表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
切り離された未来  作者: 篠井七紗
第四章 ひたむきな想い
PR
22/44

恋の炎(2)

 私とティアナ王女が寝室へ入ると、アリシアはぐっすりと眠っているようだった。私はベッドのすぐ傍のカーペットに、毛布を抱えて寝転ぶ。ティアナ王女は囁くような声で言った。

「私も床で眠るわ」

 私はびっくりして、ぶんぶんと首を横に振った。

「ベッドで眠って下さい。アリシアにもちゃんと言ってありますので」

「でも、あなたの家なのにそういう訳には行かないわ」

 ティアナ王女が口調を強めた時、ベッドの上でアリシアが身じろぎした。

「……、おかあさん?」

「ごめんね、アリシア。起きちゃった?」

 アリシアは瞳を擦りながら起き上がると、私に両手を伸ばしてきた。

「おかあさん、しあ、おトイレいきたい…」

「うん、分かった。行こうか」

 私はティアナ王女に少し待っていて下さい、と告げ、アリシアを連れてトイレへ向かった。


 私とアリシアが寝室に戻ると、ティアナ王女はさっき私が包まろうとしていた毛布に包まってカーペットの上に横たわっていた。

「ハノン」

「…すーすー。すーすー」

 ティアナ王女は不自然な寝息を立てている。

「おねえちゃん、へんなの」

 アリシアがおかしそうに笑った。

「ハノン、ベッドで眠って下さい」

「私はもう眠っているの。起こさないで。すーすー」

 ティアナ王女は頑として瞳を開けず、憮然とした声で言う。アリシアがきゃっきゃとはしゃぐように笑った。

「わーい、しあも!」

 アリシアはティアナ王女の隣へ行くと、そこへ横たわった。

「アリシア」

 ティアナ王女が驚いたように目を開ける。アリシアはにこにこと笑っている。

「おかあさん、こっちでねよう!」

 アリシアがきらきらと瞳を輝かせながらそう言った。

「ハノン、私とアリシアが床で眠りますから」

「えー、おかあさん、みんなでここでならんでねようよ」

 寝室はそんなに広くないから、三人で床に並んで眠ると少し窮屈だ。私が戸惑っていると、ティアナ王女はにっこりと笑った。

「いいわね、それ。リディ、そうしましょう」

 ティアナ王女はむくりと起き上がると、ベッドの上から毛布を引っ張り、それを私に手渡した。

「ハノン」

 困り果てて名前を呼んだけれど、ティアナ王女はさっさと毛布の中に戻ってしまった。

「早く寝ましょう」

「おかあさん、ねよう!」

 ティアナ王女はもう目を瞑って眠る体制に入っている。王女をこんなところで眠らせるなんて、ととてもいたたまれない気持ちになったけれど、王女はもう頑として意思を曲げるつもりは無いようだった。結局私は根負けして、アリシアの隣に寝そべった。ティアナ王女、アリシア、私と、三人で床に並んで横たわる。

「おとまりかいみたいだね」

 アリシアはにこにこと笑った。

「おとまりかい?」

 ティアナ王女が、不思議そうに問い掛けてきた。

「保育園にお泊りする行事が時々あるんです」

 私がそういうと、ティアナ王女はへぇ、とオリーブ色の瞳を見開いた。

「えへへ」

 アリシアはティアナ王女ににっこり笑いかける。ティアナ王女は瞳を細めて優しく笑うと、アリシアの頭をそっと撫でた。アリシアは尚嬉しそうに笑う。

「ハノンおねえちゃんのおてて、あったかいね」

「そう?アリシアの手、冷たいの?」

 ティアナ王女は毛布の中でアリシアの手を握り締めて、つめた、と呟いた。

「子どもって体温高いものだと思ってたわ」

「さっきおトイレに行って手を洗ったので、冷えてしまったんだと思います」

 私がそう言うと、ティアナ王女はなるほど、と笑った。

「じゃあ手を繋いで寝ようか。私の手のあったかいのがアリシアにも移るように」

「うん」

 アリシアは嬉しそうに笑っている。それから、反対の手を私に差し出した。

「じゃあ、ハノンおねえちゃんのあったかいのもらったら、おかあさんにもあげるね」

「アリシア…」

 私は小さく笑って、アリシアの小さな手を握った。

「ありがとう」

「うん、しあもおねえちゃんに、ありがとうする」

 ティアナ王女はくすりと笑った。


 翌朝私が起きた時、ティアナ王女とアリシアはまだ眠っていた。二人を起こさないようにそっと毛布から抜け出し、寝室を後にする。顔を洗って、キッチンで朝御飯の準備をしていると、ティアナ王女が目を擦りながらやってきた。

