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マーベルさん家に男の子がやって来た。
近くの森で倒れていたというその男の子は、私と同じ歳なのに小さくて、5歳の弟よりも痩せていた。
「あらあ、いらっしゃい!あなたがアレックスね?待ってたわよー!」
お母さんが嬉しそうに家の中にマーベルさん達を招く。
「ごめんなさいね、突然来ちゃって」
「いいのよー!初めまして、アレックス!
私はお隣さんのマイヤ・デルメイルよ。よろしくね」
「…よろしくお願いします」
男の子が恥ずかしそうにお辞儀をした。綺麗な金色の髪をしている。
「うちは子どもが多くてね、5人いるの。
まずは長男のジミー、14歳。次が長女のルナ、10歳。それから…あ、ナナ、ちょっとこっち来てくれる?」
お母さんが私を手招く。私も少しドキドキしながら近付いて、その男の子と対峙した。
「あなたと同じ歳のナナよ。
これから一緒に学校へ行くだろうし、よろしくね。
ナナもアレックスに色々教えてあげてね」
何となく小さくお辞儀してみる。男の子も同じ様に返して来て、お母さん達が笑った。これがその男の子、アレックスとの出会いだった。
うちの村には私達以外にも何人もの子どもがいる。いつも誰かしらいる私達の溜まり場があって、そこにもアレックスはやって来た。
みんな新しい仲間が増えて嬉しそうで、早速村の案内と定番の遊び、美味しい木の実がなっている場所などを教えてあげていた。
最初は遠慮がちだったけど、慣れて来た頃にはアレックスも笑う様になっていて、溶け込むにはそんなに時間はかからなかった。しかもアレックスは手先が器用で、葉っぱの舟や木の実の駒、蔦のリースなどあっという間に習得してみせ、村の男の子達から尊敬の眼差しを浴びていた。
「アレックス!お前すげーな!他にも何か作れんのか?」
「…紙でも、色々出来るけど」
「へえ面白そうだな!うちでやろうぜ。ナナ、お前も来るか?」
「私は…いいや」
「そうか?じゃあ行こうぜ!」
そう言って、アレックスを連れてみんなその子の家へ遊びに行った。
別に私は人見知りという訳ではないと思う。1人の方が好きという訳でもないし、男の子が苦手という事もない。なのに何故かアレックスに対してみんなの様に積極的になれなかった。勿論意地悪なんてされていない。むしろ彼は大人しい方だ。
でもアレックスは他の男の子とは違っていた。珍しい髪色という事もあるけれど、そういう事ではない。何かが違うのだ。上手く説明出来ないけれど、雰囲気というか空気感。一体彼を纏っているものは何なのだろう。
アレックスがこの村に来て1週間が経った頃、ついに学校へ行くことになった。お兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒に、アレックスを迎えに行く。お兄ちゃんがマーベルさん家の扉を叩くと、まずおばさまが出て来た。
「おはよう、みんな。今日はよろしくね。アレックスー!迎えに来てくれたわよー!」
おばさまがそう言うと、おずおずとアレックスが出て来た。
「何だお前、緊張してんのか?」
「す、少し…」
お兄ちゃんが揶揄う様にアレックスの頭をわしわしと撫でる。アレックスの耳が赤くなった。
「じゃあ…行って来ます」
「ええ、行ってらっしゃい。どうだったか聞かせてね」
おばさまが手を振った瞬間、家の奥からバタバタと足音が聞こえて来た。そして何かが飛び出す。
「エリンもいくうー!!!」
目を真っ赤にさせたエリンだった。慌てておばさまが抱き抱える。
「やだやだ!エリンもがっこういくのー!」
「気持ちは分かるけど、4歳さんはまだ行けないのよ。最近ずっと一緒だったから、お兄ちゃんと離れるのが嫌なのね。ほら、気にせず行っちゃって!」
「うん…」
エリンの暴れ様に明らかに動揺しているアレックス。その時、お姉ちゃんがアレックスの手を引いて歩き出した。それでもエリンの様子が気になっているアレックスに、お姉ちゃんが言った。
「うちの弟も妹も、久しぶりに私達が学校へ行く時はああなるの。だからって休む訳には行かないし、こういう時はあの子の為にもさっさと行った方が良いわよ。可哀想に思う気持ちは分かるけどね」
「わ、分かった」
お姉ちゃんのアドバイスでアレックスの目が変わった。結構な距離までエリンの泣き声が聞こえたけど、ちゃんと最後まで振り返らなかった。
お兄ちゃんとお姉ちゃんはすごいなあと思った。さり気なくアレックスの緊張を解こうとしたり、動揺するアレックスの手を引っ張ってリードしたり。
一方私は何かよく分からない違和感で彼を避ける毎日だ。そんな自分が情けなく感じたけど、どうしてあげたらいいのか分からなくて、結局いつもの様な距離感のまま、集合場所へ向かった。
学校があるのは隣町。学校に行く村の子ども全員で一緒に向かう。到着するなり、本日初登校のアレックスにみんなが群がった。
「俺の隣に座れよ」
「うん」
「じゃあ俺達はその前に座ろっと」
「私もー!」
私達以外の同じ歳の子どもは5人。すっかりみんなアレックスと仲良くなっていた。
「ナナもみんなの近くに座りましょ」
「うん」
そしてみんなでいつもの様に喋りながら、学校へ向かった。
「みなさん、おはようございます。今日から新しいお友達がこの学校に通う事になりました。名前、言ってくれるかな?」
「アレックス・マーベルです。よろしくお願いします」
