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幻実世界のパラノイア  作者: 笑うヤカン
第二章:わがままファッション
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世界に従うか、自分に従うか

「これで足りるか?」

「ああ。助かる」


 ずらりと並べられた武具の数々に、沙耶は満足げに頷いた。


 一応等級はもっとも低い装備を用意したが、無駄だろう。

 モヒカン達が語ったことが本当なら、これがただの木の棒でも彼らは負ける。


「じゃあ約束だ。全てを知っているパラノイアとやらの情報を教えてくれ」

「そう急がずともいいだろう。帰ってきたらちゃんと教える」

「お前が無事に帰ってくるとは限らないだろ?」

「なるほど。言われてみれば確かにそうだな」


 その可能性は考えていなかったらしく、沙耶は悩むように顎の先を触った。


「まあ、その場合はここに残ったものに聞いてくれ。何も私しか知らないというわけではない」

「別に今教えてくれても良いだろ?」

「悪いが、出撃の準備をしなくてはならないのでね。それに、それこそ万が一のため、君達にはここにいて貰いたいんだ」


 沙耶の口ぶりは淀みなく、筋も通っている。

 しかしリュートはそこにどこか、別の意図があるように感じた。


「俺をここに残していく方が危険だとは思わないのか?」

「思わないな。後藤さんからは、君は信頼に値する善人だと聞いている」


 鎌をかけてみても、沙耶はするりとそれをかわす。


「善人、ねえ」


 投げ掛けられた言葉に、リュートは別の疑問を抱いた。


 MoDにも善悪の概念はある。

 あるが、現実のそれとは少しばかり意味合いが違った。


 MoDにおける善悪は極めて単純である。

 他のプレイヤーを攻撃した事があれば悪人で、なければ善人。

 要するにカルマ値がマイナスになっていれば悪人だ。


 だが、殺す相手が悪人であれば……つまりPKKであれば、それは悪事とはみなされない。

 リュートも名前が売れる前は何人ものPKを殺した事があるし、殺せば特に躊躇いもなく相手の所持品を奪い、売り捌いてきた。


 それを考えれば、今回だってモヒカンを見殺しにする事に何の問題もない筈だ。

 彼らが『悪』であることは明白なのだから。


「では私は準備があるので、これで」

「……ああ」


 そう思いながらも迷いは消えぬまま、彼は沙耶を見送った。



 * * *



「おかえりー」


 リュートが部屋に戻ると、真理が嬉しそうに突進してくる。


「……真理。悪いがマリーベルに変わってくれないか?」


 それを受け止めながら、リュートはそう頼んだ。


「わかったー」


 真理は肩に掛けたポシェットから魔法の杖を取り出すと、いつもの通りに変身する。


 きらきらと光を纏い変身した直後、マリーベルは顔を真っ赤に染め上げた。


「え、と。リュート、昨日のは、ね? ちがくて、いや、違わないんだけど、その、子供が言ったことだからね……?」


 しどろもどろになって言いつつも、もじもじと指を突き合わせる。


「マリー」


 そんな彼女の両肩に手を置いて、リュートはいつになく真剣な表情で見つめた。


「昨日の事なんだが、お前自身はどう思う?」

「え、私!?」

「ああ。正直に、答えて欲しい」

「え、う、わ」


 赤かったマリーベルの顔色が、湯気を吹かんばかりに耳まで朱に染めあがる。


「えと、そ、そりゃぁ……嫌いじゃない、ていうか……その、どっちかというと、す……好き…………な、方かなあ、って」

「じゃあやっぱり、死なれたら、嫌か?」

「当たり前でしょ! 絶対ヤだよ、そんなの!」

「そうか」


 リュートは両目を閉じて、深く息を吐いた。


「え、な、何それ、どういうリアクション?」


 マリーベルは目を白黒させながら、高鳴る胸の鼓動を必死で抑えようとする。


「どうしようか、悩んでてな。だが、お前がそう言うなら……」

「う、うん……」

「そうするのも、悪くないのかも知れない」

「そ、そうするって、どうしちゃうの……?」


 問い返しながらも、マリーベルはパタパタと素早く自分の状態を確認した。

 髪に乱れはなく、服にも一切の皺はなし。

