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切り離された未来  作者: 篠井七紗
プロローグ
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切り落とされた6年(2)

 翌日、突然の休暇を与えられた。私は何もする気になれなくて、ずっとベッドの中で泣いていた。きっと女官長は気を使って休みをくれたんだろうけど、どうにもならない現実に悶々することはただ辛いだけで、それならばいっそ忙しさに忙殺されていた方がましだと思った。


 ――─ガザックは、アストに切り落とし魔法を受けたことを話したと言っていた。アストは思いの外冷静で、自分がたった十九歳でデイラートに選ばれたという事実に興奮していたそうだ。

 切り落としは人生の数年間をただ無かったことにする魔術のようだから、被術者の魔術の才能が無くなる訳ではない。将来の展望を約束されたといっていい状況で、アストは今度はデイラートの最年少記録をさらに塗り替えてやる、と高揚していたらしい。

 十三歳までの記憶しか持たない彼には、空白の六年間がある。これからは今まで後輩だった者たちと同じ土俵で戦わなければならないのだ。しかし、それに対する不安も見せず、寧ろ張り切っていたと聞いたとき、泣きながらも少し笑ってしまった。

 ああ、やっぱりアストはアストなんだな。魔法が大好きでそれしか頭にない、魔法馬鹿のアストなんだ、って。


「―─本当に、いいのか?」

 昨日、ガザックに連れられて医務室を出た後、ガザックは私に、二人の関係を話した方が良いのではないかと問い掛けてきた。でも、さすがにそれには頷けなかった。私との記憶をすべて失ってしまったアストに、過去の事実を伝えたところで、想いは帰っては来ない。寧ろ、アストに気を使わせるだけだ。

「彼の負担になるだけだから……いい」

「だけど、そんなのって……あまりにも辛くないか……?」

 そんなこと聞かないでよ、って思ったけど、ガザックが気を遣ってくれているのは分かっていたから、私は微笑んで見せた。うまく笑えていたのかは、分からないけれど。

「私は、大丈夫だから」

 本当は、ちっとも大丈夫ではなかった。アストを失ってまで、生きていく意味があるのだろうか、と思った。それでも、私のお腹の中には小さな命がいる。私の勝手で、この子の未来を奪うわけにはいかない。……せめてこの子が大きくなって一人立ちするまでは、私は強く生きていかなくちゃ。


 私は次の日、王宮で働く侍女たちを纏める女官長に、けじめをつけるためにアストの使用していた部屋を見たいと声をかけた。彼女は何も言わずに鍵を渡してくれた。

「今日は見習い術師は遅番だから帰って来ないから…ゆっくり、してきなさい」

 私はただ頭を下げ、女官長に背を向けた。

「……リディ」

 ためらいがちにかけられた声に、振り返る。

「陛下はアストにあの個室を使い続ける許可を下さったのだけれど、アストは見習いのための大部屋に入ってやり直すって言ってるの。明日には、荷物を動かすから…ね。大部屋には、最低限の荷物しか持っていけないわ。必要なものがあれば、あなたが持っていってしまいなさい」

 女官長の労るような声に、私はただ頭を下げた。必要なもの、っていうのは、きっと私とアストの想い出の品のことだろう。アストは私の記憶を持たないし、きっと私との想い出の品は全て捨ててしまう。


 渡された鍵を差し回し、そっと扉を開く。アストの部屋は、何も変わってはいなかった。たくさんの思い出がつまったその部屋にそっと足を踏み入れる。じわり、と涙が滲んできた。ここは、何も変わっていないのに。でも、全てが変わってしまった。私のアストはもうここには帰ってこない・・・。

引き出しから、二人で写った想い出の写真をすべて抜き、私のかばんに押し込んだ。アストが私と付き合っていたことは、内緒にするように皆に頼んでいる。だから、アストの手元にも、私と付き合っていたことを匂わせるようなものは置いていけない。

 他にも何かあっただろうか。部屋の中を見渡して、コルクボードに留められたピンにかかったネックレスに気がついた。アストの18歳の誕生日に私があげた、シルバーのシンプルなネックレス。これも、捨てておこう。そう思って手を伸ばしたけど、手が震えて、上手く取れない。

 一緒に過ごしたはじめての誕生日にあげたんだ。誕生日の前の週に、何を買えばいいか凄く悩んで、何軒もお店を周って。最後に入ったお店でこのネックレスを見つけて、これだ!って思って買った。アストは凄く喜んでくれて、遊びに行くときは大抵これをつけてくれていた。

 私があげたネックレス。でも、私があげたという証拠は無い。アストも気に入ってくれていたし、捨てなくても、いいよね?いらなかったら、アストが自分で捨てるだろう。まだ13歳のアストは、少し大人っぽいこのネックレスを気に入らないかもしれない。でも、いい。捨てられてもいい。自分で捨てることは、どうしても出来そうにない。知らないところでアストに捨てられていても、それは仕方が無い。

私はネックレスを取ろうとしていた指を引いて、背中を向けた。



 ──次の日、私は王宮の侍女を辞めた。いきなり辞めて周りに迷惑をかける私に、誰も文句を言わなかった。侍女仲間の女の子たちが泣いて見送ってくれて、私も一緒になって泣いた。また絶対に会おうと約束して、手を振って別れた。

 本当は、子どもを育てていくことを考えたら、王宮を辞めない方が良かったのだと思う。侍女のお給金はとても良い。何かに秀でている訳でもない私が、この先、侍女以上に良い職に就ける見込みは無かった。でも、王宮で働き続けるということは、アストにも会うということだ。アストがまた年齢を重ね、愛する人を見つけ、その人と寄り添っていくような未来を傍で見続けるなんてことは、とてもできそうになかった。

 それに何より、王宮で私が子どもを産めば、その父親が誰なのかは自然と知れ渡ってしまう。アストに迷惑をかけるようなことは、したくなかった。

 どこか遠くの村へ行こう。この子と二人で、暮らしていこう。貧しい生活になるかもしれないけれど、母子二人で頑張ろうね。

涙を拭って、まだ膨らんでいないお腹をそっと撫でた。

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