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幻実世界のパラノイア  作者: 笑うヤカン
第一章:はなまる大幼稚園児
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プランBでいこう

「お願いです! このコミュニティに住んで下さい!」

「そう言われてもなあ」


 机に手をつき頭を下げる後藤に、リュートは頬を掻く。

 横を見れば難しい話につかれたのか、まりはいつの間にかすやすやと寝入ってしまっていた。


「こんなところで寝たら風邪ひくぞ、全く……俺はこいつのママを探さなきゃいけないんだ。それが終わったら考えてもいいけどな」


 小さな体を抱き上げながら言うと、後藤は顔をしかめて小声で尋ねる。


「こんな事を言いたくはないのですが……その、まだ生きているという保証は?」

「さあなぁ。俺もついさっきそこでこの子を拾ったばっかりだから、詳しいことは何にもわからないんだ」

「だったら尚更、ここに留まるべきです。そんな小さな子を連れて旅をするには、今のこの世の中は危険すぎます」


 後藤の言うことは至極もっともだ。

 常識的に考えればそうするべきなのだろう。


「悪いね。引き受けちゃったからさ」


 だがリュートは悩む事もなく、あっさりとそう言い捨てた。


「しかし……」


 なおも説得しようと言葉を考えながら、ふと後藤はリュートの目を見た。


「……本気、なんですね」


 その瞬間、説得する気は全て消え失せて、彼は重くため息をつく。

 どれだけ説得しても無駄だという事がわかったからだ。


「勿論、本気だとも」


 その目に込められたのは、強い決意……などでは、ない。

 意地になっているわけでも、使命感に駆られているわけでも、後藤の事を信用していないわけですらない。


 後藤は初め、軽い口調で答えるリュートに、説得する余地が十分にあると感じていた。だが、それは大きな間違いだった。


 リュートの瞳には何の気負いも迷いもない。

 どう考えても殆ど可能性のない話を、まるで朝食でも作るくらいの気軽さで請け負っているのだ。


「それがどれだけ困難で、可能性の低い話かわかっていて尚、やめる気はさらさらない……という事ですね」

「クエストは困難なほど燃えるたちでね」


 返ってきた答えに、後藤はもう一度深くため息を付く。これだからパラノイアは、と毒を吐きたかったが、すんでのところで口に出すのは止められた。


「まあそう落ち込むなよ。たくさんパン置いてくからさ」

「それは有り難いですが……今の世の中、冷蔵庫すら使えないんです。そんな保存の利かない物を置いていかれても」


 原料の小麦の状態ならともかく、パンは非常にカビに弱い。

 三日もすれば食べられなくなってしまう。

 せめてパンではなく米ならもっと有難かったのだが……


「腐らんよ」

「は?」


 などと思っていた後藤は、リュートの言葉にぽかんと口を開けた。


「カビも生えない。一年でも百年でも持つ」

「なん……え、どういう理屈ですか?」


 自信満々に言い放つリュートに、後藤は困惑して聞き返す。


「かびたパン、なんてアイテムは存在しないからだよ。信じれば本当になるんだろ? なら、大丈夫だ」

「……アイテム?」

「とにかく、そいつは腐らない。いつ食べても大丈夫だ。まあ、あんまり美味くはないけどさ」


 首を傾げる後藤に、リュートはそう太鼓判を押した。

 にわかには信じられないが、パラノイアがそういうのならそうなんだろう。そいつの頭の中で真実であるのなら、それが全体の真実となる。それが新しい世界なのだ、と後藤は無理やりに納得する。


「後藤さん、大変です!」


 コミュニティの住人の一人が慌てた様子でやってきたのは、そんな時だった。


「どうした?」

「襲撃です。それも、今までにない数の!」

「なんだって!?」


 後藤は弓を持って立ち上がり、先導する住人の後を追って二階の廊下へと向かう。


 窓から外を眺めると、グラウンドを埋め尽くすように青い鬼の群が大挙していた。

 廊下に居並んだ他の住人達が投石や手製の弓で応戦しているが、その勢いは止まることを知らない。


 後藤は腰に下げた矢筒から矢を引き抜き、弓に番えて引き絞る。放たれた矢は小鬼の額を貫き、後続の鬼の胸を破り、更に後ろの一匹の腹を打ち抜いて地面に刺さった。


「凄いな」


 流石のリュートもその技には目を見開く。

 しかしそれに喜んでいる余裕は後藤にはなかった。


「くっ、数が多すぎる……!」


 一射で確実に3、4匹を射殺す後藤の射撃に敵の足は鈍くなったものの、後から後から現れる増援に押されて戦線はどんどん近づいてくる。

 何より、矢の数が圧倒的に足りなかった。


 世界が崩壊する前から持っていた矢は、とっくの昔に使い果たしている。

 生き物の身体というのは非常に硬い。それを射抜いた矢は、仮に破損していなくても曲がってしまって使えなくなる事が殆どだった。


 今使っているのは木の枝を切って、鳥の羽を紐で巻いて矢羽根にした素人細工。それでも後藤の能力ならば使用に問題はなかったが、作るのに時間がかかる為にそこまで数を用意する事も出来ない。


「誰か! 誰か矢を貸してくれ!」


 矢筒の矢を使い果たし、周りの住人達に後藤は叫ぶ。


「はいよ」


 そんな彼の目の前に、リュートは矢筒を突き出した。

 金属製の立派な矢が十二本、ぎっしり詰まったそれを、もう片方の腕に更に五つぶら下げている。


「……どこから、出したんですか?」


 リュートの格好はどう見てもそんな大荷物を収納できそうな場所がない。


「パンと同じだよ。召喚したんだ」


 当たり前の様にいうリュートに驚くべきか、呆れるべきか。


「ありがたい!」


 すぐにそんな暇もない事を思いだし、後藤は矢筒を肩にかけて矢を番えた。


「和弓じゃなくてよかったよ。そっちの矢は出せないから」

「学生の頃、アーチェリーをやってましてね。これでも国体で良いところまでいったんですよ」


 リュートの出した矢は、手作りの矢とは鋭さも精度も比べ物にならない。

 音もなく飛んで行ったそれは、狙い違わず五匹の子鬼を纏めて貫く。


「今ならオリンピックでも金メダルを取れるでしょうが」


 そう言う後藤は初めて、笑みを見せた。



 * * *


 Now Loading...


