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泥棒の選択肢 -適性スコア0.3の男が、世界のバグを使い切るまでの話-  作者: セムラ


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第五章「合格者と異端者」

合格通知は、試験から五日後に届いた。


土曜日の朝。母が夜勤から帰ってくる前の、静かな時間。


スマートフォンの画面に、法術庁のロゴが入ったメールが表示されている。


国家法術師資格試験 第72期


受験番号:B-22

氏名:霧島レン


二次試験結果:合格


総合評価:B+

特記事項:実技試験における手法の独自性について、

     審査委員会より特別評価が付されています。

     詳細は合格者説明会にてご確認ください。


合格者説明会:11月15日(金)10:00

場所:東京法術庁 5階 大会議室


 レンはメールを三回読んだ。


 B+。適性スコア0.3の人間が、法術を一度も使わずに、B+の評価で合格した。


 事の重大さを、頭では理解している。だが感情が追いつかない。喜びよりも先に、「信じていいのか」という疑念が来る。


 レンは財前にメッセージを送った。


「受かった。B+」


 三秒で返信が来た。


「本当に?! おめでとう!! 

 いや待って、B+って上位15%圏内だよね?

 法術使ってないのにB+?

 どうなってるんだ……」


 水無瀬には電話した。


「——受かったって?」


 水無瀬の声は平静だった。


「B+」


「……ふうん」


 五秒の沈黙。


「まあ、そうなるだろうと思ってた」


「思ってたのか」


「あの二次試験の解答、私だったら満点つける。法術師が百人いても誰も思いつかないことをやった。——ただ」


「ただ?」


「合格してからが本番よ。法術師の世界に入って、あんたが何者なのかバレたとき——味方は少ないと思ったほうがいい」


 電話を切った。


 レンは窓の外を見た。十一月の空。灰色の雲。


 水無瀬の言葉が耳に残っていた。


***

 合格者説明会。


 東京法術庁の五階。大会議室。


 合格者は全部で五十三名。レンはその中で最年少だった。


 周囲の合格者たちは、法術師養成学校の卒業生や、大学の法術学部出身者がほとんどだ。スーツを着た二十代の男女が真剣な面持ちで資料を読んでいる。


 レンだけが学校の制服だった。浮いている自覚はある。


 説明会は淡々と進んだ。配属先の説明。研修期間のスケジュール。法術師としての義務と権利。


 だが——説明会の最後に、予定にない項目が追加された。


「——最後に一点。審査委員会の五条院委員より、特別通達があります」


 司会の職員が壇上を譲った。


 五条院紫月が立ち上がった。


 二次試験のときと同じ黒いスーツ。銀色の短髪。鋭い目。ただし今日の表情は、あの日より少し柔らかかった。


「合格された皆さん、おめでとうございます」


 声が低い。だが通る声だ。五十三人の全員が注目している。


「今回の試験で、一つ異例の事案がありました。——受験番号B-22、霧島レンさん」


 レンの背筋が伸びた。五十二人の視線が一斉に集まった。


「霧島さんは、二次試験の実技課題において、法術を一切発動せず、法術理論の応用のみで課題を解決しました。これは本試験制度の七十二年の歴史で初めてのことです」


 会場がざわめいた。


「審査委員会ではこの解答の是非について議論しました。結論として——施行規則第十二条に基づき、霧島さんの解答は正当なものと判断されました。評価はB+。手法の独自性の項目で満点を記録しています」


 五条院がレンを見た。


「ただし——霧島さんの合格は、法術師制度に前例のない問題を提起しました。法術を行使できない法術師は、現行制度の想定外です。配属先、任務内容、評価基準——すべてにおいて既存の枠組みが適用できません」


 レンは五条院の目を見返した。


「そこで——霧島さんには、通常の配属ではなく、特別研究枠として第一機関の直轄プログラムに参加していただきます。期間は六か月。その間に、法術を行使しない法術師の運用可能性を検証します」


