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幻実世界のパラノイア  作者: 笑うヤカン
第二章:わがままファッション
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相棒に、沈黙を

「なんか、上手く乗せられた気がする」

「まあまあ、いいじゃない。困難なほど燃えるんでしょ?」


 難しい顔をしながら歩くリュートに微笑んで言うと、彼は少し驚いたようにマリーベルの顔を見た。


「聞いてたのか?」


 確かそれを口にしたのは、真理が寝ている時だったはずだ。


「うん、聞いてたし、しっかり覚えてるよ」


 何故か誇らしげに胸を張って、マリーベルは頷く。


「お前にとっては十二年も前の話なんだろ? よくもまあそんな言葉覚えてるな」

「そりゃそうだよ。だってあの時から……」


 言いかけ、マリーベルは口を噤む。


「あの時から?」

「……内緒」


 続きを促すと、マリーベルは微笑んで唇に人差し指を当てた。

 数秒、リュートは彼女の顔を見つめる。


「……ま、良いけどな」

「今、口を割らせるクエストが出るかどうか待ったでしょ!?」


 その意図は見事にバレていた。


「まあ出るとも思ってなかったけど、一応な」

「何で?」

「クエストってのは基本的に、NPCから受けるもんだ。お前はもう仲間だろ」

「……うん」


 さらりと言ってのけるリュートに、マリーベルは表情を綻ばせる。


「ところで、どう思う?」

「えっ……? いや、あの、うん……そうだね、多分、うん。……そう、多分、アレ、だと思うよ……」


 急に顔を赤らめ俯くマリーベルに、リュートは不思議そうに眉をあげた。


「何の話をしてんだ? 俺が言ってるのは、あいつらの言ってたことだよ」

「あいつらって……モヒカンさん達の事?」


 小首を傾げるマリーベルに、リュートは頷く。


「あいつらが願ったから、俺が……」

「あ、ごめん。もう時間だ」


 リュートの台詞の途中で、マリーベルは光り輝いて縮んでいった。


「さあ、なんでもきくよ、りゅーと!」


 後には、何故かやたらと張り切ってこちらを見上げる真理が残る。


「……今晩の飯、カレーとオムライスのどっちが良い?」

「かれー!」

「飽きないなお前も」


 大喜びで告げる彼女に、リュートは嘆息した。



 * * *



「あれか……」


 開けた視界の先に、巨大な建造物が姿を現した。

 後藤達が根城にしていた学校は横に大きかったが、今度は縦に大きい。

 天を衝くかのような高層マンションだった。


 かつてはありふれた存在だったのかもしれないが、森の中にぽつんと建つ様はどこか不自然だ。


「さて、また盛大なお迎えがきたなあ」


 リュート達が近づくと、玄関からクロスボウを抱えた一団がわらわらと飛び出してきた。大半が女子供だった後藤のコミュニティと違い、こちらは戦力になる人間が十分にいるらしい。


「真理、動くなよ」

「うん」


 流石にモヒカン達の様に問答無用に吹き飛ばすわけにもいかない。

 リュートは真理を背後に庇いながら、油断なく彼らの様子を観察する。


 制服のような、全く同じ服に身を包んだ彼らは統率の取れた動きで一斉にクロスボウを掲げ、


「いらっしゃいませ!」


 そして、敬礼して見せた。


「……は?」


 肩透かしを食らって呆けるリュートの前に、一際目を引く女が進み出た。


 すらりとした長身を皺一つないスーツに包み、桜星の紋章のついた帽子をかぶっている。美人と言っていい顔立ちではあるが、美しいというよりも凛々しさが先に来る印象だった。


