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切り離された未来  作者: 篠井七紗
最終章 あなたを護るから
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本当の気持ち(4)

 そうだったんだ。アストもバッカスも、ルークさんも、実習生じゃなかったんだ……。アストはまだ17歳で、もう実習をしているだなんて凄いと思っていたのに、それどころか、もう半年も前からデイラートとして正式に宮廷魔術師として働いていたんだ。

「まあ、ルークが敵に寝返ったっていうのが予想外だったけど……。あなたたちが皆無事で、本当に良かった」

 ティアナ王女の言葉に、私はルークさんの姿を思い出した。初めて会った時、柔和な笑顔を浮かべていたルークさんは、次に会った時には別人のようだった。マスクで顔を隠していたルークさんは、いきなり魔法をぶつけてきたのだ。

 ──黒魔術師のアジトで会った時、ルークさんは、妹を蘇らせたいと言っていた。だけど、クラウスにそんな方法は無いと言われ、思わず掴み掛かっていったところを、逆に吹き飛ばされてしまった。

「あの……ルークさんは、どうなったの?」

 アストは、クラウスもルークさんも捕らえられたと言っていたけれど、ルークさんはクラウスに吹き飛ばされた後、倒れたまま動かなかったように思う。無事なのだろうか……。

「どうなったって、他の黒魔術師と同じように、地下牢に入れられてるけど……。さっき会ったガザックの話だと、一言も発さないで、大人しくしているみたい」

 ティアナ王女は不思議そうな様子だったけれど、そう教えてくれた。

 その話しぶりだと、とりあえず無事なようだ。そのことに不思議な安堵を覚えながら、私は質問を重ねた。

「ルークさんは、クラウスに騙されたみたいだったけど、これからどうなるのかな?」

「どうかな。まだ何も決まっていないと思うから、分からないけど……、アストも、ルークのことちょっと庇ってたし、多分謹慎で済むんじゃないかな」

「ええ!?」

 私は驚いて、思わず大きな声を上げてしまった。

 ルークさんが助かってくれたらいいと思っていたのだし、謹慎で済むのなら本当に良かったと思う。だけど、黒魔術師に加担した罪ってそんなに軽く済むものなの?

 私の疑問が表情に出ていたのか、ティアナ王女は小さく笑った。

「ルークが黒魔術師になってしまった以上は、死罪にしないのなら、謹慎にするしかないのよ。謹慎って言っても治療に十年は掛かるだろうし、かなり大変だと思うけどね」

「治療って?」

 一体何の治療だろうと思って問い掛けると、ティアナ王女は苦笑を浮かべた。

「ルークは、黒魔術師になっちゃったでしょ。黒魔法を使ったから、体内に毒素のある魔力が残ってるの。それを完全に排出するための治療をしなくちゃいけないの」

「え……」

 驚いて言葉を返せない私に、ティアナ王女は続けた。

「その治療って、かなり痛くて辛いらしいよ。私もよくは知らないけど……」

 私はそのとき、アストの姿を思い出していた。さっき会った時はいつもの姿に戻っていたからすっかり忘れてしまっていたけれど、黒魔術師のアジトでアストに会った時、アストはアイアンブルーの瞳に銀色の長い髪という、いつもとは全く異なる容貌をしていた。

 そして──、あの時、アストは確かに鎖の魔法を使った。以前寮で会話した時に、黒魔法だと言っていた鎖の魔法を、私や他の黒魔術師に対して使用したのだ。

「黒魔法って、黒魔術師にしか使えないんだよね?」

 思わずそう問い掛けた私に、ティアナ王女は不思議そうな目を向けた。

「そりゃあ、そうよ」

 じゃあ……、アストもやっぱり、黒魔術師なの? それって、どうして? デイラートなのに、黒魔術師だなんてことが、ありうるの? 陛下はそれをご存知なのだろうか。ティアナ王女やガザックも、知っているの……?

