奇跡を起こすことが義務付けられた日
すらりと延びる坂道の左右には、富裕層の一軒家がずらりと並ぶ。
駅や大きな道路からは遠いお蔭で騒音もなく、品の良い奥様方や子供達が時折姿を見せる程度。
リュートの記憶では、そこはそんな、閑静な高級住宅街のはずだった。
しかし今やそんな面影は微塵もない。
家屋は全面をツタや苔で覆われて、左右を絶壁で覆われた谷間のようになっていた。
そしてそんな絶壁の上に陣取っているのが野盗達だ。
モヒカン頭にサングラスをかけたいかにもな格好の荒くれ達が、銃を構えてずらりと並んでいる。谷間の底にいるこちらは、地の利を完全に奪われた格好だった。
「ヒャッハー! 見ろよ、上玉だぜ」
「リュート……」
口笛を吹いて値踏みするように無遠慮な視線を投げかけてくる男達に怯え、マリーベルはリュートの背に隠れる。
「痛い目は見たくねえだろ? なあ、兄ちゃんよ」
「食料と武器、それとそこの嬢ちゃんを置いていきな」
「安心しろ、殺しはしねえ。お前の代わりにたっぷり可愛がってやるからよ」
「うーん」
下品な笑い声をあげる男達を前に、リュートは唸り声をあげる。
相手は銃だ。ファンタズム・アーマーでも止められるかどうか、自信はなかった。
何故ならMoDに銃はないからだ。
流石に竜の一撃ほどの破壊力はないだろうが、防ぎきれるかはわからない。
仮に防ぎきれるとしても、相手に異能者やパラノイアがいる可能性もある。
そうなればかなり分が悪い。召喚魔法は万能ではあるが無敵ではない。
相手に『必ず貫く』と信じているパラノイアでもいればそれで終わりだ。
敵の戦力がわからず不利な状況にある以上、慎重な行動をするべきだ。
――と、普通なら考えただろう。
「メテオレイン」
だが残念ながら、リュートは普通とは程遠い世界観の持ち主だった。
杖を一振り呟けば、既に詠唱に入っていた呪文は解き放たれる。
詠唱時間、十八秒。
数多のレア装備で軽減しなければ三十分にも及ぶ長大な詠唱によって呼び覚まされたのは、無数の隕石群だった。
「ぎゃー!」
「ひぃぃっ!」
「うわあああっ!」
降り注ぐ焼けた石とその熱波、そして地面に衝突した勢いで弾け飛んだ破片によって、阿鼻叫喚の有様が広がる。
「いきなり何やってんのー!?」
「いや、これなら何とかなるかと思って」
メテオレイン。
数百を数えるMoDの魔法の中でも、屈指の地雷、もしくは浪漫魔法と呼ばれるものである。
なにせ基本詠唱時間三十分、基本再使用時間三十日という、使わせる気がないとしか思えないスペックだ。しかも事前にチャージしておくことが出来ない。
ただしその範囲の広さと威力の高さは折り紙付きだ。見渡す限りに布陣していた盗賊達は、その土台の建物ごと粉々になっていた。
「殺しちゃったの?」
「いや」
震える声で尋ねるマリーベルに、リュートは首を横に振った。
MoDにはプレイヤー・キルをオン・オフする設定がある。
これをオフにしておけば、どれだけ強力な魔法であろうと他のプレイヤーを傷つける事はなく、安心して範囲魔法を使う事が出来る。
勿論足場が崩れて無傷という事はないだろうが、死ぬほどの高さでもないだろう、とリュートは当たりをつけていた。
「さあて、もう一発欲しい奴はいるかあ?」
瓦礫の中からよろよろと立ち上がる山賊達に、リュートは嬉しそうに声を張り上げた。
* * *
Now Loading...