「おはよ…」

「おはようございます」

 ティアナ王女は小さな欠伸をしながら、テーブルにつく。

「なんかやることある?」

「とんでもありません、もうすぐ終わるので、ゆっくりしていて下さい」

 ティアナ王女はうーん、と返事とも唸り声とも取れる声を漏らす。

「じゃあ顔洗ってくる…」

 手渡した洗いたてのタオルを持って、ティアナ王女は洗面所に消えた。

 アリシアが起きた後で、三人で朝御飯を食べた。食器を片付けた後、鏡の前にアリシアを座らせ、いつものように髪の毛を二つに分けて結う。ゴムで括りながら鏡を覗いた時、ティアナ王女がじっと見ていることに気付いた。

「ごめんなさい、すぐに終わらせます」

 待ちくたびれたのかと思ってそう声を掛けると、ティアナ王女は首を横に振った。

「ううん、気にしないで。もの珍しくて見ているだけなの」

「もの珍しい、ですか?」

 どこがだろう、と首を傾げると、ティアナ王女はくすりと笑った。

「だって、私はお母様に髪の毛を結って頂いたことなんてないから」

 言われて初めて、そういえばと気が付いた。王女には専属の侍女がついているし、髪の毛を整えるのも侍女の仕事のはずだ。

「髪の毛は基本下ろしっぱなしだし、何かの行事の折には結うこともあるけれど…、ほら、なんかいっぱい薬みたいなのつけて、仰々しく纏められて、キラキラとか花びらとか、いっぱい散らされたりするわけよ」

 ティアナ王女の言い方がおかしくて、思わずくすっと笑ってしまった。確かに、国の公式行事の場などにティアナ王女がお見えになるときは、髪は綺麗に編みこんで纏められていた。キラキラ光るラメみたいなものや、その季節の花びらを何枚か散らして乗せるのも、何度か見たことがあるから良く分かる。

「そうやって、ブラシを使ってお母さんにシンプルに結ってもらうの、なんか羨ましいなーって思って。左右の量がちょっと違ったり、短い毛がこぼれてたりする雑な感じが、凄く憧れるのよね」

 言っている内容は結構酷いのに、ティアナ王女が本当に羨ましそうに言うので、私は面食らってしまった。髪の毛を結ぶ手が止まってしまっていたらしく、アリシアにおかあさんはやくー、と急かされる。私は慌てて髪をゴムで結いながら、ティアナ王女に問い掛けた。

「あの、…良かったら、ハノンの髪も結いましょうか」

 全く見当外れだったら少し恥ずかしいなと思いながらそう声を掛けると、ティアナ王女はぱっと顔を華やがせた。

「いいの?」

「はい、こんなもので宜しいのでしたら」

 結び終えたアリシアのツインテールを整えながら言うと、ティアナ王女は満面の笑みで頷いた。

「その感じがいいのよ!ハノンに頼んだって、薬でかっちりきっちり固めてしまうんだもの。私はその雑な感じがいいの!」

 瞳をきらきらしながら訴えてこられる様子が、なんだか微笑ましくて思わず笑ってしまった。私はアリシアを立たせて、ティアナ王女に鏡の前に座ってもらった。

 思わず結びましょうかなんて言ってしまったけれど、王女相手になんてことをしているんだろう、とふと我に返る。だけれど、わくわくした様子で鏡越しに私を見つめているティアナ王女を見て、こんなに喜んで頂けるのならと気を取り直す。