 開けば質問攻めをしてしまいそうな口を、ぎゅっとつぐんだ。何が何だかよく分からないけれど、これは、アストに聞くべきことだろう。不用意に他の人に聞いて、アストが不利益を被るようなことになっては困る。

 大丈夫。アストのことだから、何か理由があるはずだ。

 ──だけど、何か理由があるにしろ、黒魔法を使っていたということは、黒魔術師だということだよね。だったら、アストも、体内に毒素のある魔力を持っているということなのかな。それを完全に排出するための治療を、受けなくてはならないということだろうか。

 思わず考え込んでしまった私の顔を覗き込むようにして、ティアナ王女がにっこりと笑った。

「ねえ、黒魔術師の話なんて言うのは、宮廷魔術師に任せておいたらいいじゃない。そんなことより、私はお姉ちゃんとアストの話がもっと聞きたいな」

「え?」

 私とアストの話と言われても、プロポーズして貰えたことも、指輪を貰ったことももう話してしまったし……。何を話せばいいのだろう。私の困惑が顔に出ていたのか、ティアナ王女は私の右手を掴んだ。

「こっちの指輪は? これってやっぱり、アストの持ってたあの箱に入ってたの?」

 ティアナ王女がじっと見つめる先には、石の無くなってしまった指輪がある。ガザックが、アストの持っていた物だと言って、くれた指輪だ。あの時ガザックが、ティアナ王女が渡すべきだ、って言ったから持ってきた、と言っていたことを思い出した。

「ティアナ王女が、私に渡すように言ってくれたって聞いたよ。ありがとう」

「別にお礼を言うことじゃないけど」

 ティアナ王女はなんだか照れたように俯いた。

「でも、石が綺麗に取れちゃって。……うーん、凄い。実物って初めて見たかも」

 ティアナ王女は指輪をじっと観察しながら、良く分からないことを言っている。実物って何だろう。

「ガザックはね、四年前……アストから、初任務が終わったらプロポーズするつもりだって聞いてたんだって」

「え!?」

 そうなの……? それに、アストは、そんなことまでガザックに話していたの?

「だから、ガザックはあの箱を見せられたとき、直ぐに指輪が入ってるんだって気付いたみたいよ」

 ティアナ王女は水を勢い良く注ぐと、グラスに口つけた。

「初任務で張り切りすぎた結果、ああいうことになっちゃったんだろうけど……」

 ああいうこと、というのは、切り落としを受けたことだろうか。ティアナ王女はすっと目線を足元に落とした。

「だけど、良かった。その石が護ってくれて。じゃないとお姉ちゃんもアストも死んじゃってたかもしれないんだよね?」

 その言葉に、私は驚いて瞳をしばたたいた。

「え?」

 やっぱり私たちを護ってくれたのは、あの石だったの? クラウスの放った魔法から私を護ってくれた、翠色のしゃぼん玉のような膜は、あの石が作り出してくれたものだったということだろうか。

「クラウスが……黒魔術師が、何か魔法を放った時にね、翠色のしゃぼん玉が私を包み込んでくれたの。そのしゃぼん玉がはじける時に、指輪の石が割れたんだけれど……その石は、一体どういうものなの? ティアナ王女は、知っている?」

 思い切ってそう問い掛けると、ティアナ王女はグラスを握ったままで言った。

「それってね、古い護りの魔法なの。うんと昔、もっと魔力を持っている人間が世の中に沢山いて、魔力の無い人間は怯えるように生きていた時代に、魔力のない人間を護るために作られた魔法」

 魔力を持っている人たちが沢山いた時代──そんな時代があったことも知らなくて、私はびっくりして瞳を瞬いた。

「まあ、あんまり有名でもないのかな? あのね、魔力を持っているけれどまだ覚醒していない子どもを護るためなら、魔法式を込めた石を作るだけでいいの。咄嗟のときに組み立てる魔法式だけ書いておけば、持っている人の魔力を使って魔法が勝手に発動してくれるから、そんな石なら直ぐに作れる」

 アリシアがアストに貰った石がそれよ、とティアナ王女は言った。

「どうして知ってるの?」

「どうしてって……。さっき、アリシアが自慢げに見せてくれたからよ」

 ティアナ王女はくすっと笑った。

「でね、魔力を持たない人を護るための石は、そういう訳にはいかないの。魔法式だけ込めておいても、持ち主に魔力がなかったから、その式を組み立てられないからね。そこで、こういう指輪が登場するわけよ」

