第八章「泥棒の答え」
本日投稿2話目です!!
二月十五日。法術審議会。
レンは傍聴人として会場にいた。資格は停止中だが、審議会の傍聴は市民に開放されている。鷹司が「来るなら止めない」と言ったのは——招待なのか、挑発なのか、レンにはわからなかった。
傍聴席には財前と水無瀬もいた。三人並んで座っている。美咲が来ていないか探したが、見当たらなかった。
審議会は半円形の議場で行われた。議員席に二十四名の法術審議委員。正面の演壇に発表者が立つ。
三番目の議題が呼ばれた。
「議題第三号。適性スコア制度の測定精度に関する見直し提案。——提案者、五条院紫月委員」
五条院が立ち上がった。
一か月ぶりに見る彼女は——痩せていた。頬がこけ、目の下に影がある。だが目の光は消えていなかった。
演壇に立った五条院は、マイクに向かって静かに話し始めた。
「本提案の要旨を説明します」
スクリーンにスライドが映し出された。
「適性スコア制度における構造的欠陥の是正に向けて」
1. TSM-04型測定装置の閾値処理による精度欠陥(仕様書p.141)
2. 境界域被験者(0.2〜0.5)約19,000名の再測定の提案
3. 再測定に基づく適性ランクの再判定制度の新設
4. 特例推薦枠の運用ガイドラインの整備
内容は——レンが書いた報告書がベースだった。五条院がそれを審議会向けに再構成したものだ。
レンは傍聴席から五条院を見ていた。彼女の声は落ち着いている。データを淡々と提示する。感情的な訴えは一切ない。ただ事実を、順番に、正確に。
十五分のプレゼンテーションが終わった。
議場が静まった。
最初に手を上げたのは——鷹司だった。
「五条院委員に質問します」
鷹司の声は硬かった。傍聴席からでも緊張が伝わる。
「再測定制度を導入した場合、境界域から新たにAランク以上と判定される被験者が出る可能性があります。その場合、既存の法術師の配属枠への影響について、どのような試算をされていますか」
五条院が答えた。
「試算では、境界域一万九千名のうち、Aランク以上と再判定される可能性がある被験者は約三百名から五百名と推定されます。この数は現在のAランク以上の法術師の総数——約四千二百名——の七パーセントから十二パーセントに相当します」
「七パーセントから十二パーセントの増員は、配属計画の再構築を要します。社会的コストは——」
「コストは発生します。しかし、一万九千名の市民が不正確な測定によって機会を奪われているコストは、どのように計算しますか」
議場がざわめいた。
五条院が続けた。
「委員の懸念は理解しています。急激な変更は混乱を招きます。ですので、本提案は段階的な導入を前提としています。初年度は希望者のみの再測定。二年目以降、対象を拡大。配属枠の調整は三年間の移行期間を設ける」
「——段階的であっても、制度の前提が変わることに変わりはない」
「前提は最初から間違っていたのです、鷹司委員。それを認めることが、この審議会の責任です」
沈黙。
レンは拳を握っていた。隣の財前も。水無瀬は腕を組んで目を閉じている。
***
採決は全会一致ではなかった。
賛成十四。反対八。保留二。
提案は可決された。
傍聴席で財前が声を殺して泣いていた。水無瀬はレンの肩を一度だけ叩いた。
レンは——泣かなかった。
泣く代わりに、ノートを開いた。
「穴の一覧」のページ。十一番目の項目に、文字を書き入れた。
11. 穴は塞がれるためにあるのではない。
穴は——ドアになるためにある。
***
会場を出ると、冬の日差しが眩しかった。
三人は法術庁の前の広場に立っていた。
「——終わったのか?」
財前が言った。
「始まったんだよ」
レンが言った。
「再測定は半年後から始まる。最初の対象は希望者だけだ。希望する人がいなければ、何も変わらない」
「あのサイトがある。読んだ人は——」
「読んだだけで動くかはわからない。再測定を申し込むかどうかは、一人ひとりが決めることだ。俺にできるのは——」
レンは空を見上げた。
「穴を見つけるところまでだった」
***
三月。
レンの資格停止が解除された。
理由は「不正受験の嫌疑について、調査の結果、不正は認められなかった」。書式的な通知。鷹司の署名が入っている。
同時に——レンの配属先が通知された。
配属先:法術庁 制度設計課(新設)
役職:特別研究員
担当:適性スコア再測定制度の運用設計
※本職は法術の行使を要件としない
制度設計課。
法術を使わない法術師のための部署。——五条院が作ったのだとすぐにわかった。
レンはメールを読んで、少しだけ笑った。
***
四月。桜の季節。
レンは学校に戻った。正確には、通信制の単位を取るために数日だけ登校した。
教室に入ると——笹倉がいた。
「お、0.3くん。——いや、もうそう呼ぶのは失礼か?」
笹倉の声は変わっていたが、目は変わっていなかった。からかうような目。でもそこに——ほんの少しだけ、別の色が混じっている。
「0.3でいいよ」
「——あのサイト、お前だろ。適性スコアの」
「証拠はないけど」
「はは。証拠がないってことは、お前だな」
笹倉が手を差し出した。
「俺のスコアはBだ。——再測定、受けてみようと思ってる。上がるかもしれないし、下がるかもしれないけどな」
レンは手を握った。
教室の窓から、桜が見えた。
***
放課後。
図書室。いつもの席。
桐谷美咲が向かいに座っていた。
「——おかえり」
「ただいま」
「サイトのこと、クラスの全員に伝えたよ。他のクラスにも広がってる」
「ありがとう」
「霧島くん」
「うん」
「あなたの適性スコア——本当はいくつなの?」
レンは少し考えた。
「……再測定はまだ受けてない」
「え?」
「次の測定装置——TSM-05型が完成するまで待つ。正確な数字を知りたいから。0.3のままかもしれないし——もっと高いかもしれない。どっちでも、俺がやったことは変わらない」
美咲が微笑んだ。
「——うん。変わらないね」
***
帰り道。
夕暮れの坂道を歩いていた。
ポケットのノートを取り出した。
「穴の一覧」。
十一の項目が並んでいる。最初の八つは制度のバグ。九番目と十番目は壁。十一番目は——レンの答え。
レンはノートの最後のページを開いた。白紙。
ペンを取り出して、一行だけ書いた。
「穴を見つけることが目的ではなかった。
穴を通して、外の光を中に入れることが——目的だった。」
ノートを閉じた。
鞄の底にしまった。
坂道の向こうに、母が働いている病院の建物が見えた。屋上に夕日が当たっている。
レンは坂を降りていった。
明日から、新しい仕事が始まる。
法術を使わない法術師の、法術を使わない仕事が。
泥棒は盗み終えた。
でも盗んだものは、最初から誰のものでもなかった。
それは——「選択肢」だ。
選ぶ権利。知る権利。やり直す権利。
一万九千人の——いや、すべての人間が、最初から持っていたはずのもの。
***
——これは、適性スコア0.3の男が、世界のバグを使い切るまでの話だった。
バグを使い切ったあとに残ったのは、穴でも壁でもなかった。
ドアだった。
一旦ここで区切りです。ありがとうございました!
感想・評価お待ちしています!




