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幻実世界のパラノイア  作者: 笑うヤカン
第一章:はなまる大幼稚園児
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大人で、子供で、おねーさんで

 ガンガンと鳴り響く金属音。


「なんだ……?」


 煩い音に寝ぼけ眼を擦りつつ、目を開いたリュートの視界に飛び込んできたのは、青ざめた顔の怪物の顔だった。


「ブラスト」


 驚きに身を竦ませるよりも、恐怖に悲鳴をあげるよりも自然に、リュートは杖を向けて呪文を唱える。今まで何千、何万と繰り返して身についた反射的な行動だ。召喚された烈風が、怪物を一瞬にして吹き飛ばした。


「んー……?」


 気付けばリュートの身体は、真っ暗闇の中にあった。どこか小さな穴にでも落ちてしまったのか、目の前に亀裂があってそこから光が差し込んでいる。どうやら先ほどの怪物は、その亀裂から入り込んできたらしかった。


「よっ、と」


 亀裂の縁に手をかけて這い出せば、さんさんと照らす日の光にリュートは目を細める。眩しさに慣れて辺りを見回すと、どうやらそこは遺跡か何かの様だった。


 無残に崩れ、そこらじゅうにツタや植物が生い茂っているが、明らかに人工的な建物の中だ。崩れかかった壁にぶつかって絶命したらしく、先ほど吹き飛ばした怪物が地面に転がっていた。


「何だこいつ」


 ごろりと死体を蹴り転がして、リュートは眉をひそめる。

 それは人型の小さな生き物だった。ゴブリンに似ているが、肌の色は緑ではなく紫に近い青。MoDでは見た事のないモンスターだ。


「バグで変な空間に飛ばされた……にしちゃあ様子がおかしいな」


 呟きながら、リュートは崩れた壁から外に出る。外には木々がまばらに生えていて、葉の隙間から青い空と太陽が覗いていた。


 マスター・オブ・ダンジョンはその名の通りダンジョンを舞台としたVRMMOだ。一応、拠点となる街は地上にあるが、それ以外は全て地下迷宮。こんな森の中のような地上エリアは見た事も聞いた事もなかった。


「新しいアップデートかねぇ」


 呑気に呟きつつも、リュートは森の中を無造作に歩いていく。


「アーチライトニング。敵も見たことない奴ばっかだけど、弱いな」


 先ほどの青い鬼や巨大なネズミ、鳥の化け物などなど。

 散発的に襲い掛かってくる怪物達に向かって杖を振れば、あっさりと死んでいく。


「バースト……これでも死ぬのか。初心者向けのチュートリアルか何かか?」


 どれほど弱いか試す為に最弱の魔法を放ってみれば、召喚された炎の塊に大蝙蝠はあっさりと絶命した。


「って事はまたあのあなぐらに潜り直しかよ……」


 歩きながらも、リュートは頭痛を堪える様に額を指で押さえた。

 地下777階は余りにも深い。途中ショートカットする道はあるものの、それでも最下層まで潜るのは数日掛かりの大仕事だ。


「あいつらもまた呼び直さなきゃなあ」


 彼がもっとも信を置く五体の召喚獣。移動の影響で消えてしまったので、もう一度召喚するには再使用時間(リキャストタイム)を待たなければならない。あそこまで高位になると、90%カットしても丸一日はかかってしまうのだ。


「アイテムも買い直さなきゃいかんし、あああ、炎の杖なんか使い切っちまったからまた取りに行かなきゃ……」


 リュートが両手で頭を抱え始めたその時、どこからか悲鳴が聞こえてきた。


「ん? 誰かいるのか?」


 声の聞こえた方へと足早に向かうと、ばさばさと鳥の羽ばたく音がした。


「このっ、来ないで、よっ! くるなぁっ!」


 何匹もの鳥の化け物に囲まれて、金の髪の少女が剣を振っていた。


「ファイター……いや、レンジャー辺りか?」


 腰まで伸びたポニーテールを振り乱して戦う少女は、戦士にしては軽装だ。

 何せ鎧に類する防具を全く身に着けていない。

 可愛らしいドレスのような服はリュートの知らない装備だったが、あの弱い鳥の怪物からダメージを受けている以上、さほど防御力があるとも思えなかった。


「ファンタズム・アーマー」


 その苦戦ぶりに流石に見かねて魔法をかけてやると、少女はリュートの存在に気付いたようだった。


「助けて!」

「ん。助けていいのか? 今防護魔法かけたから、頑張れば倒せるぞ」


 リュートが召喚したのは霊的な鎧だ。重さはなく身体の動きも阻害しないが、全身を包み込んで守る。怪物達は必死に羽ばたき爪を立てるが、もはや少女には届かなくなっていた。ダメージは受けないのだから、後は根気よく攻撃すれば倒せる。


「もう、時間がないの!」

「わかったわかった」


 しかし悲痛な声で叫ぶ少女に、リュートは両手をあげた。

 MoDでは、経験値は止めを刺したものにすべて入る。故に他人が戦っている敵を攻撃する事は『ハイエナ』と呼ばれ、忌み嫌われていた。


「ソードレイン」


 0.25秒で詠唱が終わり、無数の剣が空から降ってきて正確に敵だけを突き刺していく。顔のすぐ横を落ちる刃に少女は目を大きく見開き、絶命した怪物達を見てリュートの方に視線を向けた。


「ハイエナとか言わないでくれよ。ところでここは……」

「あのっ!」


 リュートがここはどこかと聞くより早く、少女は彼に駆け寄って、その手を両手で握りしめる。

 青い瞳が、必死の形相でリュートの顔を見つめた。


「私の名前はマリーベル。初対面でこんなことを頼むのは申し訳ないんだけど、お願いがあるの」

「お願いって?」


 その表情に気圧されて、リュートは思わずそう問い返した。

 彼女の様子はどう見てもただ事ではない。


「お願い、私を守ってあげて。そして出来れば、ママを探してあげて」

「ママ? どういう事だ?」


 まるで他人事のような物言いにリュートが首を捻ると、マリーベルと名乗った少女の身体が光を放ち始めた。


「ごめんなさい、説明する時間はないの。お願い、あなたしか、頼れない――」


 燐光が彼女の周囲を飛び交い、その輪郭が徐々に光に埋もれていく。


「後は、『わたし』に聞いて……」


 そう言葉を残し、遂にはマリーベルは人型の光の塊になった。

 眩い光に目を細めるリュートの前で、光は形を変えていく。


 ――そして。


「おにいちゃん、だあれ?」


 光が消え去った後そこにいたのは、五歳くらいの幼い女の子だった。

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