 ティアナ王女は身を乗り出して、ふふん、と笑った。

「私、見てないけど分かるわよ。その指輪、内側に”шёi ωрдяεδ”って彫ってあったでしょ?」

 不思議な響きが聞き取れなくて、私は目を瞬いた。今のは、この国の言葉じゃない。聞いたことが無い響きだけれど、どこかで聞いたことがあるような気もする……。

 あっ、そうだ。魔術師の紡ぐ詠唱に似ているんだ。

「それって、どんな字を書くの?」

「えーっとね……」

 ティアナ王女は軽やかに立ち上がると、本棚に立ててあったノートと、筆立てからペンを持って帰ってきた。いちいち侍女を呼ばないことに驚かされる。けれど、そういうところがティアナ王女らしいのかもしれない。

「こんなの」

 ティアナ王女はノートにさらさらと文字を書き綴った。綺麗な字で書かれていた言葉は、間違いなく私の嵌めている指輪の内側に彫られていたものだった。驚きながらも二、三度頷くと、ティアナ王女は得意げに笑みを深めた。

「やっぱり。あのね、この魔法はね、すんごーく時間が掛かるのよ」

「え?」

「さっき言ったみたいに、魔法式を埋め込んでおくだけじゃ駄目。発動するのに必要な魔力も注いでおかなきゃならないの。だけどね、魔力って無尽蔵じゃないから、いっぺんに沢山の魔力を注ぎ込もうとしても無理なの」

 ティアナ王女はノートを閉じると、瓶からまた、グラスに水を注いだ。瓶を持ったまま、入れようか、と問い掛けるように小首を傾げられたけれど、私は小さく笑みを作って、頭を振った。

「石につぎ込む魔力って、意外と沢山必要でね、勿論、程度によるけど……軽い炎魔法一つ防げればいいのなら、一週間と掛からずに出来上がるかな。だけど、例えば最大級の炎魔法一つ防ごうと思ったら、二、三ヶ月は掛かる。その間、毎日魔力を注ぎ込まなきゃならないの」

 私はびっくりした。そんなに時間を掛けて作るものなの!?

「沢山の魔力を溜めておけば置く程、複数回の魔法にも耐えることが出来るの。昔はね、魔力を持たない人間に対しては、そういう魔力を溜め込んだ指輪を渡してプロポーズするのが主流だったみたい」

 ティアナ王女はふふんと笑う。

「モテる人なんかは、込められてる魔法の量で愛情を測って結婚相手を決めたらしいわよ」

「えぇ…」

 驚いている私に、ティアナ王女は満足そうに笑った。

「さっきのこの文字はね」

 ティアナ王女は脇に除けていたノートを開いて、さっき書いた不思議な文字を見せてくれた。

「護りの魔術の名前なんだけど、この文字を彫って護りを掛けた指輪を渡すということは、プロポーズの意味だったのよね」

「その……この文字自体に、意味はあるの?」

「文字自体の意味というか……この指輪を渡すってことは、『俺があなたを護るから、一生傍にいて欲しい』というような意味になるの」

 くさいよね、とティアナ王女はおかしそうに笑った。

 『あなたを護るから、一生傍にいて欲しい』……。

 私は思わず、石の無くなった指輪をじっと見下ろした。

「こんな平和な世の中で、毎日せっせと魔力注ぎ込むなんで、そんな面倒くさいプロポーズ実践する人、なかなかいないよ。そもそも、そんな古い時代のプロポーズの仕方、知らない魔術師だって多いくらい」

 ティアナ王女はノートをぱたんと閉じると、悪戯っぽく笑った。

「だけど、魔法の大好きなアストのやりそうなことよね?」

 私はじっと指輪を見つめた。そう、だったんだ。あの綺麗な深みのある翠色は、アストが毎日丁寧に魔力を注ぎ込んでくれた証だったんだ。今は、もう無くなってしまったけれど、あの石が──切り落とされる前のアストの魔力が、私を護ってくれたんだ。

「で、一体どんな魔法くらったら粉々になったの? それが無かったら死んでたってアストが言っていたから、相当大きな魔法だったんだろうけど」

 私はクラウスの放った魔法がどんな風だったかを、必死で思い返した。あの時はいっぱいいっぱいで、魔法をじっくり見ている余裕なんてなかったけれど、兎に角大きくて、黒く禍々しい球体だったことだけは覚えている。

 私がそれを伝えると、ティアナ王女は小さな口をあんぐりと開いて、驚いたように言った。

「そ、それって、即死系の黒魔法じゃない!?」

「え!?」

 やっぱり、あれは、即死系の黒魔法だったの!? クラウスは、即死系の黒魔法を使えたの!?