「アリシアと同じ結び方で宜しいでしょうか?」

「うん、お願いね」

 ティアナ王女は振り返ってにこりと笑った。同姓なのに、あまりにも可愛らしい笑顔になんだかドキドキしてしまう。

 私はブラシを手に取り、ティアナ王女の髪の毛を整え始めた。今朝また被った焦げ茶色のウィッグは、ティアナ王女の輝かしい藤色の髪の毛よりも大分軋んでいるけれど、思っていたより触り心地がいい。やっぱりそれなりに高いウィッグを使っているのかもしれない。私はそんなことを考えながら、髪を左右で二つに分けて、耳の辺りで結わえた。ティアナ王女はなんだかもじもじしながら鏡を見つめている。

「どう、でしょうか?」

 王女が何も言わないので不安になって問い掛けると、ティアナ王女は満面の笑みで振り返った。

「ありがとう、リディ!凄く気に入ったわ。なんだか村娘みたい!」

 村娘みたいというのは野暮ったいという意味なのかもしれないけれど、邪気なんて微塵も感じさせない笑顔でそう言われると、なんだかこちらも嬉しくなってしまう。

「喜んで頂けて良かったです」

 ティアナ王女のお人形のように愛らしい顔立ちには、子ども染みた二つ結びも妙にマッチしている。美しい人は何をしても似合うというのはこういうことね、と感心しながら、私はうんうんと頷いた。

「ふふ、リディ、ありがとう。あなたって本当…、いいお母さんよね」

「え?」

「私ってほら、お母様との思い出なんてあんまりないし、アリシアとリディを見ていたら、なんだか羨ましくなっちゃって。リディみたいなお母さんが欲しかったなー…なんて」

 私と三つしか変わらないティアナ王女に、私のようなお母さんが欲しかったと言われ、嬉しいような悲しいようなちょっぴり複雑な気持ちになる。ティアナ王女のお母様である王妃様は今もご存命であらせられるけれど、王家の人間はあまり子育てには参加しない。基本は乳母にまかせっきりだ。環境は全く異なっているけれど、子どもの頃に母親を亡くしている私には、ティアナ王女が親の愛情を欲する気持ちはよく分かる気がした。

「って、年も大して変わらないのに、お母さんなんて失礼よね。ごめんなさい」

 なんだか困ったように謝られて、私は慌てて首を横に振った。

「私は実際、娘を持つ母親ですから。それに…、そう言って頂けてちょっと嬉しいです」

 私をちらりと一瞥したティアナ王女は、少し躊躇いがちに言った。

「…じゃあ、私の"お姉ちゃん"にだったら、なってくれる?」

「と、とんでもありません」

 私は慌ててかぶりを振る。ティアナ王女を妹のように扱うなんて、とんでもない。

「…そっか。そうだよねぇ」

 ティアナ王女はしょんぼりした様子で呟いた。

「私の本当のお姉様は、私が小さい時に隣国に嫁いじゃったから、あまり親しくはないし…。お姉ちゃんっていう存在にも、凄く憧れがあるんだけど……」

 ティアナ王女のお姉様というのは、第一王女であるフィオナ王女のことだ。フィオナ王女はティアナ王女よりも八つ年上で、丁度九年前に隣国に嫁いでいかれたから、私もよくは存じ上げない。

「ハノン……」

 肩を落とした姿を見て、少し胸が痛くなる。

「……あの、それでは…、今日だけ、というのはどうでしょうか」

 思わず、そんな提案をしていた。

「え?」

 ティアナ王女が不思議そうな目を向ける。私は躊躇いながらも言葉を続けた。

「今日、ガザックのところに行くまでの間だけ、私をハノンのお姉ちゃんにして頂けますか?」

 ガザックのところに行くまでは後少ししかないし、そこまで送り届ければ、もうティアナ王女とこんな風に言葉を交わせることも無いだろう。もしも私なんかでティアナ王女に喜んでもらうことが出来るのなら…そう思って提案すると、ティアナ王女は嬉しそうに頷いてくれた。