「白いローブを着こんだ子供連れ……君が、リュートで間違いないな?」

「ああ、そうだ」

「私は、このコミュニティの代表をしている立川 沙耶だ。よろしく」


 リュートが頷くと、女はそう言って手を差し出した。


「そっちはなんでか俺の名前を知っているみたいだが……リュートだ。よろしく」

「あしやまり、ごさいです!」


 握手にぶら下がるように両手を伸ばす真理を避けつつ、リュートは手を離す。


『こいつ、パラノイアだな』


 そして、パーティ会話でそう呟いた。

 別に何らかのオーラが出ていたりするわけではない。

 しかしその佇まいか、表情か。

 上手くは説明出来ないが、他の人間とは違う何かを、リュートの直感が告げていた。


『うん』


 真理もまた、そう感じているようだった。

 パラノイア同士は、互いに認識できるのかもしれない――


『おふくがきれいだもんね』

『えっ』


 そんな事を思った矢先に、当たり前のように言う真理の言葉にリュートは意表を突かれた。


 言われてみれば、確かにその通りだ。


 周りに並ぶ連中も、殆ど着た切りだった後藤達に比べて清潔な服を着ているが、それでも多少の生活感は出ている。

 それに比べ、沙耶と名乗った女の服はまるで新品にアイロンをかけたかのようにピカピカだ。


 リュートと真理にも、それは当てはまる。

 MoDには衣服が汚れるという概念がない。ずっと同じローブを着ているが、『ファウストのローブ』は最初に手に入れた時の純白を保ち続けている。


 一方で、真理の服は普通に汚れる。

 特にカレーなんかを食べた時には、跳ねたルーでまだら模様だ。


 しかしマリーベルに変身すると、変身の過程でそう言った汚れは全部落ちてしまうらしい。衣服だけでなく、身体の汚れまで全部綺麗になってしまう。

 流石のリュートも風呂までは召喚できないから、地味に有難い特性だった。


 ついでに言えば、モヒカンの連中もそうだ。

 彼らのファッションは実に奇異なものだったが、生活感の無さでは断トツだ。


『いや……だが、そこで判断していいのか?』


 今まで出会ったパラノイアでは百パーセントの統計だが、あまりに暴論のような気もする。


「どうした?」

「いや……何でもない」


 思い悩むリュートに、沙耶は不審そうに尋ねる。


「子連れの旅は疲れるだろう。まずは中でゆっくり休んでくれ」


 首を振ればそれを疲れと見たらしく、沙耶はそう言ってリュートをマンションの中に促す。


「やったー!」

「……ああ。そうさせてもらうよ」


 まあ、どうでもいいか。

 諸手を上げて喜ぶ真理を見てそう結論づけながら、リュートは頷いた。



 * * *


 Now Loading...


 【ファウストのローブ】

 リュートの着ている純白のローブ。

 伝説(レジェンダリィ)級のマジックアイテムであり、詠唱時間、再使用時間を共に大幅に軽減する。

 防具としての性能も後衛職用のものとしては非常に高く、炎、冷気に耐性を持つほか悪魔系のモンスターからのダメージを半減させる。

 元ネタはドイツに実在したとされる魔術師、ファウスト。メフィストフェレスという悪魔と契約した偉大な召喚師である。


 * * *



「いや、驚いたな……」


 高層マンションの最上階、地上58階。

 そこから見える絶景に、リュートは感心の溜め息をついた。


「後藤さんが散々驚かされたという君にそう言って貰えると、私としても嬉しい」


 そんなリュートに笑みを浮かべつつ、沙耶は紅茶の入ったカップを口元に運ぶ。


 これだけの高さのマンションだ。

 上下の行き来はさぞ大変だろう、というリュートの懸念は杞憂に終わった。

 なんと、エレベーターが機能していたのだ。

 おかげでこの58階まで、あっという間だった。


「やっぱり俺の名前は後藤のおっさんから聞いたのか」

「ああ。ここと後藤さんのところは何かと交流があってね。君ほど強力なパラノイアの存在を秘匿するわけにもいかないと思ったのだろう。気を悪くしないでくれ」

「いや、それは別にどうでもいいんだけどさ。通信手段もあるってことか?」


 後藤のコミュニティには、後藤以外に戦えるものはいなかった。

 道中、リュートと真理は無数の怪物達を蹴散らしながら進んできたのだ。

 あの道を通って人を遣わしているとは思い難い。


「そうだ。世界崩壊前のように自由自在とはいかないが、限定した場所になら連絡できる」

「エレベーターも動いてたしなあ。機械を動かせる異能者……いや、パラノイアか? そういうのがいるのか」

「いや、どちらでもない。あれは、信仰の力だ。我々は『カリスマ』と呼んでいる」

「カリスマ?」


 オウム返しの問いに、沙耶は頷く。


「今の世界で何かを為すには、一切の疑いなく信じ込んでなければならない。だが、そこまでには至らない信じる心が役に立たないわけでもないんだ。

 ――質が伴わないならば、量を集めればいい。多くのものが『もしかしたらそうかも知れない』と信じる事は、力になる」


「そういや、魔物もそうなんだったな」


 多くの人間が『もしかしたらいるかもしれない』と思った結果、実在しない筈の鬼や怪物が現れた。後藤は、そう言っていた。


「そうだ。と言っても、このコミュニティにいる程度の人数では、漠然と信じるだけでは成り立たない。ある程度の指向性、求心力が必要になる。その中心になるのが、『カリスマ』……この場合は、私だ」


