、ゲームみたいだね」
「ゲームなんだよ」
楽しげに笑うマリーベルに、リュートは短く答える。
「で、レベルが上がるごとに、能力値を割り振れる」
リュートは指を下にさげ、ステータス欄を示した。
「そうだな、最初はAGIにでも振っとけ」
「あ、あじ?」
「これだ。エージーアイってあるだろ。素早さの事だ」
「ふうん……あ、なんか、数字が増えたよ。2になった」
「よし」
リュートは満足げに頷き、マリーベルから離れる。
「じゃあ三十分でお前のレベル、あげるだけあげるぞ!」