夜、一人では遊ばないで下さい
『おい真理、今からちょっとの間黙ってろよ』
リュートはすぐさま、真理にそう釘を刺した。
『なんで?』
当然そう聞いてくる真理に、何と答えるべきかリュートは一瞬悩み、
『喋ったら負け・ゲームだ』
説明する努力をすぐさま放棄する。
『しゃべったらまけ・げーむ?』
『そう。喋ったら負けになるゲームだ』
『ほー!』
何の情報も増えていない説明に、何故か真理は感心したような声をあげた。
『真理が勝ったら何でも一つ言うこと聞いてやる』
『ほんと!?』
『ああ』
『わかった!』
パーティ会話でそんなやり取りをしている間に、沙耶はリュートに事情の説明を続けていた。
「相手は数十人程度の規模だが、銃を持っているという」
どう聞いても、彼女が言っているならず者というのはモヒカン達の事だ。
「そのならず者ってのは、被害は酷いのか?」
『あ、りゅーとしゃべった!』
リュートが尋ねた瞬間、真理が嬉しそうに声をあげる。
「いや、今のところは大したことはない」
『俺は喋っていいんだよ。真理は駄目だ』
生真面目な表情で首を振る沙耶から視線を移さず、リュートはパーティ会話で真理に言った。声を出さずに仲間と意思の疎通をする方法があると知れれば、それはそれでまた面倒の種になりそうだ。
『ええー……あっ、いままりちゃん、しゃべっちゃった……』
「なら放っておいても良いんじゃないか? わざわざ危険を冒すことはないだろ」
「いや、育ってからでは遅い。今の内に潰しておかねば」
『あー、いや、こっちの会話ならいいぞ。口動かして喋ったら負けな』
『わかったー!』
「そうは言ってもな……」
「貴殿の協力を得られる今こそが好機なのだ」
「俺にも戦えって言うのか?」
「いや。だが万一のため、ここを守る人間がいてくれるなら助かる」
「見返りは? 先に言っておくが、後藤さんみたいに女をあてがうのはやめてくれよ」
「……貴殿は、男色家なのか?」
「違う!」
きょとんとした表情で言う沙耶に、全力で否定する。
ロリコン呼ばわりされるのとどちらがマシだろうか、とリュートは考える。
「冗談だ」
そう言って、沙耶は笑みを見せた。
「その子の親を探しているのだと聞いた」
「心当たりでもあるのか?」
「いや、ない。ないが、有力な情報を持っている」
「有力な情報?」
「そう。『全てを知るパラノイア』の居場所だ」
そんな事ありえない……と、切って捨てることはできなかった。
本気でそれが出来ると信じ込んだとして、どこまで実現できるのか。
その見極めをするには、まだまだサンプルが少なすぎる。
『ねえねえ、りゅーと』
『なんだ、今ちょっとリュート忙しい』
『まりちゃんは、どうしたらかちなの?』
真理の素朴な問いに、む、とリュートは眉を寄せる。
「……そんなに見つめられると恥ずかしいのだが」
「ああ、いや、悪い」
視線を動かさないようにしていた為、リュートは沙耶をじっと見つめる形になっていた。
「それで……協力してもらえるだろうか?」
『ねえねえ、どうしたらかちなの?』
情報は欲しい。が、そのためにモヒカン達を犠牲にするとなると流石に気が引ける。何せ武装してない一般人にさえ負ける彼らのことだ。沙耶達には逆立ちしたって勝てないだろう。
『りゅーとぉ』
「リュート殿」
「ああ、わかったわかった」
答えてから、リュートは自分が口から声を出している事に気付いた。
ゲーム世界の住人になる程暮らしても、時折はやってしまう失敗。
いわゆる、Say誤爆である。
「ありがたい。協力に感謝する」
【クエスト:『モヒカン達を倒せ!』を受託しました】
「あー」
いつもの効果音と共にシステムメッセージが流れ、リュートは額をおさえた。
* * *
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【Say誤爆】
