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泥棒の選択肢 -適性スコア0.3の男が、世界のバグを使い切るまでの話-  作者: セムラ


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第七章「選別の真実」

本日投稿1話目です!よろしくお願いします!

計画は三日で組み上げた。


 レンが「一万九千人に直接情報を届ける」と言ったとき、財前は不安そうだったが、水無瀬は即座に理解した。


「適性スコアの通知システムを使うのね」


「……なんでわかるの」


「私がやるならそうする」


 適性スコアは、全国民のスマートフォンに専用アプリを通じて通知される。アプリは法術庁が管理しているが、通知の送信システム自体は一般的なプッシュ通知の仕組みを使っている。


 レンが見つけたのは、送信サーバーのAPIドキュメントだった。第一機関のデータベースにアクセスできた時期に保存しておいたものだ。


「APIのアクセス権はもう止められてる。でもAPIの仕様書は手元にある。仕様がわかれば、同じプロトコルで通知を送信するクライアントを自作できる」


 財前がキーボードから手を離した。


「それは——法的にアウトじゃないか?」


「送信するのは公開情報だ。適性スコア制度のTSM-04型仕様書も、施行規則第十二条も、すべて公文書で誰でもアクセスできる。俺が追加するのは、それを一般人が読める形に翻訳した要約だけ」


「でも、アプリのシステムを無断で——」


「使わない。アプリの通知チャネルは使わない。同じプロトコルで、別のチャネルを作る」


 水無瀬がノートパソコンの画面を覗き込んだ。


「メール?」


「いや。境界域の一万九千人のメールアドレスは持っていない。——だけど、適性スコアの算出に使われた原データからは、TSM-04型の測定が行われた場所と日時が逆算できる。つまり、全国の測定会場のリストと日程がわかる」


「会場と日程がわかったところで——」


「次回の測定が来年の六月にある。そこに来る予定の新規十六歳に、事前に情報を届ける。過去の一万九千人ではなく、未来の一万九千人に向けて」


 財前が息を呑んだ。


「仕様書の情報を——測定前に本人に渡す?」


「そう。TSM-04型に閾値処理の問題があること。0.2〜0.5の範囲では測定精度が保証されないこと。再測定を要求する権利が法律上存在すること。——全部公開情報だ。個人情報を含まない。法律に触れない」


 水無瀬が低く笑った。


「やるじゃない。——でも情報をどうやって配布するの?」


「ウェブサイトを作る。匿名の。検索エンジンにインデックスされるように。そしてそのURLを——測定会場の周辺に、QRコードとして物理的に配布する」


「QRコード?」


「チラシ。ポスター。ステッカー。——泥棒の手段だよ。ハッキングじゃなくて、ポスティング」


***

 一週間。


 財前がウェブサイトを構築した。匿名サーバー。ドメインは海外。コンテンツはすべて日本語。


 サイトのタイトルは「あなたのスコアは正しいですか?」


 内容は三つのページで構成された。


ページ1:「適性スコア制度の仕組み」

 TSM-04型の測定原理を、専門知識がなくても理解できる図解で説明。

 閾値処理によるノイズカットの仕組み。


ページ2:「あなたの権利」

 再測定を要求する法的根拠(教育基本法附則七条の二)。

 特例推薦枠の存在。

 施行規則第十二条の「法術的手法」の広義解釈。


ページ3:「体験談」

 匿名の「適性スコア0.3の受験者が国家資格試験に合格した記録」。

 事実のみ。名前なし。だが——読む人が読めば、何が起きたかわかる。


 水無瀬がページ3のテキストをレビューした。


「——これ、あんたの体験談そのままだけど、身元バレるよ」


「いい。むしろ、誰かが調べたときに『本当にあったこと』だとわかるようにしたい。嘘を広めるんじゃない。事実を見せるだけだ」


 水無瀬が首を振った。


「あんたって、本当に——泥棒っていうより、やけくそな正直者ね」


「泥棒は嘘をつかない。盗むだけだ」


***

 サイトが公開されたのは十二月。


 QRコードを印刷したステッカーは五百枚。財前が自宅のプリンタで刷った。


 配布は——三人で行った。


 全国十六会場の測定施設の周辺。駅のホーム。電柱。学校の近くの信号機のポール。


 東京・大阪・名古屋・福岡——主要七都市は財前と水無瀬が分担した。残りはレンが夜行バスで回った。


 違法か? ステッカーの掲示は軽犯罪法のグレーゾーンだ。だがQRコードのリンク先は公開情報の要約であり、内容に違法性はない。


 鷹司たちが気づくまでの時間は——長くはないだろう。


 だがレンには、もう一つの計画があった。


***

 十二月の第三週。


 レンは桐谷美咲に連絡を取った。


 説明会以降、美咲とは二度ほどメッセージを交わしていた。法術理論の質問。大学受験の話。他愛もない内容。


 だが今回は違った。


「——桐谷さん、頼みがある。話だけ聞いてほしい」


 美咲は放課後の図書室で待っていた。いつもの席。向かい合わせ。


 レンが状況を説明した。適性スコア制度の欠陥。鷹司の妨害。QRコードの配布。


 美咲は黙って聞いていた。表情が少しずつ硬くなっていった。


「……それを、なんで私に話すの」


「桐谷さんの適性スコアはBだったよな」


「そうだけど」


「Bは登録圏内で、法術師候補としての進路がある。でも——もしBというスコアが正確じゃなかったら? 上にも下にもズレている可能性がある。それを君自身は確かめる方法がない」