 沙耶は己の胸に手を当てる。

 その姿はどこか神々しく、威厳に満ちて見えた。

 カリスマと呼ばれるのも思わず納得してしまう雰囲気がある。


「私自身は機械が動くとそこまで信じているわけではない。だが、私が『動く』と断言し、私の言葉を多くのものが信じてくれれば、動く」

「なるほどなあ」


 色々考えるものだ、とリュートは感心した。


「りゅーとぉ、まりちゃんおなかすいた」


 そんな会話をしていると、真理の腹が可愛らしくきゅるると鳴った。


「ああ、すまない。長話をしてしまったな」


 沙耶が部屋の外に合図すると、すぐに湯気を立てた料理が運ばれてくる。


「パンを幾らでも出せるとは聞いているが、毎回それでは流石に飽きるだろう。良ければ食べてみてくれ」


 干し肉と炒めた野草くらいしか食べるものがなかった後藤のコミュニティに比べれば、雲泥の差。スープに始まり、ソテーやサラダ、デザートの果物まで揃ったそれは料理と呼んで恥ずかしくない……どころか、今の世界の情勢を鑑みれば破格と言っていいだろう。


 だが。


「りゅーと、まりちゃんかれーたべたい」


 すっかり改善した食糧事情に舌の肥えた真理が、満足出来る内容ではなかった。


「我慢しろ。カレーなんて食べられる訳ないだろ」


 だが、パンを出せるというだけであれほど引き止められたのだ。

 真理と力を合わせれば殆ど出せないものなどない、と知れれば力尽くでも拘束されかねない。


「なんで? そこにあるでしょ」


 そんなリュートの思惑をよそに、真理はリュートの背負う皮袋を指差していった。


「カレーがあるのか?」

「いや、そのだな」


 案の定、沙耶がそれに食いつく。


『駄目だろ、言っちゃ。マリーベルになれる事は秘密なんだろ?』

「あ、そっか。秘密だった」


 パーティ会話で注意すれば、真理がうっかりそう口に出して、リュートは頭を抱えた。


「カレーも……出せるのか?」


 沙耶が身を乗り出して、リュートに鋭い眼差しを向ける。


「いや、そう言う訳じゃなくて、だな……」


 どう誤魔化したものか。


「水なら幾らでもある。玉ねぎ、人参、ジャガイモもだ。流石に米はないが、パンに付けても悪くはないだろう」


 リュートが悩んでいると沙耶がそう言いだして、カレールーを持っているものだと思われているのだと気付いた。

 考えてみれば当然だ。まさかカレーライスそのものを持ち歩くなどと思うわけもない。


「カレーは俺の能力で出したんじゃなくて、元々持ってたんだ。悪いが貴重なものだから、そうそう簡単に食べるわけにはいかない」

「そうか……いや、そうだろうな」


 リュートがそう言うと、嘘をついた事が心苦しくなるくらいに沙耶は落胆した。


 真理もそれは同じだったのだろう。


「かわりに、おむらいすいる?」

「オムライスもあるのか!?」

「真理……」


 そんな事を言い出す幼女に、リュートは再度頭を抱えた。


「も、もしかして、牛丼も……あるのか?」

「ないよ」

「……そうか」


 あっさり首を振る真理に、沙耶は肩を落とす。

 好物なんだろうか。


「あー、そろそろ、用件を聞かせてくれないか」


 その隙に、リュートは強引に話題を変える事にした。


「意味もなく俺達を接待してるわけじゃないんだろう?」

「ああ。武器も出せるという話だったな」


 沙耶はすぐに気を取り直し、背筋を伸ばして尋ねる。


「出せるのは矢と剣くらいだけどな。クロスボウの矢はないぞ」

「いや、十分だ。百人分、用意してはもらえないだろうか」

「百? 戦争でもする気か?」

「ああ」


 沙耶は不敵な笑みを見せながら、頷いた。


「渓谷に巣くうならず者たちを一掃するんだ」

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