 会場が静まり返った。


 第一機関。Sランク以上の法術師のみで構成される最高位の組織。そこの直轄プログラムに、適性スコア0.3の新人が参加する。


 ——異例中の異例だった。


***

 説明会後。廊下で五条院に呼び止められた。


「霧島くん。少し話せる?」


 五条院は自販機のコーヒーを二つ買い、ひとつをレンに渡した。


「あなたの試験解答、興味深く拝見しました。——率直に聞くけど、あの解答は最初から計画していたの?」


「はい。三か月前から」


「仕様書の百四十一ページは、いつ読んだ?」


 レンの体がわずかに硬くなった。


「……読みましたか」


「私もあの仕様書は読んでる。測定精度の問題は三年前から指摘してきた。——君が同じ文書にたどり着いたことに驚いている」


 五条院がコーヒーを一口飲んだ。


「質問を変える。——君は法術師になりたかったの? それとも、制度の穴を証明したかったの?」


 レンは黙った。


 正直に答えるべきか。考えた。


「——両方です」


「両方?」


「法術師になれば母を楽にできる。制度の穴を証明すれば、同じ立場の人間が救われる。——どちらかを選ぶ必要はなかったので」


 五条院がレンを見つめた。長い沈黙。


「……君には見せたいものがある。来週、第一機関に来てくれる?」


***

 翌週。


 第一機関の本部は、東京法術庁の地下七階にあった。


 通常の法術師では立ち入れない階層。エレベーターは地下三階まで。そこから先は専用の通路を、セキュリティゲートを三つ通過して降りていく。


 五条院が先導した。レンは黙ってついていった。


 地下七階の廊下は白い壁で覆われ、天井の照明は蛍光灯ではなく、適性場を利用した発光パネルだった。光が柔らかく、影ができない。


 五条院が立ち止まったのは、「資料室D-7」と書かれた扉の前だった。


「ここに入って。三十分、自由に読んでいい」


 扉が開いた。


 中は小さな部屋だった。机がひとつ。椅子がひとつ。そして壁一面の書架。


 書架に並んでいるのは——ファイルだった。古いものから新しいものまで。背表紙にはナンバーが振ってある。


「これは?」


「適性スコア制度の内部検討資料。制度設計時の議事録、導入後の改修提案、そして——却下された改善案の一覧」


 レンは書架の前に立った。


 最も古いファイルを手に取った。十二年前の日付。適性スコア制度の設計会議の議事録。


 五ページ目に、こう書かれていた。


「議題:適性場測定の精度基準について」


委員A:「閾値以下の信号についてはノイズ処理とすることを提案する。

    精度を保つためには必要な措置である」


委員B:「ノイズ処理により、閾値付近の被験者の適性が正しく測定されない

    リスクがある。代替措置を検討すべき」


委員A:「代替措置を導入するとコストが三倍になる。現段階では実用的でない」


議長:「コスト面を考慮し、委員Aの提案を採用する。

    ただし、次期改修で閾値処理の改善を検討することとする」


 次期改修。


 仕様書の百四十一ページと同じ文言。十二年間、「次期改修」は一度も実行されていない。


 レンは次のファイルを手に取った。八年前。改善案の提出記録。


「提案:適性スコア0.2〜0.5の被験者に対する再測定制度の導入」

 提案者:五条院紫月(当時・第一機関研究員)

 結果:却下

 却下理由:「再測定制度は社会的混乱を招く恐れがある。

       現行制度で十分に機能している」


 レンはファイルを閉じた。


 「十分に機能している」。


 一万二千人の人間が間違ったスコアを割り当てられている可能性がある制度が、「十分に機能している」。


「……読んだ?」


 五条院が扉の外から声をかけた。


「読みました」


「どう思った?」


 レンは資料室を出た。五条院の目を見た。


「——これは偶然じゃない。意図的に放置されている」


 五条院がうなずいた。


「そう。コストを理由にしているけど、本質はそこじゃない。——一万二千人の再測定を行えば、その中からA以上の適性を持つ人間が見つかる可能性がある。新たなA以上の法術師が増えれば、現在のAランク以上の法術師の希少価値が下がる」


「だから放置している」


「既得権益の保護。制度の欠陥を認めると、今の法術師たちの地位が揺らぐ。——これがこの制度の本質。適性スコアは能力の測定ではなく、人数の管理システムなの」


 レンの背筋が冷えた。


 自分が見つけたのは「バグ」ではなかった。


 「仕様」であった。

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