 変身した直後だから、確認するまでもなく完璧だ。


「ああ」


 決意を込めてリュートは口にする。


「モヒカンを、助けに行こう」

「…………………………は?」


 マリーベルの表情が、石の様に凍りついた。


「……え……? モヒカン? 何の話……?」

「何って……昨日の話だよ。覚えてないのか?」

「ぜんぜん」


 ギリギリと音がしそうなほどにぎこちなく、マリーベルは首を左右に振る。

 そして、がっくりと肩を落とし、そのまま膝を抱えて蹲った。


「ああもう、何で期待したの、私の馬鹿……」

「大丈夫か? 何の話だと思ったんだ?」

「うるさい、ばかー!」


 両腕を振り上げ、涙目でマリーベルは怒鳴る。


「まあ、覚えてないのも仕方ないか。お前、喋ったら負け・ゲームに夢中だったもんな」

「なにそれ」

「喋ったら負けになるゲームだ」

「何の説明にもなってないよね、それ」


 呆れきった様子のマリーベルに、昨日は感心したのになあ、と、リュートは真理の成長に嬉しいような、寂しいような、奇妙な感慨を抱いた。


「まあ状況を簡単に説明すると、沙耶……このコミュニティのリーダーが、さっきモヒカン達を掃討しに行った」

「掃討って……えっ」


 赤の残っていた彼女の肌が白くなり、青ざめていく。


「それって、殺すって事?」

「多分な」

「じゃあ、早く助けに行かないと!」


 マリーベルはリュートの腕を掴んで訴える。

 しかし、彼女に説明しなければならない事がまだ他にあった。


「そうすれば、このコミュニティとも敵対する事になるかもしれない。マリー、お前のママだって見つけられなくなるかもしれないんだぞ」


 クエストの達成だけを考えれば、悩む事など一つもない。

 だが、リュートの心の中で燻り続けていた、迷い。


「そんなの、命の方が大事に決まってるでしょ?」


 それをマリーベルは一切の躊躇なく、吹き飛ばした。


「ここの人達と喧嘩になっちゃうのは良くないけど、だからって、見捨てていいわけないじゃない」

「ああ。そうだな」


 胸のすく思いで、リュートは頷く。

 マリーベルにとっては当たり前の事なのだろう。

 魔法を使えても、彼女自身はごく普通の少女に過ぎない。


 この世界の、ごく普通。

 それは、リュートにとっては遠い遠い故郷の空気のようなものだった。


「じゃあ問題は、どうやってここを出るか、だな」


 くるりと後ろを振り向いて、リュートは部屋の扉を睨むように見つめる。

 彼の視界の端に映るミニマップには、部屋から少し離れた所に光点がはっきりと示されていた。

 NPCを示すその光は、リュートが部屋に入ってから微動だにしていない。


「恐らく監視されてる。強引に出ていく事も出来るが……」

「私が、いくよ」


 リュートが皆まで言うまでもなく、マリーベルは自分の胸に手を当てていった。


「私なら顔も知られてないし、気付かれずにここから出ていける。モヒカンさん達を逃がせばいいんでしょ? それなら、私だけの方がむしろ適任だよ」

「それは、そうだが……」


 その方法は、リュートも考えないではなかった。

 だが彼女一人に任せるというのは、やはり不安が残る。


「大丈夫。信じて」


 そんな思いを見透かすように、マリーベルはリュートを見上げた。


「仲間、なんでしょ?私達」

「……そうだな」


 リュートは笑みを見せ、マリーベルの頭をくしゃりとなでる。


「わかった。だが気をつけろよ、パーティ会話は一定以上離れると出来なくなる。こことモヒカンの所じゃ圏外だ」

「うん」

「それと……これを持っていけ」


 リュートは皮袋を一枚呼び出すと、中身を詰めてマリーベルに渡す。


「ピンチになったら開け」

「うん、わかった」


 頷き、マリーベルは袋を肩に担ぐと、杖を高く振り上げた。

 そしてその先端からあふれ出る光を全身に浴びるようにしてくるりと回る。


「小鳥になあれ!」


 彼女の身体は瞬く間に光の塊になると、真理よりも更に小さく小さくなった。

 チチチ、となく小鳥を掌ですくいあげ、リュートは窓を開く。


「よし、頼んだぞ、マリー!」

「チチッ!」


 マリーベルは高く鳴くと、宙に向かって羽ばたいた。

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