MoDには既存のMMORPG同様、複数種類のチャットが用意されている。
パーティメンバーにのみ聞こえるパーティ会話や、ギルド会話。
そして一定範囲に聞こえる通常の会話。通称、Sayである。
これらの会話は特定のジェスチャをしながら声を出すことで切り替えられるが、慣れれば念話の様に口を動かさずに、ジェスチャなしで切り替える事も出来る。
上級者ほどジェスチャなしでの切り替えを多用する傾向があるが、その分誤爆する確率も増える。特に、複数のチャットを同時に切り替えながら会話するのは熟練者であっても至難の業である。
* * *
「さて、参ったな……」
沙耶からあてがわれた部屋で、リュートはごろりと横になった。
「べっどだー」
武具の召喚に一日かかる、と言い訳して時間は稼いだが、焼け石に水だ。
「ふかふかー」
あいつらは危害なんか加えない。
そう説得してみるのも一つの手ではあるが、信じてもらえるかどうかは怪しかった。そもそもリュート自身がいまいちモヒカン達を信じていない。
微々たる量とはいえ、被害がでているのも事実ではあるのだ。
「りゅーとぉ、ねえ、りゅーとぉ」
どうしたものかと思い悩んでいると、真理がローブの裾を引っ張った。
「なんだ?」
「やくそくー」
「約束?」
「なんでもしてくれるっていった」
「……ああ」
唇をツンと尖らせ不満そうに言う真理に、ようやくリュートは思い出す。
喋ったら負け・ゲームは結局真理の勝ちという事にしたのだった。
「カレーか? それともケーキか?」
普段なら夕飯には遅く、間食は控えさせている時間帯だ。
だが、約束したからには仕方ない。
「まりちゃんね」
すると、真理は何やらもじもじとしながら、リュートを見上げた。
「りゅーとと、いっしょにねたい」
予想外の願いに、リュートは虚を突かれる。
「何だ。そんなんでいいのか?」
「うん」
恥ずかしそうに身体をくねらせながら、頷く真理。
そんな彼女に、リュートは笑みを漏らした。
「ほれ、こい」
「わぁいっ」
ベッドに横たわって腕を広げてやると、真理は文字通り飛び込んでくる。
「いつもは寝袋だったもんなあ」
リュートの魔法で呼び出せる寝袋は、特別製だ。
一種の結界になっていて、冷たい氷の洞窟だろうと、溶岩の迷宮だろうと快適に眠る事が出来る。その上、魔物に襲われる心配もない。
だが、一人用なので一緒に寝るのは不可能だった。
身体の大きさに関わりなく、一つにつき一人しか入れないのだ。
「あったかい」
「そうだなあ」
ぴっとりとくっ付いてくる真理の体温は高い。
「えへへへ」
真理は酷く嬉しそうに笑って、ぐりぐりとおでこをリュートの胸板に擦り付けた。何となくその頭を撫でてやれば、猫のように頬を擦り付けてくる。
「りゅーと、すきー」
ぎゅっと抱きついてくるその小さな生き物を、リュートは不思議そうに見つめた。
「どうしたの?」
「……いや」
何となく、リュートは真理の髪をわしゃわしゃと乱暴に撫でる。
「わひゃー」
真理は嫌がる様子もなく、きゃっきゃと声を上げた。
しかし、唐突にかくんとその頭が落ちる。
「寝たか」
まるで電池が切れる様に突然眠るのは、いつもの事だ。
マリーベルが言うには、子供というのはそんなものらしい。
しかし、流石にリュートにとっては眠るのはまだ早い。
身体を持ち上げると、クンとローブが引っ張られた。
視線を向ければ、真理が寝ながら裾を握りしめていた。
彼は起こした半身を再びベッドの上に横たえて、真理に布団を掛けてやる。
「好き……か」
電子の世界で、彼はずっと一人だったわけではない。
一時的に組んだ仲間は数え切れないほどいるし、数年以上の付き合いがある相手だって何人もいる。
だが、出会って一月も経たないこの幼い少女ほどに、ストレートに好意を伝えてきたものは、いなかった。
「……暖かいな」
その暖かさを感じながら、リュートはいつしか眠りについた。