「いいわ、それで。宜しくね、お姉ちゃん」

「はい」

 私も笑顔で頷き返すと、ティアナ王女は唇を尖らせて、首を横に振った。

「違うわ、お姉ちゃんは妹にそんな口の利き方をしないでしょ」

「う、…ん、そうね、ごめんなさい」

「うん。じゃあ、行きましょう」

「は…、う、うん。そうね。行きましょうか。アリシア、お外行こうね」

 ゴムやブラシをボックスに片付けながら言うと、アリシアはにっこり笑って頷いた。


 日が高く昇った頃、ようやく私たちは家を出て、バッカスやアストの住まう寮へ向かうことにした。まだ三歳のアリシアにお留守番をさせる訳にはいかないので、アリシアを連れ、三人で寮への道のりを歩いていた。もうアリシアにアストと会わせたくはないので、ティアナ王女には、入り口の前までしか送らないことを告げてある。王女は不思議そうだったけれど、何も聞かずに分かった、と言ってくれた。

「ハノンおねえちゃん、どうしてかみのけのおいろ、ちがうの?」

 私と手を繋いで歩きながら、アリシアは不思議そうに言った。昨日と同じウィッグを被っているティアナ王女は、小首を傾げて見せた。

「この色、駄目かな?」

 アリシアはふるふると首を横に振る。

「だめじゃないけど、でも、きのうのおいろのほうがきれいだったよ」

 少し遠慮がちにアリシアが言うと、ティアナ王女は嬉しそうに笑った。

「ふふ、嬉しいな。ありがとう」

「えへへ」

 ティアナ王女が笑ったのでほっとしたのか、アリシアもにっこりと笑う。

「でもね、きょうはおそろいでうれしいんだぁ」

 耳の上あたりにある結び目を触るアリシアを見て、つられるように私も笑顔になる

「良かったねぇ、ハノンお姉ちゃんとおそろいで」

「私もお揃い嬉しいな。…お姉ちゃんもお揃いに出来たら良かったのにね」

 私が髪の毛結べたら良かったんだけど、不器用だから。ごめんね、とティアナ王女に言われて、私は慌てて首を横に振った。結ぼうと思えば自分で結ぶことは出来るのだけれど、ティアナ王女のように可愛らしい容姿を持つ訳でも無い私が二つ結びをするのは、どうもしっくり来ない気がしたのだ。

「あの角を曲がればもう直ぐつくよ」

 私がそう声を掛けると、ティアナ王女はそうなんだ、と頷いた。

「思っていたよりは近かったわね」

「もっと遠いと思ってた?」

 少しだけ慣れてきた口調で問い掛けると、ティアナ王女はこくりと頷いた。

「だけどこの辺って何もなくて、退屈だわ」

「田舎だものね。でも、景色は綺麗でしょ?」

 私がそういうと、ティアナ王女はくすりと笑った。

「ええ、そうね。是非また来たいわね」

「しあのおうちも、またきてね」

 アリシアがふいにそういってにっこりと笑った。ティアナ王女もつられるようにアリシアに笑い掛ける。

「ええ、約束ね」

 寮の直ぐ傍まで来たところで、私とアリシアは、ティアナ王女にお別れを言うことにした。ここまで見送ればもう大丈夫だろう。

「ごめんね、色々ありがとう」

 ティアナ王女の言葉に、私は首を左右に振る。

「ううん、楽しかった」

「しあもたのしかったー!」

 ティアナ王女ははにかむように笑った。

「私も楽しかった。ありがとう。アリシア、"お姉ちゃん"。また遊びに来るからね」

「ええ、待ってるわ」

 今度なんて無いだろうなと思いながらも、その言葉を嬉しく思い、私は笑って頷いた。私とアリシアが手を振ると、ティアナ王女は満面の笑みで手を振り返してくれた。ティアナ王女が寮の前に辿り着くのを見届けてから、私とアリシアは家に向かって元来た道を歩き出す。私はアリシアの手を引いて歩きながら、ちらりと振り返った。

 ──ティアナ王女はアストに会えたかな?アストは、ティアナ王女が会いに来たと知ってどんな反応をするんだろう。そんなことを考えて、ずきりと胸が痛くなる。やめよう。こんなこと、私には関係の無いことだ。

 ティアナ王女はとてもお可愛らしくて、真っすぐで、気取ったところの無い素敵な女性だった。あんなに素敵な女性だということを知ることが出来て良かったと思う。これで、アストとの婚約のことも応援できる。彼女のひたむきな想いは、きっとアストを幸せにしてくれる。──これで、良かったんだ。二人には、絵に描いたような最良の未来が待っているんだから。私はもう振り返らずに、アリシアの手を引いて、家に向かって歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