 美咲の目が揺れた。


「私は——自分のスコアは自分のスコアだって思ってた」


「俺もそう思ってた。でも仕様書を読んだ」


 レンはスマートフォンの画面を見せた。「あなたのスコアは正しいですか?」のサイト。


「読んで。読んだ上で、どう感じるかは桐谷さんが決めていい。俺が頼みたいのは——」


「何?」


「このサイトのことを、同級生に伝えてほしい。適性スコアを受け取ったすべての人に。——俺にはもう学校に戻る時間がないから」


 美咲は画面を見つめていた。


 長い沈黙。


「……霧島くん」


「うん」


「あなたのスコアが0.3だったとき、私、あなたのこと——少しかわいそうだと思った」


「うん。知ってる」


「でも今は——怖い。あなたが正しくて、世界の方が間違ってたら——」


「世界は間違ってない。ルールの一部が歪んでる。それを直せる」


 美咲はスマートフォンの画面をスクリーンショットで保存した。


「……わかった。伝える」


***

 年が明けた。一月。


 サイトのアクセス数は——静かに、だが確実に伸びていた。


 月間ユニークユーザー数:三万二千。


 一万九千人の境界域の人間を超える数字だ。境界域以外の人間——つまり、A以上やC以下の適性を持つ人間も読んでいる。


 SNSでの言及が増え始めた。「適性スコアの欠陥」がトレンドワードに入った日もあった。


 そして——


 法術庁が公式声明を出した。


「一部のウェブサイトにおいて、適性スコア制度に関する

 不正確な情報が流布されています。

 適性スコアの測定精度は十分に担保されており、

 制度に重大な欠陥はありません。

 市民の皆様におかれましては、

 非公式な情報源に惑わされないようお願いいたします」


 「十分に担保されている」。


 いつもの文言だ。


 だが——レンは気づいていた。声明の中に、一つだけ新しい文言があった。


「なお、法術庁では現在、次世代測定装置の開発を進めており、

 今後の精度向上に努めてまいります」


 「次世代測定装置」。


 十二年間「次期改修」と書かれ続けてきた文書が——初めて「開発を進めている」に変わった。


 レンはその声明をスクリーンショットに撮り、保存した。


 これが——最初の亀裂。


 制度は壁のように見えるが、壁には穴がある。穴を使って入った泥棒が、壁の内側から情報を外に出した。外の人間がそれを読んだ。壁を管理している側が——初めて、穴を認めた。


 だが——亀裂は亀裂でしかない。まだ壁は壊れていない。


 そして壁を壊すのは——レンの仕事ではなかった。


***

 一月の終わり。


 鷹司がレンの自宅を訪れた。


 母は不在。深夜の訪問。インターホンが鳴り、ドアを開けると鷹司が立っていた。


 スーツではなかった。カジュアルなジャケットにセーター。だが目は笑っていない。


「——入っていいかね」


「どうぞ」


 リビングに通した。鷹司はソファには座らず、壁際に立った。


「QRコードのステッカー。あれは君だね」


「証拠はありますか」


「ない。だが確信はある」


 沈黙。


「サイトのアクセス数は知っている。三万を超えたこともね。——正直に言って、想定外だった」


「何が想定外でしたか」


「制度の問題を知った人間が、怒らなかったことだ」


 レンが顔を上げた。


「コメント欄は荒れていない。SNSでの反応も、怒りよりも疑問が多い。『本当なのか』『確かめたい』『自分のスコアを再測定できるのか』——感情ではなく、質問。情報を求めている」


 鷹司がレンを見た。


「君はそうなるとわかっていたのか?」


「……いいえ」


「嘘つき」


「嘘じゃないです。サイトに載せたのは事実だけで、感情的な表現は一切入れなかった。怒りを煽ることもしなかった。ただ——仕様書の該当ページと、法律の条文と、体験談を並べた」


「それが結果的に——」


「人に考える材料を渡しただけです。考えた結果どうするかは、その人が決めること」


 鷹司が壁にもたれた。


「……五条院がよく言っていた。『制度を変えるのは、権力ではなく、正確な情報だ』と。——私は彼女が間違っていると思っていた。今でも半分はそう思っている」


「半分?」


「半分は——君に証明された気がしている」


 鷹司が玄関に向かった。ドアノブに手をかけて、振り返った。


「二月の法術審議会で、適性スコア制度の見直し提案が議題に乗る。五条院が——復帰する。提案者として」


 レンの心臓が跳ねた。


「彼女が何を言うかは、私にはわからない。私は彼女に反対票を投じるだろう。だが——議論は行われる」


 鷹司が微かに笑った。


「君は泥棒だな。壁に穴を開けただけで、中のものは何一つ盗んでいない。——一番厄介な種類の泥棒だ」


 ドアが閉まった。


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