【プレイヤー・キラー】
MoDにおいて最も恐ろしい敵は、他のプレイヤーである。
PKと呼ばれる存在に殺されると、死体が一定時間その場に留まり、所持品等を奪われてしまう。大抵のプレイヤーはモンスターよりも高価な品を持っている為、自分よりレベルの低いプレイヤーを狩るのはもっとも金銭効率が良いと言われる。
ただし、プレイヤーを殺す度にカルマというデータが減少し、NPCとの交渉が不利になっていく。のみならず、被ダメージのふり幅が徐々に大きくなっていくというデメリットがある。
人を殺しすぎたPKは、常に一撃死の恐怖に怯えなければならないのだ。
* * *
「大変申し訳ありませんでしたー!」
瓦礫の上、ずらりと居並ぶ男達は一斉に土下座をして見せた。
「お前達に聞きたいことがある」
その全員が、鶏のように髪を逆立てた見事なモヒカンである。天を衝くかのような髪が揃って地に頭を垂れる様は、ある種壮観であった。
「三十歳位の女を襲った事はないか? 芦谷マナと言う名前らしいんだが」
「あ、ありません」
モヒカン達は即座に首を横に振る。
「本当か? 適当なことを言うとまた星を降らすぞ。今度は一人十回ずつは死ねるように本気でだ」
リュートの脅しに、モヒカン達は真っ青になって震え上がった。
『あんなの連発できるの?』
パーティメンバーにだけ聞こえる会話で、マリーベルが尋ねる。
『いや、流石の俺もあんなのは三日に一度しか撃てない。今のはただの脅しだ』
返ってきた答えに、マリーベルはホッと胸を撫で下ろす。
『一番強いのを撃っても精々、三回死んでお釣りがくるくらいだな』
しかし続く言葉に、頼もしく思うべきか呆れるべきか悩んだ。
「っていうかそもそも、俺達は誰も倒せやしねえんです」
「どういうことだ?」
リュートが首を捻ると、リーダー格なのだろうか、一際高くモヒカンを生やした男が立ち上がって両腕を広げた。
「見ての通りです。俺達、相当雑魚っぽいでしょう?」
「自分で言うの?」
マリーベルが呆れた表情で呟く。
「言うんです。わかっててこんな格好してんですから」
しかしモヒカンはむしろ誇らしげに、そう言い放った。
「俺達は全員パラノイアなんですよ」
「は?」
その告白に、流石にリュートもぽかんと口を開く。
「世紀末、崩壊後の世界と言ったらモヒカン! グラサン! 肩パッド! ……そんな心意気を持ってるんです」
「……全員が?」
「全員が」
モヒカン達は一様に頷き、それに忠実に従ってモヒカンも揺れる。
「この服装や髪型は、自然とこうなるんです。能力で」
「能力で?」
「能力で」
マリーベルはモヒカンを凝視しながら、思わずオウム返しに問う。
「銃もか?」
「弾は出ませんけどね」
差し出されてた銃の引き金を引いてみれば、カチカチと音がなるだけだ。弾が入っていないどころか、本物ですらない。プラスチックのように軽い玩具だった。
「日本には、銃を使える人間なんて殆どいないと思いますよ。ちゃんと撃てると信じるには構造が複雑すぎる。日常的に撃ってりゃ別ですが、ヤクザだってそうそう毎日銃を撃ったりしないでしょう」
この世界で特殊なことを行うには、それが呼吸をするのと同じくらい当然のことであると信じてなければならない。銃を撃つなら、銃を撃った反動やその感触、その結果どうなるかを、自分の手足を動かすのと同じくらいに想像できなければならないのだ。
「じゃあこの銃のおもちゃで人を脅して、荷物を奪い取ってたのか」
「その通り、と言いたいところなんですが……ま、荷物を奪えるのなんて滅多にないですね」
「ここを誰も通らないのか?」
「いえ」
モヒカン(人)は首を横に振った。
そうする度にふるふる震えるモヒカン(毛)が、マリーベルは気になって仕方ない。
「俺達がモヒカン雑魚だからです」
「なんだそりゃ」
きっぱり言いはるモヒカンに、リュートは困惑する。
「ちょっとでも刃向かおうって気概のある奴が一人居たら、俺ら全員束になっても敵わないんすよ」
「そうそう」
「何せ俺達、雑魚なんで」
そう言い張るモヒカン達は妙に嬉しそうだ。
「弱くなるパラノイアなんてあるんだね」
「なんつー難儀な能力なんだ……」
マリーベルが妙に感心したように声をあげ、リュートは頭痛を堪えるかのように額を押さえた。
「お前等、何が目的なんだ? なんでそんな恰好をしてるんだ?」
パラノイアにそんな事を尋ねても無駄だと知りながら、リュートは問う。
「救世主です」
しかし案に相違して、モヒカン達はすぐにそう答えた。
「俺達は雑魚です。悪役、やられ役です。でも、やられ役ってことは、やっつける役が必要なんですよ。この世の中を救うヒーローが」
モヒカンはサングラスを外す。
真摯な視線を向けるその素顔は、意外に若かった。
せいぜいが十代後半の少年たちだ。
「俺達はそのヒーローを待つために、ここでモヒカン雑魚をやってたんです」
「ヒーローねえ……」
怪訝な様子で、リュートは呟く。
「まあ、お前らが本気で信じてるなら、現れるかもしれない……のか?」
「何言ってるの?」
「何言ってるんスか」
半信半疑で呟くリュートに、マリーベルとモヒカンの言葉が重なった。
「リュート、今、この人達を一発でやっつけたじゃない」
「そうです。兄貴以外に救世主は考えられないですよ!」
「待て待て、ヒーローだの救世主だの、そんな柄じゃないぞ俺は」
予想外の反応に、リュートは慌てて両手をあげる。
するとマリーベルは、何やらこそこそとモヒカンに耳打ちした。
ふんふんと頷き、モヒカンはリュートを見据え。
「お願いします! この世界を救ってください!」
再度、両手を地面について頭を下げた。
断らないでしょ? と言わんばかりのマリーベルの笑顔が腹立たしい。
「わかった、わかったよ。……まあ別に世界を救うのも初めてじゃないしな」
「うおおおおお!」
リュートの言葉に、歓声が上がる。
腕を振り上げ盛り上がるモヒカン達の声を聞きながら、世界を救ったっていうのも多分別のゲームの話なんだろうな、とマリーベルは思った。
【クエスト:『救世主』を受託しました】