 【サモン・ヴァイパーアロー】

 矢筒に入った矢を召喚する魔法の中で、最高レベルの呪文。

 矢の本数は十二本。召喚師LV815で使用可能。

 召喚師自身も一応弓を使う事は出来るが、弓自体を召喚する魔法はない。

 基本的には他人に渡すためのサポート魔法である。

 この魔法を使えるレベルであれば生産スキルで自作した方がより強い矢を作れるが、再使用時間が比較的短く無限に出せる事が最大の強み。



 * * *



「改めて、お礼を言わせて貰います。助かりました」


 わいわいと賑わう宴会の席で、後藤は深々と頭を下げた。


 リュートの矢を使う彼の弓捌きはまさに神業とでも言うべきものだった。

 一本の矢で何体もの小鬼達を射殺し、その矢を雨の様に降らせる。

 攻撃力100、攻撃速度+65%の魔法の矢に、異能者である後藤の能力が加わった結果に、小鬼たちは慌てて逃げ出していった。


 小学校の体育館に机が運び込まれ作られた即席の宴会場は、このコミュニティの住人の殆どが集まっているのだろう。五十人ほどの人間が陽気な笑い声を響かせながら、互いに飲み食いを楽しんでいた。


 といっても振る舞われている食事の大半はリュートの出したパンやケーキ、酒だ。

 一応、リュートの前には干し肉や野草のサラダなど、このコミュニティで手に入る精一杯の贅沢なのだろうと思われる料理が並べられてはいた。


「まり、お前これ食べて良いぞ」

「わーい、いただきます!」


 それを、彼の膝にちょこんと座った幼女がどんどん平らげていく。


「さ、どうぞ」


 女性がリュートの前に置かれたグラスに酒を注ぐ。これも精一杯の綺麗所を用意したのだろう。美女と呼べるほどではないが、少なくとも目に入る中では一番美しい女性がリュートの両隣に侍っている。


 余りにも露骨なその意図には、流石にゲーム廃人のリュートも気付き苦笑した。


「いや、いいよ。俺酒はあんまり好きじゃないんだ。酔っぱらうしね」

「おや、酒を出せるのに本人は弱いんですか?」


 対面に座った後藤が挑発するように言う。

 酔わせて女をあてがい、なし崩しに……といったところだろうか。


「いや、弱いも強いもなくて、一杯飲むごとに酔い値が溜まっていって、十杯で酔っぱらうんだ。視界がグニャグニャになるから面白がる奴もいるけど、俺は好きじゃない。どうせ三十秒で治るんだけど」


 しかしリュートの世界観はそもそも後藤のそんな思惑の埒外にあった。

 埒があかない、と思ったのだろう。


「先ほど断られましたが、そこを押してお願いします。このコミュに、住んで下さい」


 単刀直入に、後藤はそう切り出した。


「その子の母親はこちらで責任を持って探します。できる限り、最大限の便宜を図ります。ですから、私達の仲間になってもらえませんか?」


 リュートにその気がない事はもうわかっている。

 だが、リュートは食料に加えて無限の武器を出せる能力者だ。

 仮にもコミュニティを預かる人間として、そんな稀有な者を逃すわけにはいかなかった。どんな手を使ってでも引き止めなければならない。


「お願いします」

「ね、お願い」


 左右の女性が媚びるような声色で甘く囁き、リュートにその柔らかな肢体をぎゅっと押し付ける。


「……出ないな」


 しばらくして、リュートはぽつりと呟いた。


「何がですか?」

「いや、こっちの話」


 クエスト:『童貞を捨てろ』とでもメッセージが出れば、リュートは首を縦に振っただろう。

 だがそうでないのなら、特に興味はなかった。


「悪いけどこの子の親は俺が探さないと意味ないんだ。それよりも、さっき襲いかかってきた連中の話が聞きたい」

「餓鬼の、ですか?」


 流石に色仕掛けなら迷っている様だ、と内心ほくそ笑んでいた後藤は、唐突な話題転換に思わず目を剥いた。


「餓鬼?」

「我々はあの青鬼をそう呼んでるんです。仏教の……いくら食べても満足しないっていう、餓鬼道の餓鬼」

「あー。なるほどなあ」


 言われてみれば、ガリガリにやせ細った体にギョロギョロした瞳、突き出た腹は餓鬼だ。MoDには日本妖怪など出ないから、すっかり忘れていた。


「言ったでしょう。空想上の生き物も大量に発生しているんです。この近くに巣があるらしくて、毎日の様にああして食べ物を奪いに来るんです」

「じゃあ、話は早いな」


 リュートはにんまりと笑った。


「あんたが欲しいのは、俺の出す食料と力だろ。食料はたっぷり残していく。力の方は、必要ないようにその巣を全滅させて来る。そうすれば引き止める理由もなくなるだろ」

「それは……確かに、そうしてくれれば有難いですが……」


 とはいえ、引き止めるかどうかの話はそれとは別だ。


「じゃあ、決まりだな」


 後藤がそう口にする前に、リュートはさっさとそう宣言する。


【クエスト:『餓鬼の討伐』を受託しました】


 今度はリュートの予想通り、クエストが出現した。

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