かなり緊張した面持ちのアレックスがみんなの前で挨拶する。私達は拍手で彼を迎えた。
「よろしくね、アレックスくん。そうね、席は…」
「はい!はい!俺の隣!!」
「えーハリソンくんの隣?あなた、お喋りが目的じゃないでしょうね」
「ち、ちがうよ!」
まるで図星を突かれた様なリアクションにみんなが笑う。
「ナナの隣が良いんじゃない?」
「え?」
その時、隣に座っていたサリーがこそりと私に耳打ちした。
「私達のクラスで1番賢いし、ハリソンよりはナナの方がよっぽど上手にサポート出来るわよ」
「でも…」
「先生!ナナの隣がいいと思いまーす!」
「ああ、それは良いわね。ナナさん、いいかしら?」
「え!?あ、はい…」
あっという間にそんな事になってしまい、サリーがハリソンの隣へ、そしてアレックスが私の隣に座った。
「よろしくね」
「うん…」
あの綺麗な金色の髪が隣でさらりと流れた。何故かどきりと心臓が跳ねる。
「最初は算学なの。紙とペンはある?」
「うん」
「先生が黒板に問題を書いていくから、それを写して解いていって」
「……」
「アレックス?」
「…え?あ、うん。分かった」
分かりにくい説明だったろうか。何故か歯切れの悪いアレックスに首を傾げながら、前を向く。しかしその真相はすぐに発覚した。
先生が問題を書き始めて数分、アレックスの手は1つも動いていなかった。ペンを持ったまま呆然と黒板を見つめ、いつまで経っても紙は真っ白なままだ。原則私語は禁止だが、流石に声をかけない訳にはいかない。
「…どうしたの?」
「あ、いや…」
再び歯切れの悪い返しに、もしかしてと勘づいた。
「…字、書けないの?」
アレックスの表情が強張る。そして小さく頷いた。思わず声に出しそうになったのをぐっとこらえる。
「な、なんで早く言わなかったの…!」
「その…どういう所なのかいまいち分かってなくて…」
「…学校、行った事ないの?」
やや間があった後、再び彼が頷いた。
「もしかして読むのも…?」
これにも頷く。
「そう…」
思わず呆然としてしまった。7歳になったら学校へ行くのが当たり前だと思っていた。私も昨年から通い始め、その1年間で読み書きが出来る様になった。彼がここに来る前の所ではそうではなかったのだろうか。でも流石に学校がどういう所なのかくらいは、行く前から知っていた。
という事は周りに教えてくれる様な人がいなかったという事になる。でもそれって一体どういう事なんだろう。ずっとあの村でたくさんの人に囲まれてきた私には分からなくて、同時にそれが当たり前だと思っていた自分に気付く。
「ごめん…」
アレックスが頭を下げた。はっと我に返る。そうだ、今はそんな事を考えている場合ではない。
「別に謝る事ではないわ。だって知らなかったんだもの。それに…学ぶために学校があるんだから、いくらでも挽回出来るわよ。大丈夫、私が教えてあげる」
「…ありがとう」
まず数字の書き方を教えてあげた。後で先生にも相談しなきゃ。色々大変だけど、彼は器用な人だからきっとすぐに追いつく。私の拙いであろう説明に、アレックスは一生懸命耳を傾けてくれた。その横顔を見ながら、彼に対して感じた違和感はこういう事だったのだろうかと少しだけ思った。
それからアレックスはしばらく私達とは違うカリキュラムをこなす事になった。先生は勿論、私も学校が終わった後や登下校時間中も彼の勉強に付き合った。
何となく嫌かなと思って周りには言っていなかったが、アレックスは自分からみんなに読み書きが出来ない事を言ったらしい。最初は驚いていたそうだけど、最近私達がこそこそと何かしていた事が気になっていたらしく、仲間に入れろと言われ、段々アレックスをサポートする人数が増えた。おかげで私達の成績も良くなった。
そして私が睨んだ通り、アレックスは手先だけでなく頭も冴えるタイプだった。まるで陽の光を浴びた植物の様にどんどん伸びていって、あっという間に私達が学んでいるレベルまで到達していた。成果が目に見えてとても嬉しかったのだが、そのおかげで私はすっかり呑気にしていた。
それは学期末テストが返された日。とうとう恐れていた事態が起きた。
「すげー!アレックスがついに100点をとったぞ!」
「今回難しかったのに!すごーい」
みんなに囲まれて嬉しそうに微笑むアレックス。一方私は返ってきた自分の点数を見て、肩を震わせていた。ついに、私はアレックスに負けてしまったのだ。
「アレックス…」
「ナナ!ついにやったよ!君のおかげだ!ありが」
「恩を仇で返しやがったわね…!」
「…え!?」
私は知らなかったのだ。クラスで1番という実績に、誇りとプライドを持っていた事に。
「いい!?あんたは今日からライバルよ!もう手なんか貸さないんだから!
「ちょ…ナナ!?」
「あー!もう悔しいー!もう次は絶対絶対負けないんだから!覚悟しなさいよ!?」
「…えぇ~」
私の怒号とアレックスの情けない声が教室に響く。こうしてアレックスは気まずい友人から、私のライバルとなったのだった。
それから5年経った今でもその関係は続いている。いつの間にか背は抜かれるし、細かった体も大きくなってオドオドもしなくなってしまい、闘争心剥き出しの私にあんなにびくついていたくせに、今じゃ呆れ気味だ。全く腹立たしい。
相変わらず成績も優秀で、クラスの1番を取り合っている。ただ最近は少し負け気味だ。
本当に気に入らない!次は絶対負けないんだから!