「一発で砕けたとは言え、即死系の黒魔法防ぐって尋常じゃないよ、それ」

 ティアナ王女はぱちぱちと瞳を瞬く。

「そんな石作ろうと思ったら──うーん、アストでも、少なくとも一年は掛かるんじゃないかな。私なら三、四年は掛かるかな……」

「ええっ!?」

 一年!? 一年もアストはこの指輪に魔力を込めてくれていたの? それって、私と付き合いだして数ヶ月後には、もう魔力を注ぎ始めていたということ……?

 そんなに長い時間を掛けて大切に作ってくれた石だったのに、あんな一瞬で割れちゃったんだ……。それだけの威力を持った黒魔法だったんだ、と今更ながらに身体が震えてくる。

 そのことに気が付いたのか、ティアナ王女は手を伸ばして、私のことをぎゅっと抱き締めてくれた。

「即死系の黒魔法を防ごうと思ったら、ちょっと複雑な魔法式を組み立てないといけないの。それには時間が掛かるし、何より、魔力の尽きていたアストには不可能だったと思う。指輪があって、本当に良かった……。指輪が無かったら、本当に二人とも死んじゃってたかも知れないんだね」

 あの時もし指輪が無かったら、私もアストも、死んでいたかもしれないんだ……。

「前だって……、間に合わなくて、防御壁が中途半端な状態だったからこそ、アストは切り落としなんて妙なリフクトを受けるはめになったんだから」

 ティアナ王女の言葉に、私はぎゅっと目を瞑った。アストは四年前、ああいった禍々しい魔法を咄嗟に防ごうと陛下の前に立って……、人生の内の六年間を、切り落とされたんだ。

「こんな平和な時代に、せっせとそんな指輪作ってたなんて、って思ったけど、それがあったからこそ、二人とも無事だったんだよね。……本当に、良かった」

 ちゃんと文字通り護ってくれたんだねと、ティアナ王女は小さく笑った。

「だけど、アストって前と何も変わってないんだね」

 どういう意味だろう。ティアナ王女は私の体をそっと離すと、今度は左手を持ち上げて、私の薬指に嵌められた指輪をじっと見つめた。

「だって、こっちの石もшёi ωрдяεδが織り込まれてるでしょ?」

 さっきと同じ、聞き取れないフレーズがティアナ王女の口から飛び出した。多分、さっきの指輪に込められた魔法のことを言っているのだと思う。

「え……、そうなの?」

 私は驚きながら、薬指の指輪を見下ろした。真ん中には、小さな翠色の石と、透明な石が斜めに配置されている。

「この透明の石は飾りだけど、翠色の石の方には魔力を感じるもの」

 そういえば、さっきアストがこの指輪をくれた時、作った(・・・)って言っていたっけ……。あの時は指輪をもらえた喜びでいっぱいいっぱいになっていて気が付かなかったけれど、今のアストも、こんな指輪を作ってくれていたんだ……。

「過去の自分が指輪を作っていたことなんて知らなかったはずなのに、やっぱりアストって魔法馬鹿なのね」

 ティアナ王女はおかしそうに笑っている。

「魔法馬鹿、って」

「間違ってないでしょ?」

 楽しそうに笑うティアナ王女につられて、思わず私もふふっと笑った。

「今度のは流石に、即死系の黒魔法は防いでくれなさそうだけど」

 そう言って、ティアナ王女は穏やかに笑う。いつから作ってくれていたのかは知らないけれど、私と今のアストが知り合ってから、まだ三ヶ月も経っていないのだから、当然だろう。

「でも、本当に、良かった。……幸せになってね、お姉ちゃん」

 ティアナ王女はにっこりと笑ってそう言ってくれた。私はそれが本当に嬉しくて、思わずぎゅっとティアナ王女に抱きついた。

「わ!」

 私の方から抱きついたのは初めてだったからか、ティアナ王女は一瞬驚いた様子で固まっていたけれど、その後すぐにぎゅうっと抱き締め返してくれた。

「お姉ちゃん!」

 そのとき、コンコン、と扉がノックされた。

「どうぞ」

 相手が誰かも分からないのに、誰何(すいか)の声を掛けることもなく、ティアナ王女は即座に答えた。

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